Episode.Acht.解体屋、或いはver.1.1
────……気絶した彼女を連れた二人が訪れたのは、クラミトンの暗部──通称、
尤も、
その内部はまさに混沌。通路には各々が勝手に店を構え、打ちっぱなしのコンクリ天井からは、剥き出しの電線が束になって吊られている。おまけに配電盤が裸で設置されていたりもするのだ。
ここを歩くは多肢多頭の異形、結合双生児のような者。前後に顔を持つ者等々──魑魅魍魎、百鬼夜行はここにあり。
そら、お前の食卓に並ぶはなんであろう。
そこに吊るした四肢は、なんの獣の四肢か?
忘れるなかれ、命は死ねば骸なり。
さあ皮一枚剝いて、その正体を
どうか目をそらさずに見ておくれ。
その温かな柔肌で感じておくれ。
肉体なぞは所詮、血と糞の詰まった肉袋であろう?
それらは決して言葉には成らぬ。誰も彼もが謳わない。
この場を語るは人に非ず、さりとて死人に口もなし。
であれば誰が語るのか、誰になら語れるのやら。
語れるとすれば、この街をおいて他になし……
腐り落ちた龍の骸が、言葉にならない声で語ることだろう。
ここは腐り落ち、竜骨を欠いた屍の山であるが故────
──そんな場所を二人は進み、
その道すがら、
彼の目指す場所は
平和、医療、生命力、権威の象徴であるソレを態々逆さに吊るすのだから、此処に棲むものは捻くれ者なのだろう。その証拠に、という訳ではないが──玄関脇にも一つ異様なものが飾られていた。それはオブジェクトと呼ぶには異質であり、何かしらの明確な意図がある事は確実である。跪き、頭を垂れた
その証拠に、青年は気圧されていた。ほんの少しばかり背を丸め、視線を泳がせながら男の後を着いていく。怯え戸惑っているのは誰の目にも明らかであるが、男の方は慣れているのか態度に変化は見られない。
「ここ、何なんすか……?」
「腐龍骸で最も腕の立つ
「わ、わかったッス」
「──
ノックもなしに玄関を開け、大きな声で家主と思わしき者の名を呼ぶ男。しかし応答はなく、しんと静まりかえったままである。
「……ったく、その呼び名は嫌いなんだと何回言えばいいんだ。いい加減トートって呼べよクソ野郎」
「なら今後は
男の呼びかけからややあって現れたのは、所々にシミのついた白衣を着た妙齢の女性。寝起きなのかは不明だが、機嫌はよくなさそうである。
「あん……? テメェ今、別のニュアンスを込めた発音したな
「まだ禿げてねぇっての」
「ほう? ならその額はなんだ? 順調な後退を見せているようだが」
「こ、これは……あれだ、戦略的撤退だ。いずれ戻る」
彼女の目鼻立ちは整っているものの、それを活かすような化粧をしている訳でない。くすんだ色合いの赤髪を後ろ手に縛り、襟の伸びたシャツからは下着が見え隠れしていた。
「……まぁとりあえず入りな、二人共」
表とは対象的に内装は非常に整っており、照明は少ないながらも格式高いホテルを思わせる。道中見かけたような、化粧板もなく骨格が剥き出しの天井でもない。配線も隠されており、ショートした電線がぶら下がってもいなかった。そしてなにより、床に不快な粘着感が無いのだ。
青年にとって余程嬉しかったのか、その顔には穏やかな生気が戻りつつあった。
そんな彼を他所に、彼女は手術室へと二人を案内する。入り口で靴を履き替えさせると、彼女はシオを寝台へと移させた。すると彼女はシオの衣服を脱がせ、真剣な面持ちでその状態を確認していく。一通り確認し終えたのか、彼女は術台の下からクリップボードを取り出し伝票へと身体情報を記載していった。
「なぁ
ボードを近くのワゴンへ載せ、苛立った様子で彼女が問う。
「表で倒れている所を拾っ──」
「──下手な嘘はやめろハゲ。騙そうってんなら
男の言葉を断つように言い切る彼女。何故ここまで苛立っているのかは不明だが、この時点で青年は完全に気圧されていた。
「そうだよ。独りで彷徨いてたから拐った」
「独りでか?」
「あぁ。雷鳴の迷い子を探していた所に声をかけさせて釣った」
「……雷鳴の迷い子だと? まさかこいつ、そこの子飼いか?」
「流石にそれはない。もしそうなら手を出す訳無いだろう」
「
「そう虐めてくれるなトート。確かに初めて釣らせたヒヨッコだが、見る目だけはある。ちゃんと教えこんであるさ」
「テメェが教えただと? なおさら信用ならん」
そう言い捨てると、彼女は再びシオへと手を伸ばす。うなじや足の裏、腰骨の付近やデコルテの辺りなど──有り得そうな場所を徹底的に攫ってみたが──
「──…………ねぇな。マジの野良か」
「だから言っただろう。大丈夫だと」
悪態混じりに吐き捨てる彼女とは対象的に、男は得意げな様子である。ソレが癇に障ったのだろうか、彼女は強めの舌打ちと共に男を睨みつけた。
「…………お前、二ヶ月前にアンダークイーンの子飼いを持ち込んだ件、もう忘れたのか?」
「あ、あれは事故だ。左腕と首に酷い裂創があってわかんなかったんだよ」
「(*
狼狽える男の胸ぐらを掴みあげると、そのまま捲し立てるように怒声を浴びせ掛ける。何があったのかは分からないが、相当の事があったのは確かだ。
「おまっ……! 言って良いことと悪いことがあるだろ!」
「知るかアホンダラ! ………ってかそんな事はどうでもいいんだよ。お前はコイツをどうするんだ?」
「バラして売るんだよ」
「なら取り分は
「あぁ!? それはとりすぎだろ、お前」
「馬鹿言うんじゃねえよハゲ。確かにコイツは上玉だが傷が多過ぎる。それに服を見てみろ。ただの
彼女の言い分に語気を強める男だが、彼女が屈する様子は微塵もない。先のように声を荒げる真似もせず、ただ静かに淡々と詰めよっていた。
「だ、だがな……──」
「──それにだ。どういう経緯でコイツはこんな損傷を受けた? いくつかの臓器は破裂しているし、左肺に至っては折れた肋骨が刺さってる。
正直に答えろ禿頭! テメェ等は一体どんな仕打ちをした!?」
今度は彼女が語気を強め、記入済の伝票を突きつける。
そこに描かれた人体図には無数の赤バツ印がつけられており、それらは全て損傷箇所なのだという。四肢の損傷は軽微だが、身体全体を見れば相当な損傷度合いである。
故に売りに出すとなれば切除前の修繕は必須。加えてこの見た目だ。半端な代物を使った修繕では逆に価値を下げかねない。
となればそれなりのモノを用意する必要があり、修繕費用は嵩んでしまう。高く売れるのは間違い無いだろうが、それに見合うものかと言えば怪しいところなのだろう。
特に胸部のダメージは深刻であり、肺は売り物にできないだろうとの事だ。
「そ、それは始めっからだ! 俺たちのせいじゃねぇ」
「シラを切るつもりか!? 上等だ、ここでバラしてやるよテメェ等!」
「やめろ、そいつは洒落にならねぇ!」
彼女は壁にかけられた肉厚の牛刀を掴むと、男達へその切っ先を向けて怒鳴りつけた。二人は慌てながらもシオを背負い、彼女から距離を取ろうと後ずさる。
「
「お前ならマジでやりそうだ、さっさと逃げるぞ新入り!」
「う、うッス!」
「あっ! 待てコラァ! ソイツは置いてけ!!」
彼女は牛刀を手に二人を追いかけたが、二人の方が足は速い。加えて身軽な動きを見せるので、彼女は二人を追いきれずにいた。
「あぁ糞が! 何処行きやがった(*
遂に撒かれてしまったのか、自宅にも関わらず彼女は二人の影を見失ってしまったらしい。
そこから数十分──口汚いスラングを吐きながら自宅を捜索した後、彼女は深く長いため息を漏らした。そしてヨレた白衣のポケットから煙草を取り出すと、室内にも関わらず火をつけたのだ。
クシャクシャになったそれは明らかに
「──…………ったく、胸糞悪ぃ」
シケモクを咥えたまま自室へ戻るや否や、彼女は牛刀を適当な場所へ掛けると真っ直ぐに冷蔵庫へ向かった。
雑に冷蔵庫の扉を開けて瓶ビールを取り出し、適当な灰皿へと
飲みかけのそれをサイドテーブルに置こうとした瞬間、彼女の手が小ぢんまりとした写真立てに触れた。
ただ触れてしまっただけなのに、彼女は手を引っ込めたのである。
「メイシェラ……なぜ止めなかったんだ、お前は」
その写真立ての中には、3人の男女を撮影したカラー写真が収められていた。
一人は柔らかな白銀髮が目を惹く色白美女。その隣には癖っ毛の眼鏡をかけた青年が立ち、先の女性と手を繋いで写っていた。そんな二人の後ろに立ち、人好きのする柔らかな笑みを浮かべるのは、くすんだ赤髪の女──トート・リデプスその人である。
そんな仲睦まじい写真を一瞥した彼女は、強く鋭い舌打ちをすると再度ビールを呷る。そして空になった瓶を床に転がすと、そのまま眠りに落ちたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます