Episode.Fünf.抵抗 ver.1.1


「……なぁ、一つ聞かせてくれないかな」

 ルーザーは片膝を付くと、軽い口調で話しかけた。

 しかし彼女に対話の意志はないのか、無言のまま二人へと銃口を向けている。

「私達はこの後どうなるんだい?」

「……答える義理はない。さっさと腹這いになれ、ルーザー・アンブロシア」

「そう言わずに頼むよ、兄弟」

「黙れ。禁忌を犯した愚者に兄弟と言われる筋合いはない」

「つれないことを言わないで欲しいんだけどね」

 今の彼は、シオの目から見ても異常だった。普段とは異なる軽い口調で、わざと煽るような物言いをしている。

 それは相手を苛立たせ、隙を誘発させるためなのかも知れないが──相手は、いつでも撃てる状態の銃を向けているのだ。一言間違えれば、手足のいずれかを負傷する可能性すらある。素人目にもリスクの高い行動だった。

「……全く酷いことしてくれるじゃありませんか。発煙筒を投げて寄越すなんてあんまりですよ」

「中々出てこないと思ったらそういう事でしたか。手早く処理しないからそうなるんです」

「手厳しいことを言う後輩だこと」

 何故、そんな行動を取っているのか。シオが疑問を抱いた瞬間、二人の背後から呆れたような声が聞こえた。その声を聞いたルーザーは、一瞬だけ顔を顰め俯いてしまう。

 合流した男の手に握られた拳銃は、シオの心臓付近へと向けられていた。

「さてルーザー・アンブロシア、君の質問には僕が答えようか。

 まず君の処遇だけれど、人造人間技師フランケン・テクニカの資格を永久に剥奪される。そしてその身柄は安魂教会アニミス・エレクシア預かりとなるよ。巷では奴隷扱いされる、なんて心外な噂話を耳にしますが安心してください。如何なる罪人であっても最低限度の人権は保証していますから」

「……それはまたご丁寧にどうも」

 男の言葉に若干の違和感を覚えつつも、シオは安心したような表情を見せた。しかし、ルーザーの顔は若干引き攣っており、不安が拭いきれていないようである。

「礼には及びませんとも。

 それでコレの扱いについてですが……まぁ確実に凍結破砕処理されるでしょうね。なにせ人造人間Frankenstein•Monsterに関わる誰もが、守るべきを原則を無視した存在なのですから」


 ──そんな、嘲笑あざわらうかのような男の言葉を耳にしたマスターは酷い表情をしていました。怒っているような、嘆いているような、悲しんでいるような……とにかく沢山の感情が混ざった混沌とした表情。私が視てきたどんな作品にも、あんな顔はみられなかった。

 そしてその目には、強い覚悟のようなものが見えたのです。理由はわからないけど、あの目は良くないものだと思いました。

 もし例えるのなら、玉砕を覚悟した兵士でしょうか。あれは命を擲ってでも、現状をどうにかしようという覚悟を含んでいます。だからマスターが何をしでかすのか、私にはわかりません。

 ……けれどこういう時は決まって、ハッピーエンドにはならなかった。それだけは、しっかりと覚えているのです。

「一つ、教えて。凍結破砕処理って、なに?」

帰還者レウェルティを完全に破壊し尽くす行為です。人造人間Frankenstein•Monster向けの死刑だと言えばわかりますか、VFM-804110001」

「そう。ありがとう」

 彼女が時間稼ぎの質問に答えてくれたのは、少し意外でした。マスターからの問いには答えなかったのに、何故でしょう?

 もしかすると、あの男と合流した事による余裕からくるものでしょうか。そうだというのなら、もう少しばかり話しをしてくれるかも知れません。


「──……VFM-804110001、貴方は怖くないのですか」

 ……この質問は予想外でした。

 まさか彼女の方から話を振ってくるなんて。それに良く見てみれば、二人組は少し驚いているような感じがします。

「怖くないとは、どういうことですか?」

「君は死刑宣告を受けたんですよ。なのにどうして平然としているの?」

 たしかに、死を恐れるのは普通でしょう。

 私はマスターからそう教わったし、色々な書物にも同じようなことが書かれていたのを覚えています。

 事実、老いて死ぬことが怖いと言って、中つ国の皇帝は不老不死の仙薬を求めていました。そうして水銀を口にした結果、水銀中毒により絶命しましたが……他にも似たような試みはなされています。様々な文明が、遥か昔から多くの人間が死を遠ざけようとしていました。

 ……それは今もなお続いているそうです。死して屍者レディーレとなり、帰還者レウェルティとして甦るようになった。こんな現代でも人は、未だ死を恐れ続けているというのです。


 ──けれど、私にはそれが


「……貴女は、怖いの?」

「はい。死は恐ろしいと感じています」

「そう。ならどうして恐ろしいのか、教えて」

「それ、は──」

 彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した矢先、その顔に戸惑いが見えました。このまま話を続けていけば、一瞬だけでも隙が生まれるかも知れません。

「──君は話が上手いねぇ。見た目も美しいし、そんな製造産まれじゃなければこうなる事もなかっただろう」

 そう、本気で思ったのです。けれどそれは叶いませんでした。話を遮る為に、男が私達の間に立ってしまった。

「なんの話……?」

「君は他の帰還者レウェルティみたいに瞳は黄色く濁っていないし、肌艶もいいときた」

 男は目前でしゃがむと、私の顎に片手を当て軽く上を向かせてきました。そして品定めをするように、じっくりと私の顔を覗き込んできたのです。

 ……正直言って、彼の視線は不快でした。

 この人は私をとして認識している。人ではない、ただの道具でしか無いと本気で思っているのでしょう。

 それが悔しくて、苦しいのです。どうしてそう感じたのかは、わかりません。もしかするとあの日、劇場で耳にした悪意が蘇ったような錯覚を覚えたから?

 けれど、そうだとは言い切れないのです。私は人の心、とりわけ感情を上手く説明できません。だからそういうモノに直面した時、熟考してしまうのです。疑問を疑問のままにするのは良くない。そう教えられたから。だからこんな状況であっても、私はそんな事を考えてしまったのです。

 ……それが命取りになると、私は考えもしなかった。


「──だから残念でならないよ。君を壊さなきゃいけないなんて」

「が、ふ……っ」

 私の顎からそっと手を離し、耳元でそう囁いた。

 男の言葉の意味を──男が何をしようとしていたのか。それに考えを巡らせるよりも早く、強烈な衝撃が胸を抉る。

 それは今まで感じたことのない痛みと衝撃を以て私を襲ったけれど、気絶する程のものではなかった。

「シオッ!?」

「な……ぐっ?! 離せよ、この──っ!」

 ──だから握り返してやったのです。

 箱型銃ボックス•ピストルを掴むその手ごと、全力で握り締めてやった。男が驚きと苦痛の混じった声を上げるけど、そんなことは関係ない。ここで離してしまったら、また撃たれてしまう。そんなのは御免だ。

「先に撃ったのは、貴方だもの──!」

「なんで、動けるんだお前……!」

 軋むような感覚が強まる程、男の顔からは余裕がなくなっていく。直後、硬質な物と水気を含んだ何かが潰れるような感触があった。

「──うぐっ!」

 男の骨を砕いたのだと理解した瞬間、腹部に重い衝撃が走る。それは苦し紛れの蹴りだったが、丁度良いところを突かれてしまった。その瞬間、肺の空気とともに手の力が抜け、逃げられてしまう。

 蹴り倒され、尻餅を着いた直後、こちらを狙う銃口が見えた。恐らく、回避は間に合わない。

「──……先、輩」

「一歩でも動いてみろ、アンディオール」

 撃鉄が起こされる音と同時に、蚊の鳴くような女の声がしました。そちらへ視線を向けると、マスターが女性を人質に取っていたのです。彼女の左腕はあらぬ方向に曲がっていて、右足も逆に曲がっていました。この短時間で、何が起きていたのでしょう? 

「ルーザー、あんた自分が何をしているのか、わかってるんだな?」

 それを見た男は、強い苛立ちを隠そうともせず語気を強めます。けれどマスターはそれに怯む様子もなく、手にした拳銃を彼女のコメカミに当てていました。

「勿論わかってるさ」

「……これは重罪だぞ、ルーザー」

「それがなんだ? アンディオール……銃を捨てて、腹ばいになれ」

 そう告げるマスターは、今まで見たことのないような表情でした。男から視線を外さず、手にした拳銃の撃鉄へ指をかけています。


「──言う通りにろ。この女を死なせたくないならな」

「わかったよ、わかった。言う通りにするから、ソレはやめてくれ……!」

 彼は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てると、手にしていた拳銃を遠くへ放り投げました。それを確認した直後、マスターは警告もなしに彼の左膝を撃ち抜いたのです。

 押し殺そうとしてもなお、漏れる苦痛の声は悍ましく、痛ましいものでした。そうして這いつくばりながら向けられた、あの視線を私は生涯忘れないでしょう。

「シオ、傷の具合は?」

心臓部バイタルパートは無事だよマスター。けど左胸ひだりちちに穴あいた」

 駆け寄って来たマスターは、手早く私の状態を確認します。それは骨や筋肉といった、駆動系に関わる場所がメインでした。

 唯一損傷した場所も、生体パテで軽く埋め合わせる程度の補修しかしません。恐らく、人工血液さえ漏れなければいいのでしょう。

「走れるかい?」

「走るには、問題ない」

「──なら走るよ、シオ」

 マスターは私の手を取り、全速力で走り始めます。その時にふと、後方を振り返ると二人がこちらを睨んでいました。

 ……マスターと私がしたあれは、正当防衛の範疇にあるのでしょうか?


「このままなら逃げ切れるな──」

「──不可能だ」

 安堵の色を含んだマスターの言葉に、被せる形で聞こえた声がありました。

 その直後、とても大きな人影が私達を飛び越しました。正体不明のそれは、私達の行く先を遮るように降り立ったのです。

 驚きつつも見上げた先に居たのは巨躯の人造人間Frankenstein•Monster──警備帰還者ガード・レウェルティでした。それも安魂教会アニミス・エレクシアの制服を着用し、十指に鉄輪を嵌めています。

「ルーザー・アンブロシア及びVFM-804110001。両名は直ちに逃走行為を停止すべし。警告に従わない場合は武力行使による制圧を行う」

 私達の前に立ち塞がった警備帰還者ガード・レウェルティは、独特の構えを見せ警告してきました。あれを相手の正面突破は自殺行為に他なりませんし、道幅の狭いこの山道ではアレの横をすり抜ける事も出来ないでしょう。無理をすれば転落して谷底へ落ち、即死するのは目に見えていました。

 傍らのマスターは、焦りに満ちた表情のまま警備帰還者ガード・レウェルティを睨んでいます。


「これ以上の逃走は無意味である。大人しく投降されたし」

「どうしよう、マスター」

「どうにかするしかないんだ、シオ。

 私はこんなところで君を失うわけにいかないんだ……!」

 マスターは素早く拳銃を構えると、ほぼ同時に三度引き金を絞りました。狙いは警備帰還者ガード・レウェルティの両目と額の上にある第三の瞳──通称ホルスの瞳と呼ばれる特殊器官の破壊なのでしょう。

 あれさえ破壊してしまえば、警備帰還者ガード・レウェルティは索敵能力の殆どを喪失すると言われています。


 ──しかし、第三の瞳を破壊することは叶いませんでした。

 警備帰還者ガード・レウェルティの反応は想定よりも早く、そのぶ厚い掌によって完璧に弾かれたのです。

「敵対行為を確認。武力行使による制圧を実行」

「えっ……──?」

 守りを解き、構えたと思った次の瞬間。

 ……目前に迫る拳がありました。それは私の頭ほどある拳で、とてもじゃないけど耐えられるものではありません。

「シオ!」

 マスターの声が聞こえた直後、全身に強い衝撃を受けました。

 きっと蹴り飛ばされた小石のように、私は宙を舞ったんだと思います。視界の端で叫ぶマスターの手が見えて──私は手を伸ばしたけれど無駄でした。

 ほんの少しの間、浮遊感を味わった後に、枝のようなものが腹を打ち、なにかが頭に当たって──……………………………

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