09

 空気を切り裂く音がして、シュウは上体を反らした。喉元スレスレに蹴撃が弧を描く。

 音速。ブーステッドだ。濃紺ジャージに同色の目だし帽。

 ナノマシンはナノマシンに呼応する。だが呼応による共振はない。同調率が高くの少ないナノは共振が抑制される。──つまり、相手はハイクラスのブーステッドだと白状している。

 常人には目視不能な速度で、両者の拳が激しく交差した。

 シュウは、突き上げてくる膝を掌でブロックして横へ流す。僅かに回転した胴に組み付いた。腕をめ、サイドから強引に反り投げをうつ。襲撃者はブリッジ上で躰をひねるが脱出できない。受け身をとれず肩口から落ちた。

 ガクッと相手の動きが鈍る。

「もういいでしょう。サイトウさん!」腰をホールドした体勢でシュウは言った。

 相手の躰から戦闘の緊張が解けた。

 シュウは腕をほどいて向き合う。

 才藤 デューク。数年前、組んで仕事をしたことがある。彼が失踪する以前のことだ。シュウより年長。ゼロ課の先輩だ。

 才藤は目だし帽を剥ぎ取り無精ヒゲに覆われた顔を曝した。頭髪は薄くなっていた。彫の深い顔はやや浮腫むくみ、青い瞳は精悍さを欠いている。

「相変らずアマいヤツだな。ブレイクしてオレが反撃したらどうする」

「本気でるつもりなら、刃物か飛び道具でしょう」

「だからアマいんだよ。あそこでもう一発投げだ。そして腕固め」

「才藤サンの必殺コースだ」

 はじめて才藤は笑った。自嘲にも見えた。

「あっさりバック取られちまった。強くなったな、景宮かげみや

「躰を動かしてないでしょう。ナマってるだけだ。スパーリングじゃ勝てた記憶がない」

 トップレベルのアスリートと同じ。トレーニングを怠れば、ナノとの同調率は低下してしまう。

「ふん。いつのハナシだ…… 精神サイコテロの捜査に来たんだろ。オレが絡んでいると思ったか?」

「ええ、公方くぼうもそう見てます。アナタが簡単に死ぬわけがない」

「それでオマエを寄越す、か。食えない女だ。まあ、オレの計ったとおりだがな。確かにここは精神サイコテロ組織、〈Wake up!〉のアジトだよ」

 目覚めよ!──という名のテロ組織。その標的は、国際的なプロジェクトと連携する幸福教団だ。

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