Episode.Siebzehn, Flatliner's ver.1.1
「──ところでシオ、お前さんは
衣類の山を漁る事数分。ようやく着替え終えた彼女が唐突に質問を投げかけてきました。その声は先程よりもやや低く、若干の真剣味を帯びています。
「人間を含めた動物の死体を、繋ぎ合わせて作る生体ユニットの総称。
「ふむ、他には?」
「
「──まぁ概ね正解って感じだな。だが前頭葉を切除されてしまうってのは
彼女は小型のワインセラーから一本取り出すと、慣れた手つきで栓を開け手近な一人掛けソファへ腰をおろしました。
「アレは運動・言語・感情という三要素──有り体に言うのなら
そうつまらなそうに言い切ると「よく『心や感情は胸に宿る』という主張を聞くが、あれは医学的知見からすると間違いなんだよ」と付け足し、開けたばかりのワインを直に煽ります。本来ならばグラスに注ぎ、その芳醇な香りを愉しむモノだと教わってきましたが……彼女の飲み方はそれを真っ向から否定するようなモノでした。それを粗雑ととるか、男らしい飲み方と捉えるかは人によるのでしょう。
「だが残念な事に不気味の谷を越えて、生者の傍に立てるのは
開けたばかりのボトルを半分ほど飲み干し、口元を手の甲で拭った彼女は悲しそうな顔をしていました。それでいて濡れた声は低く、静かな怒りのようなモノを孕んでいます。
「
「視線や、表情……そういった非言語の、コミュニケーション情報が、不足しているからじゃ、ないの?」
「よくわかってるじゃないか。なら何故、
前頭葉が残されているから──だけど、それでは違和感が残ります。もし彼女の言う通り、
彼女は手元のボトルに視線を向けたまま「──なぜ、
「──
感傷たっぷりの声でそう言うと、彼女は再びワインを煽り今度こそ中身を飲み切りました。雑に拭った手の甲には、薄っすらと赤紫色の痕が残っています。
「貴女の言う、
「
乾いた明るさを孕んだ声で言い切る彼女の顔は、笑顔と呼ぶには少しばかり悲しいものでした。無理して笑う人の
乾いた悲しみの残穢を匂わせる笑みで、暫しの談笑を挟み彼女は新たなワインへと手を伸ばします。その飲み方は先程よりも粗野で、何時か観た映画の海賊を彷彿とさせる豪快なものでした。喉越しを楽しむかのように喉を鳴らし、ボトルの半分を一気に飲み干して口元を拭う。
……その姿は、世間一般の淑女からは遠くかけ離れた、非常に漢らしい飲み方でした。
「なぁシオ。お前さんは
その問いは突然な上に、とても答えにくいものでした。広義で捉えるのなら私も
それもたった1年と、少しの期間だけの事。あまりにも短く、狭い経験の中で判ったのは
「──……何も思う所は無い、っていうことか?」
返答に詰まっていると、彼女は少しばかり冷めた視線を送ってきました。
「ううん。思う所はある……けどこれは、変な違和感。だからきっと理解出来ない……と、思う」
「んなこと言わずに話してみなよ。理解出来るか出来ないかは私が決めるからさ」
「…………私達は、道具として求められてる。ただ、それだけの存在。なのに
「あー、つまりはなんだ? 本当の私ってやつを見て欲しいのか?」
短く「そう」といって頷くと、彼女は難しい顔で固まってしまったのです。そこから暫くの間、彼女から散発的な質問を受けました。人造人間にまつわる法律の事から思考実験のような類のものまで、幅広い問いを投げ掛けられたのです。
「──聞けば聞くほど人間らしいな、お前は」
「人間らしい?」
こうして幾らかの質問に答えた後、彼女は背もたれに体を預け天井を見上げていました。そしてその姿勢のまま話を続けたのです。
「お前は質問に対して
「人間らしい……? 質問に対する
「一先ずはゆらぎ=考える時間だと思ってくれれば良い。
話を戻すが、周知の通り
……その意味は、なんとなく理解出来てしまうのです。
生者は私達を創るにあたって脳機能の殆どを解明していると聞きました。どの組織がどんな機能を有しており、どこまでの損壊なら補填出来るのか。機能の低下を引き起こす要因がどんな物質なのか──脳が引き起こすであろう、ありとあらゆるモノを解明し尽くしたと言うのです。故に脳の神秘性は失われ、数ある臓器の一つでしかなくなったと。
だからこそ私達のような存在が産まれ落ちた。自然界の摂理に反しながらも、その存在を許されるようになったと聞きました。しかしそれは、
故にこそ──望んでいた在り方と違うものは、怪物として恐れ罵り虐げ排斥されてしまう。
「シオ。お前のような
「求められた、在り方……」
「ああ。お前を造った奴──私の兄貴はお前に求めていたモノがある」
そう言い切ると、彼女は残ったワインを一息に煽りました。後は同じように口元を拭い、空になったボトルを見つめながら話を続けます。
「確証はないが──お前は
「別の所?」
私の問いに対する答えは、とてもシンプルなジェスチャーでした。軽く曲げた人差し指で、こめかみのあたりをトン、トン、トン、と軽く3回。アレは相手を挑発する仕草の一つでもありますが、今回のコレはそういった意図が込められているとは思えないのです。
「もしかして……私の、脳?」
「概ね正解。より厳密に言うのなら──お前の
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