26 HEAVEN
*
隧道のような通路が続く。壁面全体が薄橙色に発光している。アリの巣を思わせる分岐だらけの迷路だ。
シュウの聴覚は鼓動に似た活動音を捉えていた。それを目指して進む。
やがて目の前が開け、小規模なドームに出た。
丸い空間に、黄昏に似た
胎内──そんな直感に捉われる。幸福教団の子宮だ。
ドーム中央、中空に吊られて、胎児は居た。
薄明りの中で、甘やかされた夢を見続けている。
形状は──蜂の巣。
直径10メートル強。銅色の穴だらけの球体が、無数の細い支柱で上下から固定されていた。脈打ち、生きているような感じを受けるは気のせいだろうか。そんなナマナマしさが迫る。
「これがHEAVENだよ」蜂の巣のむこうから声がした。「グロテスクでがっかりしたろう。もっと柔らかで、清潔な感じを想像したんじゃないか?」
知っている声が、蜂の巣の陰をやって来る。そして陰を抜ける。
僅かばかり予期していた男が、そこに居た。そうあってほしくないと思っていたが。
才藤 デューク。
濃紺のジャージ姿。別れた時の恰好のままだ。
「この球体の中に、現時点で10万人近い住人が暮らしている」才藤は言う。「これは、ひとつの、閉じた世界だ」
「HEAVEN町か。その町内は結構なことだが、隣りのHELL町の方は何とかしてやらなきゃな」シュウは応じる。「でも、天国・地獄の垣根を無くすと差異がゼロになって、町が成立しないんだよな」
才藤の唇が歪む。
「こんなことは、言い訳にもなりゃしない。だけど言うぜ」
「言いたいんだろ。聞いてやるよ」
「HEAVENにはマスミが居る──」恋人だった女性の名を口にした。「マスミに逢いたくないか、と司教に問われた。拉致されたあと殺されたが、人格だけメモリに保存され教団に売られたそうだ。ブーステッドの恋人の人格だぜ。ゼロ課内通に利用できるならと、高値が付いたろうさ」感情を抑えて淡々と語る。
冷たいものがシュウの胸を充たした。
こんな冷酷な商売をするヤツは、アイツしかいない。
──
「マスミがまだ存在していると聞いて、あっけなくオレは転んだ。HEAVENの実体験も調査の内だ、などと自分に言い訳してな。人格転移を受けたんだ」遠い目をする。思いを馳せるように。「転移した先は、たしかに天国だったよ。緑地をのぼった先の小綺麗な家。玄関の外でマスミが待っていた。昔のままの笑顔で。HEAVENはオレの記憶を解析して、幸せをデザインしたんだ」
捜査が終わると、才藤は真澄と暮らし始めた。結婚するはずだった。だが、そうはならない。報復によって拉致され、真澄は姿を消した。
ひと月後、切断されたフィアンセの手首が、才藤に送られてきた。薬指に婚約指輪が嵌ったままだった。
──才藤が望んで関東へ異動した直後、公方チーフに聞かされたことだ。
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