Episode.Sechs.出立──L,A.ver.1.1


 ──時は少し遡り、彼女が谷底へと転落した直後へと戻る──



「シオッ!」


 ──何故、彼女が狙われた?

 一瞬の出来事に身体は硬直し、殴り飛ばされた彼女から目が離せなかった。

 だが落下予測地点が谷底だとわかった瞬間──意識するよりも早く身体は動き出し、彼女に向かって手を伸ばしていたのだ。


「なっ……!?」

 彼女に手が届く。そう思った直後、後ろから途轍も無い力で身体を捕まれ引き戻された。

「──ルーザー・アンブロシア、その先は危険である」

「だが彼女が!」

「貴公を生きたまま法廷へ送り届けるのが私の仕事である。無駄な行為は控えるべし」

「無駄って……シオは、彼女はどうなる?!」

「──残骸の確保は業務外である」

「残骸……って、どういうことだ」

 言葉の意味は理解していたけれど、聞かずには居られなかった。殴り飛ばされた彼女の様子を見れば、それが何を指し示しているのか容易に理解出来るというのに。

 ……或いは、なにかの間違いであって欲しい。そんな馬鹿な願いから来た願望が口から出てしまったのだろう。


「言葉通りである。当機は先の打撃による心臓部バイタルパートへの致命傷を確認している。またここからの転落による存命は、如何に丈夫な帰還者レウェルティであっても絶望的。故に残骸と呼称した。

 また本機の捜索範囲内に反応はなく、残骸は谷底へ落ち流されたものと思われる」

「……そんな、嘘だろう」

「嘘ではない。VFM-804110001は活動を停止している。それがわからぬ貴殿ではないと思うのだが──」

 ……張り詰めていた糸が切れるのを感じた。

 眼の前で彼女を討たれ、その亡骸は谷底へと消えてしまったのだ。この谷底を流れる川は深く、その流れは早い。もし仮に無傷のまま落水したとしても──流れの先に何があるのか誰も知らないのだ。加えてこの暗闇の中、溺れずに助かる可能性は限りなく低いだろう。それは人造人間であったとしても変わらない。

 それに人造人間──とりわけ帰還者レウェルティに普段から関わるものとして、警備帰還者コイツの発言の正しさは痛い程理解している。警備帰還者ガード・レウェルティの設計から実用まで関わってきたから、各種器官の精度も知っているのだ。


「シオ…………」

 自然と、谷底へ消えた彼女の名を口にしていた。その場にへたり込み、谷底を覗いてみるが何も見えない。暗い谷底には暗闇が広がるばかりで、轟音の他に聞こえるものはなかった。

「──それ程迄に、大切な存在だったのか?」

 それでも諦めきれず、谷底を見ていると私の傍らに立つ警備帰還者ガード・レウェルティが意外な言葉を口にする。

「ならば何故あの娘を正しく造らなかった?」

 聞き間違いかと思ったが、そうではないようだ。視線を警備帰還者ガード・レウェルティへ移すと、そいつはまっすぐに私を見ていた。シオと同じように、人造人間らしからぬ視線を向けている。

「──そうする事でしか、産声を上げられぬ命もあるという事だ」

「そうか──……ならば、悪い事をしたな」

「……は?」

 この答えには耳を疑った。他の人造人間よりも自我を抑制されている筈のモノが、何故重罪人である私の意見を受け入れるような発言をした? 

 それに最も不可解なのは、謝罪の言葉を口にしたという点だ。一般人相手の発言ならばまだ許容出来るかも知れない。だが先の発言に至っては、その限りではないだろう。


「──お前は彼女を愛していたのだろう、ルーザー・アンブロシア」

 戸惑う私を見据えたまま、コイツはまた不可解な言葉を口にしたのだ。それは並の帰還者レウェルティですら、口にしないようなものであり──酷く人間臭い言葉だった。

「……愛していた? お前は何を言っているんだ?」

「違うのか? ならば問おう。安魂教会アニミス•エレクシアの人間二人を害してまで彼女を逃がそうとした理由を」

「確かに私は彼女を愛している。しかし何故だ? どうして一介の人造人間であるお前がそんな事を問う?」

「貴公の反応を見て興味を抱いた」

「……なんだって?」

 ──知らず知らずのうちに、私はこの警備帰還者ガード•レウェルティへ興味を抱いてしまっていたのだろう。勿論シオを破壊した事への恨みはあるが、この瞬間に置いては人造人間技師フランケン•テクニカとしての好奇心が勝っていた。

 先程のやりとりは経験からの推察なのか、類似するケースを参考にしているのか不明だ。

 しかし一つだけ言えることがある。この個体は愛情に対し、一定量の理解があるという事だ。

「──話は終わりだ、ルーザー•アンブロシア。貴公を連行する」

「なっ……待ってくれ、お前は一体──?」

 だが、終わりは唐突に訪れた。

 なんの脈絡もなく話は断たれ、あっという間もなく後ろ手に手錠をかけられてしまったのだ。それは重く無骨な金属製であり、とても縄抜け出来るような構造ではなかった。

 以降どんな言葉をかけようとも返答はなく、私は護送用車に押し込まれ安魂教会アニミス•エレクシアへと連行されたのである。

 その道中、教会からの無線通信がいくつか入り、先刻の二人組についての話も確認できた。二名共に重症ではあるものの、命に別状はなく半年程の療養期間を要するらしい。

 ……許されるのであれば、後日謝罪に伺いたい旨を運転席の警備帰還者ガード•レウェルティに伝えると『交渉次第』だと短く返された。また私の行為については執行妨害、傷害罪、逃亡等の罪に当たるとの事。

 そしてVFM-804110001──シオは崖からの転落による墜壊、という報告が警備帰還者ガード•レウェルティによってなされた。これに対し教会側は幾つかの質問を行っていたが、最終的には生存の可能性は無いという結論で落ち着いたようである。

 ──ただ、この議論を交わす中でどうにも不可解な点があった。

 警備帰還者ガード•レウェルティの回答に嘘偽りはないのだが、どうも様な印象を受けたのだ。

 VFM-804110001の生存を認めず、機能停止死亡状態という結論以外に思考が向かないよう言葉を選んでいた。少なくとも、私にはそんな印象があったのだ。



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