第六節 伽藍の龍

Episode.Neunundzwanzig.伽藍洞、無垢の器ver.1.1

  芯を通す────私が通すべき芯は、一体何なのだろう。


 ……あの日の話から産まれたのは、先の疑問。

 この疑問に対する答えを、今の私は持ち合わせていません。けれどそれがどういうものなのかは理解しているつもりです。

 しかしこれは私自身の手で見つけなければ、なんの意味もなく価値のないものになるでしょう。

 故に、なんの指針もなく得られるような代物ではありません。人間達が、造物主達が夢想し紡ぎ上げた物語に触れ続けたところで……それはヒントにはなりこそすれ、私が望むような答えにはなり得ないのでしょう。

 あれらは計算され造られた物語。だから主人公には通すべき芯が、精神性と言う名の背骨が初めから与えられている。

 彼らは皆、生まれながらにして背骨を持ち合わせていた────……いいえ、背骨から生まれたのが物語の主人公なのかもしれません。

 。そういったモノの背を追うばかりではなく、その先へ目を向ける必要があるのでしょう。

 生みの親は、一体どういった経緯で個人の中核を得るに至ったのか。彼らが内に秘めた芯は、背骨はどの様にして形作られたのかを知る必要がある。


 だから私は。

 

 ──通すべき芯は、辿るべき道筋に沿って歩くが故に抱くモノなのか?

    それとも、自らが選び辿り続けた旅の果てに手にするモノなのか?──


 せめてソレくらいは、自らの目で見極めたいのです。



──某日 午後 トート宅の一室にて──


「だから色んな奴と話がしたい、と」

「うん。駄目……かな?」

 私一人では限界があると考え、現状最も頼れる相手──トートに相談しました。どう言い表せば分からない、胸中に渦巻くコレを出来る限りの言葉で伝えたのです。

 これに対し、彼女の表情は──どう捉えたら良いのか、迷いを生じるものでした。その姿は、私の主張を受け入れ、どう実現させようか思案しているようにも見えたのです。

 ……けれど、そんな危険な事はさせられない。手本になるような芯の通った人物は思い浮かばない。とでも言いたげな表情にも見えました。


「──……なら、あいつの所に行くといい」


 暫しの沈黙を挟み、トートはある人物を提示してきたのです。




❖❖


「それで私のところに?」 

 トートから指示されたのは、現状唯一の入院患者──ミア・バーレンシュタイン様でした。しかし肝心の彼女は現状が飲み込みきれて居ない様子で、どこか懐疑的な視線を向けてきます。私の説明が拙かったのでしょうか?

「その、相談……? にのるはいいのだけれど」

「けど……?」

「貴女が何故、人間の在り方に興味を持ったのかが気になるの」

「…………始まりは、マスターが、そう、望んだから、です。マスターは、私が……したい事を、して、自由に、過ごして欲しい……そう、常々 願っていま、した」

 彼女は訝しみながらも、口を挟むことはありません。

「けれど、私は 迷って、いま した。ミア様も、ご存知の通り……私達は、摸倣するべき 故人の姿が、手本があるの、です…………けれど、私の マスターは、手本を 示しては、下さりません でした。私の、自由意志を 尊重すると、仰り続けたの です」

「自由意志を尊重するなんて変わっているのね、貴方のマスター」

「やはり、そう 思います、か」


 ──望み通りの答えだった筈なのに、残念だと感じる自分がいました。一体私は何を彼女に期待していたのでしょう?

 そう思い、話を打ち切ろうとした矢先。彼女は言葉を続けたのです。


「──けどまぁ、そうね。相談に乗ってあげる」

 思わぬ言葉に一瞬、思考が停止していました。

「なに? 不満なの?」

「……っ、いえ! そういう、わけでは、ないのです。ただ、驚いて しまって……ありがとう、ございます」

「変な子」と言って小さく笑うと、彼女は筆記用具を用意するよう要求してきました。それらを調達するついでに、飲料と軽食類を用意したところ、感謝の言葉を頂きました。



「──要するに、貴女を貴女たらしめる根拠を見つけたいのよね?」

「はい。模倣すべき、故人を……私は、持ちません。です、から、私の……自由意志を、感じられる、為の、芯を見つけたい、のです」

「なんかそれ、自分探しの旅っぽいわね」

 と、彼女は懐かしむような声で笑いました。なんでもその自分探しの旅というものは、大学を卒業した若者がよく行うモノらしいのです。彼女もその一人であったらしいのですが、結局見つける事は出来なかったとのこと。

「ミア様の周りに、自分を、見つけた人は、いたのですか?」

「居たとは思うけど、それがどんなモノだったのかは知らないわ。それにねシオ? 『私ってこんな私だったの!』 なんて人に聞かせるような話でもないのよ」

 これは少しばかり意外な答えでした。

「……そう、なのです、か? では何故、人は……自伝を、書くのです、か?」

「それは特例みたいなものじゃないかしら? これは聞いた話になるけど、大抵は人に知らしめたいって言うわけじゃなくて、自身の足跡を遺したいだけらしいし」

「何故、自身の……足跡、を 遺したいと、思うの、ですか?」

「ごめんなさい、それは当人にしかわからないわ」

「そう、ですか…………では、ミア様は 自身の、足跡……人生を、遺したいと、考えた事は……ありました、か?」

 この質問は想定外だったのでしょう。彼女はこちらを見て、数度瞬きを繰り返し「そんなことは考えた事すらなかった」と言葉を漏らしたのです。


「まぁこれは後で考えましょう、シオ。なんだか本題からズレている気がするもの」

 確かに彼女の言う通りです。疑問はその場で解消したい、という私の気持ちを優先させ過ぎてしまいました。

「……あと貴女、かなり好奇心旺盛なのね。どうしてそんなに質問が思い浮かぶのかしら」

「それは、まだ……私が、産まれて、間もない……から、なので、しょう」

 私の発言に対し、彼女は「なぁにそれ」と愉快そうに笑いました。そしてそのまま続けて「生前の経験があるのに、ねぇ?」と同意を求められたのです。

「……いいえ。私には、生前、の、記憶は、ありません」

「どういうこと? 詳しく教えてくれる?」

 本当に話して良いのか、少しばかりの迷いもありました。けれどここではぐらかすのも不誠実だと考え、覚えている限りのことを伝えたのです。


「…………驚いたわ。貴女の来歴もそうだけど、あのルーザー・アンブロシアが創造主だったなんて」

「そんなに、驚く、ような……事、でしたか」

 呆れているような、疲れているような。どちらとも取れる不思議な表情で彼女は肩を落としていました。

「驚くなっていうほうがムリよ。だけどまぁ、それなら納得もいくわ」

「どういう、こと……です、か?」

「……あの方が造る帰還者レウェルティはとても人間らしい事で有名だったのよ。感情表現の豊かさは勿論のこと、その身体動作性も上質だった。もし自分が帰還者レウェルティになるのなら、あの人に施術された言っていう人は数え切れないくらい居たの」

 彼女の話はどれも初めて耳にするものばかりでした。今にして思えば、私はマスターの事をよく知らないのです。マスターがどんな仕事をしていて、どこに勤めているのかさえ……そんな些細な事でさえ私は知りません。

「だから沢山の技術者が彼に師事を求めたわ。そして始めの頃、彼はそれに応え続けていたの。けれど、ある日を境にパタリと辞めてしまった。そうして主要都市の一等地にある自宅を売払い、何処かへと移り住んだ。職場こそ変えなかったものの、出勤するのは気まぐれでアポイントメントすらろくに取れなくなってしまったのよ」

「……それは、初めて、耳にしました。ミア様……ルーザー様が、それらを、辞めたのは、いつ頃、でした、か?」

「正確な年月はわからないけれど、概ね二十年程前かしら? あと噂話に過ぎないけれど、ちょうどその頃に身内の不幸があったらしいわ」

「そう、だったの、ですか……」

 身内の不幸が人を変える。そんな話はよく耳にしていました。肉親の死や配偶者との離別。娘や息子を亡くした時、人は壊れてしまうものらしい。その哀しみを──時に埋め。時に乗り越える為。人間達は私達を帰還者レウェルティという存在を必要とし、作り出した。そう、いつかの日に聞いたことがあります。

「その、気分を悪くしたら申し訳ないけど……貴女は、彼のことをあまり知らないのね」

 暫しの沈黙を挟み、投げられたその言葉は──少しばかり胸に刺さりました。けれどそれは事実であり、どうしようもないものです。

 彼のことを、マスターの事を知りたいのなら──もっと踏み込むべきだったのに。私はそうしなかったのですから、知らないのは当たり前のこと。


「ええ。マスターは、ご自身の過去を、私に、語っては……くれません、でした。ただの、一度も……なかったの、です」



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