05

 獲物はあっという間にミンチだ──金鬼はそう思ったに違いない。

 サイボーグとブーステッドでは動きの繊細さが違う。サイボーグが頑丈な鎧をまとう重騎兵なら、ブーステッドは道着一枚の武道家だ。筋肉や骨格をハイテク素材に取り換えたサイボーグに対し、遊走型生体強化ナノマシンが体内をはしるブーステッド。岩石と流水の違い。

 破壊鉄球のようなパンチがシュウを貫いた、はずだ。が、パンチは空を切った。

 優男やさおとこは右に50センチほどズレた場所に居る。金鬼は目をこすった。

「オレは殴り合いなんかしたくないんだけどな」シュウは停戦を申し入れるが、逆に金鬼を逆上させただけだ。

「テメェ、ざけんじゃねえ!」やり直しの右ストレートが返答だ。

 弧を描くようにシュウの両腕が動く。合気。相手の力をスカして、そのまま相手に返す古武術。

 金鬼はきれいに一回転してアスファルトに叩きつけられた。放った力すべてを、おのれの背中に返されて。

 シュウをサポートする強化ナノマシンには、多種の武術がインストールされているのだ。

 遠巻きの連中は、あんぐり口を開けていた。こんな状況は初めてなのだろう。

 金鬼は路面に尻をつけたまま茫然とシュウを見上げる。ここでようやく頭を使う必要に思い至った。鈍い頭を懸命に廻す。

 サイボーグより速いのは──

「アンタ、ブーステッドなのか?」

「通りすがりの優男やさおとこだよ」髪の乱れを直して、シュウは先へ歩みを進めた。

 誰も追って来ない。勝ち目のないケンカをしないということは、彼らはまだ良識ある無法者なのだ。

 無法者の多くは眼球にカメラを埋め込み、強姦、殺戮、スプラッタのナマ配信を嗜好者たちに売る。サブスク契約をした嗜好者たちは、酒を吞んだりコース料理を味わいながら、あるいは性交のスパイスに猟奇映像をたのしむ。料金は高額で、顧客の多くは人生に勝利した紳士淑女たちだ。

 金鬼がライブ配信していたなら、即刻中止しただろう。しばらくはネットで笑い者になる。

 数分もしないうちに、ジョーカーからアラートが届いた。新たな異変を感知したのだ。

 ため息が出た。なるほど地獄通りと呼ばれるわけだ。地獄絵図は連綿と続くか──

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