幕間劇•地下格闘場

幕間──暴力∶善犯.ver.1.1

 トート曰く、人造人間Frankenstein•Monsterは基本出力が高いというのです。

 

 また大前提として、人間というのは肉体が持つ本来の性能を全て使える訳ではありません。より正しく言うのであれば、人間を始めとした多くの生物は、自らの肉体を傷つけないよう無意識に性能を制限しているのだそうです。


 ──それでも意図せずとった行動により、大きな事故や怪我に繋がる事はあります。


 だから、そうならないように最悪を学び、回避する為の術を知る事が大切であると彼女は口にしたのです。


「それで、どうして……こんな、場所に?」

「まずは慣れてもらう為だ──って見たか今の!? すげぇ良い一撃だったな!」

 ワインボトルを持った方の手を突き上げ、モニターに向かって彼女は笑いました。周囲の観客も同じ様に叫んだり、拳を突き上げたりしています。

 ここに居る人達の視線の先には──鉄格子に囲われた闘技場リングがありました。鳥籠を連想させるその中で、二人の人間が殴り合っているのです。

 ……そう。ここは地下闘技場アリーナと呼ばれる賭博場でした。過去に観た映画のワンシーンが、現在進行系で繰り広げられていました。

 健全なスポーツ試合では感じられない、この異様な熱気は心地良いものではありません。酷く暴力的で、恐ろしさすら感じるこれは──狂熱と呼ばれるソレに近いものなのでしょう。武器こそ使ってはいませんが、生傷が無いわけではありません。片方の人は額を切っているのか、顔の右半分に血の跡が見て取れるのです。

 ……人々はなぜこんな試合に熱を感じ、昂っているのでしょうか?


 そんな疑問を感じた直後、何かが砕ける鈍い音が聞こえ──片方の選手が力なく倒れたのです。その様は糸の絶たれた操り人形めいていて、現実感の薄いものでした。

 直後、先刻とは比べ物にならない程の歓声と怒号が湧き上がります。チケットらしいモノを手に拳を振り上げ歓喜の声を上げる人もいれば、ぐしゃぐしゃに丸めた紙を闘技場内めがけて投げつける人もいました。

 けれど、誰一人として倒れた選手を心配するような声をあげる人は居なかったのです。


 そんな試合を幾つか観た後、私は彼女に連れられてスト・ア・モルグと呼ばれる区画を訪れました。

 赤錆まみれの粗末な寝台に並べられていたのは、先の試合における敗北者達です。ハイキックを受けて倒れた人。明々後日の方向に曲がった腕の人。ローキックにより膝を砕かれ、あらぬ方向に足をむけている人。機能停止死んだヒトも、そうでないヒトも一緒くたに並べられています。

 この異様な光景を前に、私の足は竦み上がっていました。一人で歩くことすら怖く、幼子のようにトートの腕へとしがみついた途端──

「──イヒ ヒ…… 御婦人は、ど どいつを、お望みだ い ?」

 粘度の高い腐臭を伴い、汚れきった頭陀袋を被った男が話しかけてきたのです。あまりにも異質なその姿を前に、心臓が飛び上がったかと思いました。しかし、傍らのトートは意にも介さぬ様子で深いため息を漏らすと、男の額を軽く小突いたのです。

「ベン? アタシ前にも言ったよな? 話しかけるなら堂々と、正面から来いって────……あと御婦人はやめろ。クッソむず痒い」

「あ ぁ、悪い な。 く、くせが 抜けなくって ヨ……ご、ごめんなぁ、 お、お嬢 ちゃ、ん」

「あ、いえ……こちらこそ、ごめんなさい」

 頭に被った頭陀袋のせいで表情は読めませんが、その声からは確かな感情を読み取ることが出来ました。どうやら見た目通りのヒトではないようです。

「それ、に して も、め 珍しい、な。トートが、こ、こ こに、来るな ん、て」

「まぁな。もうここに来るつもりは無かったんだが──ちっと事情が変わったんだ」

「ナ なら! ま、また み、見れる のか?」

 彼女の言葉に、彼が食い入る様に詰め寄ってきました。その視線はどこか憧れの人に向けるソレに酷似しています。しかしトートは疎むような表情を見せ、無言の制止をかけたのでした。

「その話はナシ。ここでは止めてくれ」

「……そ そう、か。 ひ 一人で、ま 舞い上がって、ごめん よ」

 しおらしく謝罪の言葉を口にする彼に「気にしないでいい」と一言答えた後、彼女は彼に「生きてる闘士はいるか?」と訪ねたのです。

「今日は、ひ 比較的、に の、残ってる ナ。どいつを お、お望み だい」

 彼の問いかけに暫し悩んだ後、彼女は第六試合の選手を挙げました。彼は連れて来る、と言って受付の奥へと向かっていきます。

 彼女の指名した選手の名前はヴォルド──齢三十前後の成人男性だった筈です。敗因はハイキックによる脳震盪で、一際強いブーイングが起きていました。生前はかなり有名なボクサーだったとの事ですが、違法薬物の使用により表舞台から姿を消してしまったそうです。


「──彼で ま、間違いは ないか?」

 暫くすると、彼は両手を鎖で繋がれた男──ヴォルドを引き連れ戻ってきました。

「間違いない。ちっと借りてもいいか?」

「か かまわないサ。す、好きに する、と いい。お、オーナー が、しょ、所有権を 捨て て、るから、よ」

「…………んん? どう言う理由だ?」

「お、女に ま、負ける 奴は、い 要らないって、言ってた な」

「コイツ、オーナーは生前の嫁だったろ」

「そ そう、なの か ?」

 二人から訝しむような視線を向けられたヴォルドは、舌打ちをして「そうだ」と答えました。酷く苛ついている様子ですが、暴れ出すような気配はありません。そこから暫しの沈黙が続き、どうするのだろうと思った矢先に彼女が口火を切りました。

「お前は元オーナー、つうか元嫁だな。そいつに復讐したいとか考えてたりするのか?」

「当たり前だ」

 激しい怒りを隠すつもりは微塵もないのか、彼は声を荒げ吐き捨てるように怒鳴ったのです。そんな彼を目の前にして、彼女は一切怯む様子もなく「その理由は?」と切返しました。

「オレを捨てやがったんだ……! あんなに良くしてやったのに、許せるわけねぇだろ」

「良くしてやったのに、か──もし良かったらよ、具体的にどんな事をしてヤッたのか教えてくれるかい?」

 そこから彼が口にしたのは、お世辞にも褒められないような稚拙で独り善がりなものだったのです。物語や映画、舞台といった仮想譚フィクションを物差しにして良いかはわかりませんが──そういった世間一般な感性に基づいた価値観で語られる、よくある愛情表現からはかけ離れていました。

 けれど、この人はそれを理解していないのです。私でも理解出来る程度のことを、目前のこの人は理解出来ていません。 ……いいえ、もしかすると理解しようという気持ちすらない可能性すらあるのです。


「オーケー、もう喋らなくていいぞ大間抜けナード

「……誰が間抜けナードだって?」

 そんな結論に至った辺りで、トートは嫌悪感たっぷりの声で話を遮りました。当然彼はいい顔をしません。一瞬だけ訝しむような顔を見せかと思えば、 威圧的な態度で彼女へと詰め寄ったのです。

 それに対して彼女は臆する様子もなく、軽く鼻で嗤った後に「お 前 の 事 だ」と告げました。一対何故、彼女は彼を挑発するような真似をしているのでしょう。相手の両腕は鎖で繋がれているとはいえ、あの距離は近過ぎます。

 しかし彼女は──そんな至近距離にあっても、口元に悪い笑みを滲ませたまま話を続けたのです。

「どんなもんかと思って話を聞いて見れば、掲示板の落書き以下のクソ話かよ。テメェの独り善がりな愛情表現オナニーにつき合わされたアイツが不憫でならねぇな」

「死にてぇならそう言え、殺してやるからよ」

「言うねぇ、女に一撃でのされたくせに」

 

 ……このヴォルドという男が、我慢強い人間では無い事くらい私にもわかります。故に、この明らかな挑発を前に彼が手を出さない理由がありませんでした。

 彼の肩に力が入ったと視認した瞬間、鎖は引き千切られていたのです。このままでは彼女が殴られると、この場にいた誰もが思いました。



 ──ですが、現実は全く別の結末を迎えたのです。

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