無垢の怪物─Geschöpf,Liebe.─
メイルストロム
第零節 Ihr Anfang.
Point Null. Epilogue.ver.1,1
「──その好奇心に罪はあるのでしょうか?」
──旧く、ドイツインゴルシュタットにて。愚かなる好奇心は
かの有名な物語──フランケンシュタインの怪物。その主人公と同じ姓を持つ彼が抱いたのは、より純粋で醜悪な好奇心だった。
『死体に電流を流すと動く。であれば、
──とはいえ、彼自身も上手くいくとは思っていなかった。
メアリー•シェリーの綴った怪物は、ガルヴァニズムの理論に則った空想の産物だ。実現する筈のない愉快な空想であると、彼自身も心の何処かで信じていたのだろう。
だからこそ彼は、その実験を行ってしまった──
──その結果について、公的な記録は残されていない。
当時院生であった彼は、禁足地とされた森の実験棟で怪物の起動実験を行ったという。
その日は早朝から雷鳴の鳴り響く、不気味な一日だったらしい。またこの実験について知る者はなく、組み上げられた怪物の行方も不明となっている。加えてヴィクトールも失踪しており、本件に関わるモノは全て持ち去られていたそうだ。
──失踪した彼の行方は、八十年経った今でも不明のままとなっている。
後にこの件は周知され、様々な噂が語られるようになった。
例えば、生れ落ちた怪物は子供であったとか──
怪物はヴィクトールを殺し、実験棟で死に果てたとか──
ヴィクトールこそが怪物であり、不死身となったとか──
怪物は今もヴィクトールを探しており、禁足地を彷徨いているとか──
──そんな根拠のない噂話をだけが日々産まれ、記憶に残ること無く消えていくのが現状だ。そうして何時しか、ヴィクトールの怪物は都市伝説の一つに成り下がったのである。
……ただ、失踪から五十年後のある日、ヴィクトールの手記らしきものが見つかったという。
そこには、怪物がどんな存在か記されていたのだ。但しその殆どは走り書きに等しいモノで、解読出来た部分は多くない。
▼怪物は偉丈夫である。
▼三メートル近い身長と、全身から漂う死臭を除けば人と見分けはつかない。
▼一般的な社会性を理解しており、流暢に言語を操る。
▼そして一つの願いを口にした。
読み取れた情報はたったの四点。これだけが怪物に対する情報だったのだ。
──また怪物の願いについてだが、当該ページのみ赤黒い何かで塗り潰されていたらしい。そして本稿をゴシップ誌が取り上げた後、失踪したヴィクトールを看取ったという老婆からの投稿があった。
その真偽は不明だが、酷く衰弱していた彼は死の間際に全てを語ったという。
──自身が所属していた学院のこと、専攻していた学問のこと、家族のこと……そして自らが行った愚行の全てを、泣きながら話したというのだ。
特に、自らの好奇心が招いた現実──産み落とした怪物への仕打ちを激しく悔やんでいたという。怪物の願いを聞き入れず、あまつさえその存在を否定した自分が憎いと。
身勝手な都合で産み落し、その生誕を忌むべきものにした。自身の畏怖と後悔によって、存在を亡き者にしてしまった。決して許されない。許されてはいけないと激しく泣いたそうだ。
産み落とした直後、妙な達成感に高揚した自分を思い出す度──
流暢に言葉を操る怪物を見て、喜ぶ自分を思い出す度──
怪物が口にした願いを思い出す度──
それを否定し、傷つけた事を思い出す度──
無辜の怪物を畏れ、拒絶した自分を思い出す度──
激しく言い争い、涙を流した怪物の姿を思い出す度──
……怪物の頭を、散弾銃で吹き飛ばしたことを思い出す度──
顔の右半分を失いながらも、私を睨み涙を流す怪物を思い出す度──
怪物が口にした『愛さぬのなら、どうして産んだ?』という最期の一言が胸を抉る。罪悪感がこの身を、心を縛る。
彼の命を弄び、身勝手な都合で殺した事実が──お前こそが怪物なのだと責立てる。怪物が言う通り……この私こそが、怪物に他ならない。
そう繰り返し、ヴィクトールを自称する老人は死んだそうだ。
また彼の遺品についてだが──一泊二日用と思わしき、小型のトランクが一つだけだった。老婆曰く、それだけは絶対に触らせてくれなかったという。
そしてこのトランクは、役所の人間が回収してしまったとのこと。中身は人造人間の制作に関わるモノだと噂されていたが、真偽は不明のまま。一時期話題にも上がったが、不思議な事に他の噂話程盛り上がる事はなかった。
──そうしてヴィクトールの怪物事件から百年。
戦争、疫病、飢餓、異常気象──それらによって、世界規模で人口が減少した。そんな中、無名の誰かがヴィクトールの技術に目をつける。それは狂気の空想であり、空虚な実験でしかない、潰えた夢の残滓。
……無名の誰かが、その価値に気づいてしまったのだ。
──この怪物は最高の道具になりえると。
そして幸か不幸か、ヴィクトールの理論は確立されていたのである。彼が遺した手順書の通りに行えば、誰でも
──しかし、同時に問題が起きた。
複数の屍が接がれた結果、自我が崩壊してしまったのだ。過酷な環境で使い倒され、リペアを繰り返した結果──人造人間は
……故意ではないにせよ、怪物は産声を上げたのだ。
それは身勝手な理由で作られ、死後の尊厳すらも反故にされた哀しき者達の声。それは使い潰された、誰かの欠片が集まったもの。凝縮された名もなき者達の、純然たる憤怒から産まれた怪物。
『死後の安寧は誰にも奪わせぬ』
『死者の尊厳を踏み躙った事を後悔せよ』
『私達は恕しはしない。その罪を、傲慢さを赦さぬ』
身を焦がす憤怒と共に産まれ落ちた怪物は、これらの言葉を口にしながら目につく者全てを破壊したという。殺すのではなく、徹底的に潰し砕いたのだ。首を刎ね、四肢をもぎ取りその屍肉を踏み潰す。屍を使われぬよう、その肉体を徹底的に破壊した。原型すらも遺らぬように、肉を砕き骨を潰し臓腑を喰らい、その血を飲み干す。
──憤怒より産まれし怪物は自らを
これを重く見た人類は、二度とこの様な事が起きぬよう規範を定めた。
──第二の
──第二の
──
──複数の死を繋ぎ合わせ、新たな魂を作り出してはならない。
──全ては、
この誓いは後に、
また本教会において発展した、
そしてそれに関わる者は
──そんな世界において、これから語られるは一体の被造物が『 』を識るための物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます