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 鉤爪で捕えてシュレッダーへ引きずり込む──それが必殺コースか。

 勝利を確信して助祭は間を詰める。

 シュウはずっと逃げ廻っていた。が、防御のためだけではない。戦略としての伏線を張っていたのだ。

 わざと10%加速を下げていた。アドバンテージを隠し相手のスピードに合わせた。速球で三振を奪うために、直前にスローカーブを見せるピッチャーのように。気づかれれば、それで終わりのトリック。だが、勝機はこれしかない。

 速度差が少ないこと。助祭が多彩な能力の披露に陶酔していたこと。この二つが幸いした。

 こちらがで逃げていると思っている。とは思ってもいない。

 自己を凌駕する敵に対して手を抜く──こんなバカな戦いをするから、「実戦のオマエは捨て身だ」と才藤は言うのだろう。

 シュウの体内で、全速力で走らせろ、と強化ナノマシンが欲求不満を起こしている。猛犬が手綱を引きちぎらんばかりに、いきり立っている。

 背後に壁。追いつめられていた。

 助祭はさらに寄る。キメに来る。

 鉤爪が閃き、光の線を描いた。

 シュウは猛犬の手綱を離す。温存した速度差を解放する。強化ナノは歓びの咆哮をあげ、速度計を振り切った。フルスロットル!

 欺かれていた助祭の動体視力は、目測に僅かな狂いが生じた。鉤爪が裂いたのは、10%遅れのシュウの軌跡だった。

 同じ瞬間、懐に跳び込んだ居合抜きのカマイタチが、助祭の首半分を切断していた。

 スローモーションで助祭は仰向けに倒れる。頸動脈から、赤い噴水を扇状に噴き出しながら。

 加速を解除すると、助祭の躰は音をたてて床に落ちた。

 ガクリと傍らに膝を付いた。一瞬で勝敗が入れ替わる戦いだった。

「ぶ、ブラボー」血を吐きながら助祭は声を絞り出す。「……これが、ブーステッドマン、か……ステキだ」ギョロリと目を剝いてシュウを見上げる。「勝者を称えたい。キスをしよう」真下からシュウを見上げて言う。

「その趣味はないと言った」

 やにわに助祭は大口を開いた。

 シュウは予測していたように顔を逃がす。

 大口から発射された光弾は、目標を捉えられず真上に飛び去り、重い音を響かせてアーチ天井を穿った。

 最後の攻撃をしくじった男は、目を剝いたまま絶命した。

 自爆システムは作動しなかった。

 これほどの兵器フェチなら、自爆装置が小型核でもおかしくない。作動すれば退避不能。教団内だから助かった。おそらく外部から遠隔ロックされたのだろう。

 加速性能もブーステッドに迫るほど優秀でなければ、この結末はなかった。

 神の聖兵はブーステッドマンより強かった。彼の敗因は強過ぎたことだ。

 目を剥いたままの助祭を見下ろす。

 彼の人格はメモリに転移される間もなく消滅する。HEAVENに用意されたファーストクラスの人生を夢見ていたろうに。

 堂の高みに輝く、渦状星雲の神に目をやる。

 おい、助祭サン殉教したぜ。報いてやらないのか? 

 ──薄情なんだな、アンタ。

 

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