Episode.Acht.解体屋、或いはver.1.1

 ────……気絶した彼女を連れた二人が訪れたのは、クラミトンの暗部──通称、腐龍街フーロンファイと呼ばれる魔窟であった。ここはクラミトンでも異端者Outsiderとされた者達が築いた魔城。誰しもが抱えるカルマを隠すこともなく、生まれ持ったカルマと共に生きる街である。

 尤も、といえば聞こえはいいが、その実態は真逆だ。正しく表現するならば──ここは天国の外側でしか生きられない爪弾き者、異端者Outsider達に許された最後の居場所である。

 その内部はまさに混沌。通路には各々が勝手に店を構え、打ちっぱなしのコンクリ天井からは、剥き出しの電線が束になって吊られている。おまけに配電盤が裸で設置されていたりもするのだ。


 ここを歩くは多肢多頭の異形、結合双生児のような者。前後に顔を持つ者等々──魑魅魍魎、百鬼夜行はここにあり。


 そら、お前の食卓に並ぶはなんであろう。

 そこに吊るした四肢は、なんの獣の四肢か? 

 忘れるなかれ、命は死ねば骸なり。

 さあ皮一枚剝いて、その正体をあらわにしよう。

 どうか目をそらさずに見ておくれ。

 その温かな柔肌で感じておくれ。

 肉体なぞは所詮、血と糞の詰まった肉袋であろう?


 それらは決して言葉には成らぬ。誰も彼もが謳わない。

 この場を語るは人に非ず、さりとて死人に口もなし。

 であれば誰が語るのか、誰になら語れるのやら。

 語れるとすれば、この街をおいて他になし……

 腐り落ちた龍の骸が、言葉にならない声で語ることだろう。

 ここは腐り落ち、竜骨を欠いた屍の山であるが故────




 ──そんな場所を二人は進み、腐龍街フーロンファイの中心に近い場所へと向かっていた。案内板など無いに等しいというのに、男は迷う事なく通路を進んでいく。青年ははぐれない様に、その後を必死について行った。

 その道すがら、彼女シオに目をつけた住人が声をかけてくる事もある。しかし男は言葉巧みにそれらを躱し、目的地へと進んでいった。

 彼の目指す場所はであり、病院名や看板などは喪失している。喪失したそれらがあった場所に掲げられたのは、逆さに描かれたカドゥケウス。

 平和、医療、生命力、権威の象徴であるソレを態々逆さに吊るすのだから、此処に棲むものは捻くれ者なのだろう。その証拠に、という訳ではないが──玄関脇にも一つ異様なものが飾られていた。それはオブジェクトと呼ぶには異質であり、何かしらの明確な意図がある事は確実である。跪き、頭を垂れたを六叉の槍が貫いているのだ。マトモな神経の持ち主であれば、そんなモノを玄関脇に飾る事はしないだろう。


 その証拠に、青年は気圧されていた。ほんの少しばかり背を丸め、視線を泳がせながら男の後を着いていく。怯え戸惑っているのは誰の目にも明らかであるが、男の方は慣れているのか態度に変化は見られない。

「ここ、何なんすか……?」

「腐龍骸で最も腕の立つ人造人間技師フランケン・テクニカ屋さ。名前はトート・リデプス──まぁ、お前は黙ってついてくればいい」

「わ、わかったッス」

「──破壊者Vernichter /フェアニヒター 、一つ仕事を頼みたい!」

 ノックもなしに玄関を開け、大きな声で家主と思わしき者の名を呼ぶ男。しかし応答はなく、しんと静まりかえったままである。

「……ったく、その呼び名は嫌いなんだと何回言えばいいんだ。いい加減トートって呼べよクソ野郎」

「なら今後は死神トート様と呼ぼうか」

 男の呼びかけからややあって現れたのは、所々にシミのついた白衣を着た妙齢の女性。寝起きなのかは不明だが、機嫌はよくなさそうである。

「あん……? テメェ今、別のニュアンスを込めた発音したな禿頭Baldy/ボールディ?」

「まだ禿げてねぇっての」

「ほう? ならその額はなんだ? 順調な後退を見せているようだが」

「こ、これは……あれだ、戦略的撤退だ。いずれ戻る」

 彼女の目鼻立ちは整っているものの、それを活かすような化粧をしている訳でない。くすんだ色合いの赤髪を後ろ手に縛り、襟の伸びたシャツからは下着が見え隠れしていた。


「……まぁとりあえず入りな、二人共」

 表とは対象的に内装は非常に整っており、照明は少ないながらも格式高いホテルを思わせる。道中見かけたような、化粧板もなく骨格が剥き出しの天井でもない。配線も隠されており、ショートした電線がぶら下がってもいなかった。そしてなにより、床に不快な粘着感が無いのだ。

 青年にとって余程嬉しかったのか、その顔には穏やかな生気が戻りつつあった。

 そんな彼を他所に、彼女は手術室へと二人を案内する。入り口で靴を履き替えさせると、彼女はシオを寝台へと移させた。すると彼女はシオの衣服を脱がせ、真剣な面持ちでその状態を確認していく。一通り確認し終えたのか、彼女は術台の下からクリップボードを取り出し伝票へと身体情報を記載していった。

「なぁ禿頭Baldy/ボールディ、コイツをどう手に入れた?」

 ボードを近くのワゴンへ載せ、苛立った様子で彼女が問う。

「表で倒れている所を拾っ──」

「──下手な嘘はやめろハゲ。騙そうってんなら電撃錐スタン•ピックの痕くらい隠せよ。拐ったんだろ?」

 男の言葉を断つように言い切る彼女。何故ここまで苛立っているのかは不明だが、この時点で青年は完全に気圧されていた。


「そうだよ。独りで彷徨いてたから拐った」

「独りでか?」

「あぁ。雷鳴の迷い子を探していた所に声をかけさせて釣った」

「……雷鳴の迷い子だと? まさかこいつ、そこの子飼いか?」

「流石にそれはない。もしそうなら手を出す訳無いだろう」

禿頭テメェはそうかもしれねぇが、そこの青臭い腑抜けはどうだ?」

「そう虐めてくれるなトート。確かに初めて釣らせたヒヨッコだが、見る目だけはある。ちゃんと教えこんであるさ」

「テメェが教えただと? なおさら信用ならん」

 そう言い捨てると、彼女は再びシオへと手を伸ばす。うなじや足の裏、腰骨の付近やデコルテの辺りなど──有り得そうな場所を徹底的に攫ってみたが──


「──…………ねぇな。マジの野良か」

「だから言っただろう。大丈夫だと」

 悪態混じりに吐き捨てる彼女とは対象的に、男は得意げな様子である。ソレが癇に障ったのだろうか、彼女は強めの舌打ちと共に男を睨みつけた。

「…………お前、二ヶ月前にアンダークイーンの子飼いを持ち込んだ件、もう忘れたのか?」

「あ、あれは事故だ。左腕と首に酷い裂創があってわかんなかったんだよ」

「(*腐龍街フーロンファイスラング*)! 他にも貸しがある事忘れてんじゃねぇだろうなぁ糞ハゲ」

 狼狽える男の胸ぐらを掴みあげると、そのまま捲し立てるように怒声を浴びせ掛ける。何があったのかは分からないが、相当の事があったのは確かだ。

「おまっ……! 言って良いことと悪いことがあるだろ!」

「知るかアホンダラ! ………ってかそんな事はどうでもいいんだよ。お前はコイツをどうするんだ?」

「バラして売るんだよ」

「なら取り分は八対二ハチニーだ」

「あぁ!? それはとりすぎだろ、お前」

「馬鹿言うんじゃねえよハゲ。確かにコイツは上玉だが傷が多過ぎる。それに服を見てみろ。ただの帰還者レウェルティにあんな上等な服を着せるか? ツラだってそこらの女優が霞むくらいだ。絶対に訳アリだろうが」

 彼女の言い分に語気を強める男だが、彼女が屈する様子は微塵もない。先のように声を荒げる真似もせず、ただ静かに淡々と詰めよっていた。

「だ、だがな……──」

「──それにだ。どういう経緯でコイツはこんな損傷を受けた? いくつかの臓器は破裂しているし、左肺に至っては折れた肋骨が刺さってる。

 正直に答えろ禿頭! テメェ等は一体どんな仕打ちをした!?」

 今度は彼女が語気を強め、記入済の伝票を突きつける。

 そこに描かれた人体図には無数の赤バツ印がつけられており、それらは全て損傷箇所なのだという。四肢の損傷は軽微だが、身体全体を見れば相当な損傷度合いである。

 故に売りに出すとなれば切除前の修繕は必須。加えてこの見た目だ。半端な代物を使った修繕では逆に価値を下げかねない。

 となればそれなりのモノを用意する必要があり、修繕費用は嵩んでしまう。高く売れるのは間違い無いだろうが、それに見合うものかと言えば怪しいところなのだろう。

 特に胸部のダメージは深刻であり、肺は売り物にできないだろうとの事だ。

「そ、それは始めっからだ! 俺たちのせいじゃねぇ」

「シラを切るつもりか!? 上等だ、ここでバラしてやるよテメェ等!」

「やめろ、そいつは洒落にならねぇ!」

 彼女は壁にかけられた肉厚の牛刀を掴むと、男達へその切っ先を向けて怒鳴りつけた。二人は慌てながらもシオを背負い、彼女から距離を取ろうと後ずさる。

帰還者ソイツらはテメェらの金ヅルじゃえねんだよ! 代わりにテメェ等を解体バラして市場に並べてやろうか!?」

「お前ならマジでやりそうだ、さっさと逃げるぞ新入り!」

「う、うッス!」

「あっ! 待てコラァ! ソイツは置いてけ!!」

 彼女は牛刀を手に二人を追いかけたが、二人の方が足は速い。加えて身軽な動きを見せるので、彼女は二人を追いきれずにいた。


「あぁ糞が! 何処行きやがった(*腐龍街フーロンファイスラング*)!!

 絶対ゼッテぇ許さねぇからな、ハゲ野郎!」

 遂に撒かれてしまったのか、自宅にも関わらず彼女は二人の影を見失ってしまったらしい。

 そこから数十分──口汚いスラングを吐きながら自宅を捜索した後、彼女は深く長いため息を漏らした。そしてヨレた白衣のポケットから煙草を取り出すと、室内にも関わらず火をつけたのだ。

 クシャクシャになったそれは明らかに湿気シケており、とてもではないが美味そうには思えない。オマケに火のつきも悪く香りも曇っている。にも関わらず、それを咥えた彼女の表情は、ほんの少しマシになっていた。


「──…………ったく、胸糞悪ぃ」

 シケモクを咥えたまま自室へ戻るや否や、彼女は牛刀を適当な場所へ掛けると真っ直ぐに冷蔵庫へ向かった。

 雑に冷蔵庫の扉を開けて瓶ビールを取り出し、適当な灰皿へと煙草モクを押し付ける。ジュッという音ともに白煙が薄っすらと立ち昇る中、彼女は瓶ビールを一気にあおった。そしてそのまま半分程飲み干すと、近場の椅子へと倒れ込むように座りこんだ。

 飲みかけのそれをサイドテーブルに置こうとした瞬間、彼女の手が小ぢんまりとした写真立てに触れた。

 ただ触れてしまっただけなのに、彼女は手を引っ込めたのである。

「メイシェラ……なぜ止めなかったんだ、お前は」

 その写真立ての中には、3人の男女を撮影したカラー写真が収められていた。

 一人は柔らかな白銀髮が目を惹く色白美女。その隣には癖っ毛の眼鏡をかけた青年が立ち、先の女性と手を繋いで写っていた。そんな二人の後ろに立ち、人好きのする柔らかな笑みを浮かべるのは、くすんだ赤髪の女──トート・リデプスその人である。


 そんな仲睦まじい写真を一瞥した彼女は、強く鋭い舌打ちをすると再度ビールを呷る。そして空になった瓶を床に転がすと、そのまま眠りに落ちたのであった。


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