幕間──結∶Who is me? ver.1.1

 ──どうしたいか?


 実を言うと、私はこの質問が苦手なのです。

 生きている人間からすれば想像しがたいでしょうが、私達はそういうものなのです。

 そもそも人造人間Frankenstein•Monsterは自由意志を求められる事がありません。求められた姿を演じる為、与えられた役割をこなす為に在るのが私達です。他の帰還者レウェルティであれば──どうしたいかと問われても迷いません。

 彼等には求められる姿が、模倣すべき故人が定められていますから。 ……だから、本来であれば迷いようがないのです。


 けれど私には、模倣すべき故人が居ません。故に迷うのです。


 マスターであるルーザー・アンブロシアは、私に求める姿を明かしてくださらなかった。私が何度質問しても、彼は「君は君の思うまま過ごしてくれればいい。シオ・アンブロシアという一つの生命として在ればそれで良い」と言うばかりだったのです。

 だから、彼の目の届く範囲で私は自由に振る舞うをしていました。

 ──私がどんな事をすれば、彼は反応するのか。彼が笑うのはどんな反応を見せた時なのか。彼が残念がるのは、悲しむような顔を見せるのは、一体どんな行動なのか。そういったものばかりを記憶し、追求していったのです。私は人間らしく振る舞う為に、児童向けの寓話や小説、アニメーションや映画、演劇や演奏会といった数多の被造物へと手を伸ばしました。それらから学んだ仕草、言葉遣い、表情を自らの手札とし、答え合わせを行っていたに過ぎないのです。

 そうする内に識ったのは、私が人らしい反応を見せた時に彼は喜ぶという事実でした。より人間を緻密に描いた作品に触れ、人の魅せる演技から、人の遺した文律から、人が創造したカタチから──私は人間らしいと感じる要素を抽出し──伽藍洞の器を、私という存在を充たしてきた。

 

 ──私を必要としているマスターが、満足出来るようにと信じて。

    けれど、此処ではそれが出来ないのです──

 

「私は、自分が……どうしたいのか、よく……わからない、の、です」


 ──だって、私の物差しであるマスターが此処には居ないから。だから、迷い戸惑ってしまうのです。どんな反応をすればいいのか、どんな望みを口にするのが正解なのか、わからないから。


 目前のサクラが一瞬、きょとんとした顔を見せ、「わからないってのはちょっと違うでしょ? シオちゃん」と再び笑いかけてきました。何が違うのか、と口にした途端に彼女は何が面白いのか、突然ケラケラと笑ったのです。

「だって君、さっき自分の口でお洒落には興味あるって言ったじゃないか。ならそれが君のやりたい事なんだよね? 違うかな?」

 違う。とは言えません。彼女の言う通りあれは間違いなく、私が口にした言葉です。けれどアレは尋ねられたから──

「──小難しく考えなくていいよ、仔犬シオちゃん。此処には顔色を窺うような相手もいないんだし」

 そんな言葉と共に、私の両手を取って彼女は笑いかけて来るのです。それが今の私には堪らなくむず痒く思えてしまう。求められたから、ソレらしく応えているだけの私に何故──彼女は自由意志を求めようとするのでしょう。そんなものを私に求める理由がわかりません。


「君は今、親元であるルーザーから離れた状態だ。それはきっと凄く不安だと思う。けれど親から離れるのは、誰しもが経験する話なんだ」

 不意に手を引かれ、彼女へと抱き着くような姿勢で凭れた直後──囁かれた言葉は虚をつくようなものでした。

「けれど、不安がってばかりじゃいけない。親元を離れた今の君はある種の自由を手にしているとも言える。君は好きな事を選べる立場にあるんだ」

「好きな、事…………」そんな、思いがけず出た言葉に「うん。君はやりたいことに挑む事が出来るんだ」と彼女は明るい笑顔で答えてきました。


「──けれど忘れないで。やりたい事を為には、力が必要だってことを」


 不意に合わせられた視線は、その声音と同じく温度を感じさせないもの。ある種の警告とも取れるソレを前に、思考がのを感じました。

「なにかを叶える為に必要なのは力なんだ。奪うにしても、壊すにしても、生み出すにしても、守るにしても」

 …………一体、彼女は何者なのでしょう。幼子を匂わせる無邪気さを振りまいたかと思えば、伝い這う蛇にも似た狡猾さで嫌なところに噛みついてくる。こんな人には、未だかつて出会ったことがありません。

 ──彼女は硬直する私の耳元で「答えが出たら、僕か彼女の手を取るといい」と囁き小さな笑みを残して離れていきました。


 出口付近まで行った所で彼女は振り返り「僕は暫く龍街ロン・フェイ四星スーシン坑にいるから、会いたくなったらいつでもおいで!」と言い残して去られました。



 そんな背中を無言で見送った後、誰も言葉を発することはありません。ベンは私とトートを交互に見比べ、引き攣った笑みを浮かべていました。

「──トートは、サクラ……さん、とは、どういう 付き合い、なの?」

 やや気怠げながらも「武道の師匠であり酒友」と答え、ややあってから「アレでもアタシより長生きだったわ」なんて事を口にしました。

 彼女──サクラの見た目はどう見ても10代後半のそれです。肌艶は勿論の事、頭髪からも年齢を感じさせるものはありませんでした。それでトートよりも長生き、と言うのは幾らなんでも無理があります。もしやサクラは、人造人間Frankenstein•Monsterなのでしょうか?

「まぁ疑いたくなる気持ちはわかるぞ。アタシも未だに信じられねぇけど──」

 そこまで口にした所で、彼女は私の耳元に口を近づけました。

「──サクラはだって噂もある」

 よくあるヒソヒソ話の仕草だ──なんて事を考えた矢先に、何やらおかしな単語が上がったのです。向き直って見ても、彼女の表情に変化はありません。

「そんな、稚拙な嘘。引っかから、ない」

 ゾンビならともかく──吸血鬼ヴァンパイアなんてモノが実在するとは思えないのです。姿が鏡に映らない事も。血を啜り延命する事も。水の流れる場所を渡れない事も。ソレに纏わる噂話はなにもかもが非現実的なものばかりでした。それにマスターも言っていたのです。科学的に説明のつかないモノは、誰かの勘違いや嘘から生じた作り話でしかない──と。

「んー、まぁアレがマジの吸血姫かどうかはどうでもいいとして、だ」

 そう言い切るのと同時、彼女の雰囲気が少し変わりました。

「実際のところ、お前はどうしたいんだ?」

「その質問……には、答えるのが、難しい」

「なぜだ?」

「……どんな、答えが、正しいか……わからない。だから、難しい」

 私の答えを耳にした彼女は──半ば諦めたような、それでいて納得しているかのような──複雑な表情で私を見ているのです。

 ほんの寸秒を挟み「そもそもの話だけど──」と前置きをしてから彼女は話を続けました。

「どうしたいのか、という問いに対する絶対的な答えはないんだよ」

「それは、違う。あの人なら、こう答える……そう言った、基準になるものが、私達にはある筈。だから、私には──私、には……わからない。私は、こんな風に在って欲しい、と……言う、モデルを、知らない、から」

「シオ。たとえお前に模倣すべき故人が在ったとしても、故人を摸倣する以上────模倣した結果叩き出した答えが正しいか、正しくないのかなんてわからん。お前には酷な話かも知れんが、生前の故人が望んだであろう答えなんてのはな? によって変わってしまうものなんだ」

 それは──それでは、あんまりではないか? そんな言葉が口を突きかけましたが、どういった理由なのか声になることはなかったのです。頭にあったのは、ただ漠然と彼女の話を最後まで聞くべきだと。

「ソレに加えて……そうだな。幼少期と青年期。青年期と老年期。どの時代を切り取るのかにもよって異なるし、時代情勢が異なれば特定の年頃を模倣したとして、生前とは異なる答えを出す事もあるだろう。

 或いは同じ答えを出したとしても、彼/彼女なら『そんな事は言わない』と否定される事すらありえる──だかこれは誰にだって起こり得る話だ。普段のお前ならそんな事を言わないだろう、君ならきっとこう答えてくれる。そんな言葉が出るのは、相手がというクソ身勝手な偶像を作り上げているからに過ぎない」


 そういうモノなのか。なら、私達は──私は、殊更どうすればいい? そんな悩みが思い浮かんだ瞬間。こつん、と額に軽い衝撃を感じたのです。

「だからこんなのは悩むだけ無駄なんだわ。自分の中にこれだって一本芯を通していれば、大抵はなんとかなるもんだよ」


  

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