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「生きてもらうのさ」コクマーは、歳相応の若い熱に浮かされるごとく言う。

「現実に絶望して、また自殺者が増えるぞ」

「やむをえない。生きて、自分で決定することだから」

 どんな手段で幸福になろうと本人の勝手だ。幸福を感じるのは良いことだし、放っておけばいい。ただし、その幸福が生贄いけにえの上に成立するとなると、そうもいかなくなる。まして政治が絡むとすれば、ゼロ課の出番だろう。

 スキャンダルが公になれば政権は転覆する。HEAVEN を国策に据えた現与党と幸福教団は、献金やら選挙協力やらでズブズブなのだ。

 あくまで調査、という名目でシュウは教団への潜入を承諾した。コクマーが手を差し出すが、握手には応じない。

 その後、詳細な情報提供を受けた。必要なデータを腕時計型端末リストデバイスにロードする。

 簡単な食事を供され、別室で数時間の睡眠をとった。

 翌日、〈Wake up!〉を出る時、来た時と同じように、若いスタッフたちは何の関心も示さなかった。


 既に夕刻だ。横倒しのビルを出て、旧銀座通りを途中まで才藤は送って来た。

 外気が冷たい。昼の光は衰え、闇が滲むように辺りを染め始めている。

「オレの処遇はどうするつもりだ?」才藤は訊いた。

「奥の院は少数派だが、いまだ影響力はある。捨て置け、と」

「捨ててくれるか。ありがてえ」

 奥の院はHEAVENプロジェクトに否定的な立場をとる。この国の底流たる意志が、彼らにはある。武士道に通じる潔さ。偽の楽園に暮らすくらいなら、故郷とともに逝く──無常をる民の静かな態度だ。

 その態度は、国際展開されるHEAVENプロジェクト、および支援する各国政府に敵対する。政府の影であるゼロ課も、内部で割れていた。政府サイドと奥の院。シュウの派遣は公方チーフの独断だが、大きな賭けだ。外せば、奥の院は発言力を失う。奥の院側の公方は失脚し、刑事責任まで問われるだろう。

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