Episode.Siebzehn, Flatliner's ver.1.1

「──ところでシオ、お前さんは人造人間Frankenstein・Monsterの事をどこまで知っている?」

 衣類の山を漁る事数分。ようやく着替え終えた彼女が唐突に質問を投げかけてきました。その声は先程よりもやや低く、若干の真剣味を帯びています。

「人間を含めた動物の死体を、繋ぎ合わせて作る生体ユニットの総称。帰還者レウェルティも、人造人間Frankenstein・Monsterの一種とされてる」

「ふむ、他には?」

人造人間Frankenstein・Monsterは記憶、感情──それらの元となる、前頭葉を切除してる。それで残された脳に、命令書となる電磁波を書き込んだ道具。用途に合わせて、他の動物の肉体ぶひんを使うことも多い……けど、帰還者レウェルティの前頭葉は、そのまま使用されることが一般的」

「──まぁ概ね正解って感じだな。だが前頭葉を切除されてしまうってのはだ。脳洗浄による記憶や人格の消去は行うが」

 彼女は小型のワインセラーから一本取り出すと、慣れた手つきで栓を開け手近な一人掛けソファへ腰をおろしました。

「アレは運動・言語・感情という三要素──有り体に言うのならを司ってる唯一無二の器官だからさ。アレがなければ命令書の効きも悪いし、不気味の谷は超えられない」

 そうつまらなそうに言い切ると「よく『心や感情は胸に宿る』という主張を聞くが、あれは医学的知見からすると間違いなんだよ」と付け足し、開けたばかりのワインを直に煽ります。本来ならばグラスに注ぎ、その芳醇な香りを愉しむモノだと教わってきましたが……彼女の飲み方はそれを真っ向から否定するようなモノでした。それを粗雑ととるか、男らしい飲み方と捉えるかは人によるのでしょう。


「だが残念な事に不気味の谷を越えて、生者の傍に立てるのは帰還者レウェルティだけだ」

 開けたばかりのボトルを半分ほど飲み干し、口元を手の甲で拭った彼女は悲しそうな顔をしていました。それでいて濡れた声は低く、静かな怒りのようなモノを孕んでいます。

人造人間Frankenstein•Monsterの殆どは人間らしい動きを見せ、それらしい反応を返しちゃくれるがと思わせてしまうナニかがある。勿論帰還者レウェルティにも似たような雰囲気はあるが、人造人間アレらほどの違和感は感じないのが一般的だ。何故その様な現象が起こるのか、お前はわかるか?」

「視線や、表情……そういった非言語の、コミュニケーション情報が、不足しているからじゃ、ないの?」

「よくわかってるじゃないか。なら何故、帰還者レウェルティにはそういった情報が多く含まれているんだ?」

 前頭葉が残されているから──だけど、それでは違和感が残ります。もし彼女の言う通り、帰還者レウェルティを含めた人造人間Frankenstein•Monsterの前頭葉が切除されていないのだとしたら、帰還者わたしたち人造人間かれらの差は無い事になります。他に異なるところがあるとしたら、記憶や人格の有無だけ。もしそれが深く関係しているというのなら、人造人間かれらは本当にただの道具として使われるために産まれたということになってしまう。ならどうして、帰還者レウェルティには記憶や人格が遺されているのでしょうか?


 彼女は手元のボトルに視線を向けたまま「──なぜ、帰還者レウェルティだけが此岸きがんを歩けるのかわかるか」と悲しげな声を漏らしました。

「──帰還者レウェルティは誰かの為の良き隣人であり、それ以上の事は望まれていない。だからこそ人間らしく在ることを許されている」

 感傷たっぷりの声でそう言うと、彼女は再びワインを煽り今度こそ中身を飲み切りました。雑に拭った手の甲には、薄っすらと赤紫色の痕が残っています。

「貴女の言う、とは……何を、指すの?」

隣人はそのまんま、言葉通りの意味だ」

 乾いた明るさを孕んだ声で言い切る彼女の顔は、笑顔と呼ぶには少しばかり悲しいものでした。無理して笑う人のとは異なり、あの独特な湿り気が無いのです。私にとってソレは、些か不可思議で怖いものに思えました。

 乾いた悲しみの残穢を匂わせる笑みで、暫しの談笑を挟み彼女は新たなワインへと手を伸ばします。その飲み方は先程よりも粗野で、何時か観た映画の海賊を彷彿とさせる豪快なものでした。喉越しを楽しむかのように喉を鳴らし、ボトルの半分を一気に飲み干して口元を拭う。

 ……その姿は、世間一般の淑女からは遠くかけ離れた、非常に漢らしい飲み方でした。

 

「なぁシオ。お前さんは人造人間Frankenstein・Monsterの事をどう思ってる?」

 その問いは突然な上に、とても答えにくいものでした。広義で捉えるのなら私も人造人間Frankenstein・Monsterの一体であり、ルーザー・アンブロシアの所有物でしかありません。加えて私は同族との関わりも薄いのです。街へ出たとしても、簡単なお使いがメインで誰かと会話をするような事もありませんでした。

 それもたった1年と、少しの期間だけの事。あまりにも短く、狭い経験の中で判ったのは人造人間Frankenstein・Monsterは人間とは異なる存在であるという事だけです。生前と変わらぬ容姿で、如何に人らしく振る舞おうとも、生者は私達を人造人間Frankenstein・Monsterという道具として見ている。感覚的には……そう、SF作品において描かれていた人造人間アンドロイドと同じ。あの隔たりは在って然るべきものだと理解しているけれど、ふとした時にソレを強く感じてしまう。強く感じたからと言われてしまうと、私は何も言えないけれど──……この隔たりは好ましいものではないのです。

「──……何も思う所は無い、っていうことか?」

 返答に詰まっていると、彼女は少しばかり冷めた視線を送ってきました。

「ううん。思う所はある……けどこれは、変な違和感。だからきっと理解出来ない……と、思う」

「んなこと言わずに話してみなよ。理解出来るか出来ないかは私が決めるからさ」

「…………私達は、道具として求められてる。ただ、それだけの存在。なのに生者ニンゲン達は私達に人らしさを与えたり、与えなかったりする。前者は帰還者レウェルティとして迎えられていて、後者はただの労働力でしかない。帰還者レウェルティだって、誰かの善き隣人として求められたから、魂ごと呼び戻されてる人形──……だから、その、生者は私達を見ているようで、本当の私達を見ていない気がするの。なんだかそれが、とても悲しい……と、感じてしまう」

「あー、つまりはなんだ? 本当の私ってやつを見て欲しいのか?」

 短く「そう」といって頷くと、彼女は難しい顔で固まってしまったのです。そこから暫くの間、彼女から散発的な質問を受けました。人造人間にまつわる法律の事から思考実験のような類のものまで、幅広い問いを投げ掛けられたのです。



「──聞けば聞くほど人間らしいな、お前は」

「人間らしい?」

 こうして幾らかの質問に答えた後、彼女は背もたれに体を預け天井を見上げていました。そしてその姿勢のまま話を続けたのです。

「お前は質問に対してがある。それが酷く人間らしいと思えるんだよ」

「人間らしい……? 質問に対するって、なんのこと?」

「一先ずはゆらぎ=考える時間だと思ってくれれば良い。

 話を戻すが、周知の通り人造人間Frankenstein•Monsterは迷う事がないんだ。あまり気分の良い話ではないが、道具である人造人間Frankenstein•Monsterに複雑な思考回路は必要とされていないのが理由でな。そしてこれは帰還者レウェルティにも。これがどういう意味かわかるか?」

 ……その意味は、なんとなく理解出来てしまうのです。

 生者は私達を創るにあたって脳機能の殆どを解明していると聞きました。どの組織がどんな機能を有しており、どこまでの損壊なら補填出来るのか。機能の低下を引き起こす要因がどんな物質なのか──脳が引き起こすであろう、ありとあらゆるモノを解明し尽くしたと言うのです。故に脳の神秘性は失われ、数ある臓器の一つでしかなくなったと。

 だからこそ私達のような存在が産まれ落ちた。自然界の摂理に反しながらも、その存在を許されるようになったと聞きました。しかしそれは、から許されているようなもの。

 故にこそ──望んでいた在り方と違うものは、怪物として恐れ罵り虐げ排斥されてしまう。

「シオ。お前のような帰還者レウェルティなんだ。お前達が帰還者レウェルティである以上、求められた姿が、在り方があるんだよ」

「求められた、在り方……」

「ああ。お前を造った奴──私の兄貴はお前に求めていたモノがある」

 そう言い切ると、彼女は残ったワインを一息に煽りました。後は同じように口元を拭い、空になったボトルを見つめながら話を続けます。


「確証はないが──お前は人造人間Frankenstein•Monsterとしても、帰還者レウェルティとしても異質なんだ。折れた肋骨が肺をぶち抜こうが動く身体も勿論そうなんだが、それはあくまでも身体構造上の特異性でしかない。こんなモノは時間と材料さえ用意できれば私にだって作れる、再現性のある異質なんだ。けれどお前の異質さはもっと別の所にある」

「別の所?」

 私の問いに対する答えは、とてもシンプルなジェスチャーでした。軽く曲げた人差し指で、こめかみのあたりをトン、トン、トン、と軽く3回。アレは相手を挑発する仕草の一つでもありますが、今回のコレはそういった意図が込められているとは思えないのです。

「もしかして……私の、脳?」

「概ね正解。より厳密に言うのなら──お前のが異質さの正体だ」

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