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「オレにも聞きたい事がある。ここが営業してる
「やむを得ぬ事だ。彼らの不幸は他の大多数を幸福に導く。尊い仕事に身を捧げているのだよ。闇があるから光がある。地獄あってこその天国だ。幸福とは相対でしかない。不幸の不安があればこそ、ヒトは今日の幸福に感謝する。だから、不幸を小出しにして、HEVENの住民の意識下に供給し続けねばならない。それによって住民は感じるんだ。今日も何事もなくて良かった、と。幸福の維持に必要なのは、不幸に対する潜在的な怯えだ。
未熟な時代の世界は、後進国の貧困の上に先進国の繁栄があった。文明が均一に成熟し、一人ひとりが同じ待遇を主張するようになった時、世界は崩壊を始めた。資源、食料、環境……この地上は、すべての人々を幸福にするほど余裕がない。しかも、前時代に苦しめられた疾病や飢餓など苦難の多くが克服されても、人々はちっとも幸福そうじゃない。ゼロの地平が上がれば、プラスはさらなる水準を求められる。マイナスを挿入して地平を下げねば、いずれは破綻する──
わかったかな、ブーステッドマン。幸福は砂漠の蜃気楼だ。渇きがあるからこそ、清涼な泉が見える」
「なるほど、宗教は所詮、自分自身のためのものか。助祭にまで出世したオマエは、イカサマ天国でファーストクラスの生活が約束されるわけだ」
「幸福になるには努力がいるのさ」
「薄汚い努力だ」
助祭は否定もせず微笑む。
「人の善い説教師だったナザレのイエスは処刑された。弟子どもは、イエスなど知らないと言って官吏の手から逃れ、彼一人を処刑の丘に送った。その罪悪感から逃れるために、復活などというストーリーをこしらえて、死人を
イエスが崇められるのはユダが居るからだ。蔑まれ、死してのち未来永劫、人々の足裏で踏まれ続ける。これこそが〈受難〉だろう。闇となってイエスに
「カルトだな」
「カルトも時代を経て正教になる。キミとの戦いも、やがて神話になるだろう」助祭はやさしげな笑みを浮かべる。
「さしづめオレは、矢じりの尻尾が生えた悪魔の役回りか」
教義は体裁だ。助祭さえ信じていない。信じるものはシステム。救う対象はおのれ一人。目の前の殺人マシンも自分の幸福しか眼中にない。
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