Episode.Zweiundzwanzig.情報屋▶ ?ver.1.1


 あれから数日後、私に任された仕事は受付嬢でした。

 トート曰く私は人と接する事から始める必要があるらしく、当分は人との──特に他人とのコミュニケーションに注力しなければなりません。またこれに併せて旧世代の書籍(※安魂教会アニミス・エレクシア発足以前の時代に発刊されたものを指す。内容により禁書指定されているものも多い)を読むようにと言われてしまいました。

 これらの書籍は彼女が厳選したそうです。人間らしい感情、ヒトと言う存在への向き合い方を掴む為の手ががりになると、彼女は自信満々でした。

 既に何冊かは読み終えているのですが、その内容は理解し難いものばかりです。特に違和感を覚えるのは死者への向き合い方でしょうか? 葬儀を行い、その遺体を焼いてしまう──火葬という方法には特に強い違和感を感じるのです。死因に拘らず、亡くなったモノを焼きその骨を壺に収めて安置する──そしてその際、欠損した部位があれば補修しているのも不可解なのです。焼いて骨だけにしてしまうのに、なぜそのような事をするのでしょう?

 旧世代の考え方に触れる度、今までの当たり前に違和感が生じてしまう。

 ……いいえ、違和感というよりも矛盾を感じると言ったほうが正しいのかもしれません。私達は死後、生者の為にその身を使いきる事を定められています。


 ──生者がより生者らしく過ごすことの出来るように。

 未練なく死後に奉仕できるよう、汎ゆるモノを捧げる──


「なら……私達は、奴隷……? ううん、違う。けど、なんだろう」


 考えは纏まらず、上手く言葉になりません。

 私達がなんなのかは、なんとなく理解できているのです。己を、私を殺し、誰かにとっての良き隣人として人間に奉仕する元人間。

 目的ありきで産まれ落ちる者──……それも間違いないけれど、どこか違う気がするのです。私達は一度生まれ落ちて、終わった命。生者の都合で呼び戻され他に過ぎない影法師。目的の為に造られる者と、目的の為に呼び起こされる者。この境目は一体何処にあるのでしょうか?


「──……余計な事を、考える……それ、は……暇だか、ら?」

 こんな事を考え、悩むのはあんな本を読んだからなのでしょうか。それとも本当に暇だから、あんな事を考えてしまうのでしょうか。

 何にせよ、今までこんな事を真剣に考える事をはありませんでした。触れた作品から何かしらの影響を受けた事はあれど、それらには明確な答えがありました。ですが旧世代の書籍には、それがありません。勿論全く無い、というわけではありませんが──こちらへ問いかける様な作品ばかりが此処にあるのです。

 その結果──遺体との向き合い方、死後の扱い、故人への愛憎と哀悼など……考えるべき問題は増えてしまいました。


「っ…………いらっしゃい、ませ」

 無意識に集中し過ぎていたのでしょうか? 来客に気付くことが出来ませんでした。カウンター越しに立つ男はインバネスコートを羽織り、鹿撃ち帽ディアストーカーを目深に被っている為、その表情は伺い知れません。

「──……見ない顔だが、新入りか?」

「はい。先程は気付けず、すみません……して、お客様。お名前と、ご要件を、お願いします」

「私はアルメリアだ。トートへ取り次いでくれるかな」

「わかり、ました。少し、お待ちください」


 受付を離れ、彼女の自室を尋ねましたが返事はありません。少し強めに三度扉をノックすると、ややあってから返事がありました。

「トート。アルメリア、っていう人が、訪ねてきた」

「………………すぐ向かうから待ってろって伝えとけ」

 寝起き故に機嫌が悪いのかと思いましたが、どうも違うような感じがします。何か因縁でもあるのでしょうか?

 受付へ戻り、アルメリアへ暫く待つようにと伝えてから数分後。トートはいつもより少しばかりマシな服装で現れました。

「久しぶりだなアルメリア」

「二年ぶりか? 相変わらずのようで安心したよ」

「もう二年もたってたか。表はどうだった?」

 ラフな挨拶もそこそこに、二人は近くのソファへと腰を下ろしました。旧知の仲らしい二人はいくらかの世間話をした後、アルメリアと名乗った男は私へと視線を移します。


「なぁトート、お前はもう造らないと聞いていたが」

「んなこと言ったか?」

「アレを最後に辞めると言っていただろう?」

「覚えてねぇや」

「……そうか。ところで隻眼の君、名前はなんというのかな?」

「Chiot、です」

仔犬シオか。可愛らしい名前だね」

「ありがとう、ございます」

「礼儀正しいお嬢さんだ。トートも少し見習ったほうが良いんじゃないか?」

「余計な世話だっての。それにお前なぁ、私が今からあんな風になったらとんだお笑い草になっちまうだろ」

 アルメリアの言う通り、トートが礼儀正しくした姿は滑稽かも知れません。普段の言動を知る者であれば、より強くそう感じるに違いありません。

 しかし、彼女を見ていると思うところはあります。彼女の顔立ちは整っているし、スタイルも悪くありません。また彼女はアレだけのメイク技術を持っていました。もしソレを彼女自身のために使ったとしたら、きっとかなりの美人になると思うのです。

「……言っとくけどアタシはメイクとかしねーからな」

 振り向いたかと思えば、酷く嫌そうな顔でそんな事を言われてしまいました。なぜそんな事を言うのかと聞けば、したところで見せる相手が居ないと言うのです。見てみたいと伝えると、何故かアルメリアも賛同してきました。

「──あーもう、うざってぇな! そんなに見たきゃ金を払えよ」

「おいおい、それはいくらなんでも横暴じゃないか?」

「したくもねぇメイクをやるんだ。それくらいしたって良いだろ、なぁ?」

「……なら、いい。嫌なこと、は……してほしく、ない」

 そう呟いた途端、二人が止まりました。アルメリアはどうして? とでも言いたげな表情で、トートはただただ驚いた表情で私を見ているのです。

「……私、なにか、変なこと……言った?」

「変ではないけれど、うん」

「トート? ねぇ、どうしたの……?」

 呼びかけからややあって、彼女はハッとしたような表情を浮かべ「お前の口からそんな言葉出るとは思わなかった」と口にしたのです。そして続け様に「お前もそう思うだろ?」と彼に同意を求めました。ソレに対する答えは不明瞭なもので、同意しているのかしていないのかはっきりしないものでした。

 ──異国に倣って言うのなら、玉虫色の答えと言うやつです。


「人間としては至って普通の答えだが、帰還者レウェルティが口にするような答えじゃない」

 玉虫色の答えを返してからややあって、彼は意見を口にします。これについては彼女も同意見だったらしく、短い言葉でその旨を表明しました。

「……なら、教えてください。普通の帰還者レウェルティであれば、例えば……どんな言葉を、口にするのでしょう、か?」

「大多数の帰還者レウェルティは否定も肯定もしない。自分の意見を混ぜて発言することはないんだよ」

 私の疑問に答えたアルメリアに続き、トートも答えてくれました。

「より細かく言えば──人造人間Frankenstein•Monsterが意見を口にすることはない。帰還者レウェルティであれば生前の個人を感じさせる為に、一部許されているが……それでも玉虫色の答えにはなる。どうしたってお前のように、私が嫌だと思うことはなんて口にしないんだよ」

 腑に落ちるような、そうでないような。二人の回答は確かに私の欲しいものだったのでしょう。ですが胸のモヤモヤは晴れていないので、残念ながら大正解プリンセス•ビンゴではないようです。

「…………あんまり難しく考えなくて良いぞ、シオ。お前はお前なんだから、普通の帰還者レウェルティなんかと同じにならなくて良いんだ」

 そんな胸の内が表情に出ていたのでしょうか。絶妙な沈黙の後に、彼女がそんな言葉を口にしたのです。以前、似たような言葉を本の中で知りましたが──実際に言葉としてかけられてみると、なんとも言えない気持ちが湧き上がるのを感じます。

 

 ──胸の奥からじんわりと、染み込むように広がっていくこの気持ちは……一体なんという感情なのでしょうか? 

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