Episode.Einundzwanzig.歪さの中でver.1.1
リハビリと勉強を始めて数日。
自力での二足歩行は未だ難しくありますが、杖を使っての歩行や手すりなどを利用した掴まり歩行は安定しています。
勉強についてはそれなりといった具合で、近日中に生の肢体を使ったレクチャーをしてくれるとのことでした。また最近気が付いたのですが、このまま肢体修復の技能を身につければ自己修復の幅も広がります。
そうすれば今まで以上に行動範囲を広げられるかも知れません。そう考えると、より早く正確に記憶する必要を強く感じるのです。
「調子はどうだいシオちゃん」
「ぼちぼち、だよ」
いつの間にか来ていたトートが私のノートを手に取り、適当に頁をめくり始めました。その途中、幾つかの質問を受けましたがどれも簡単に答える事が出来たのです。答える度に逐一彼女は褒めてくれるのですが、なぜでしょう? ……マスターはそんな事してくれませんでした。褒めるよりも、注意や指摘のほうが多かった記憶があります。加えて何をするにも慎重で、過保護過ぎるような気さえしました。
「──なんだ、結構良いところまできてるじゃん。後で解体技能者試験問題でも解いてみるか?」
「なに、それ?」
解体技能者試験、というのは屍体を解体する為の資格を得る為に必要な試験だというのです。そしてここのみで通用するものでは無いとの事で、
「それは、私のような……
「大丈夫大丈夫。過去に何十体と認められてるからさ! ……ただまぁ正式に認定される為には、教会が指定する会場で受験しなきゃいけないけどな」
面倒臭そうに言い切ると、少し待ってろという言葉を残して何処かへ行ってしまいました。そして数分も経たず戻ってきた彼女の手には何冊かの過去問集がありました。
「という事でいっちょやってみてくれ」
「……わかった」
試験時間は90分間であり、設問数は四択式のものが150個。
また選んだ場合に即時失格となる禁忌肢がいつくか存在しているらしく、毎年多くの者が失格になっていると言うのです。
ソレだけは選ばないように留意しつつ回答し、時間いっぱいの見直しをした答案用紙をトートへ提出しました。添削を終えた彼女は一つ溜め息をつくと、なんとも言えない表情をしています。
「いやー……参ったな」
「もしかして、酷い結果?」
「おう。ただ点数自体は悪くねぇんだよ」
採点結果は136点とかなり高いものだった。合格ラインの7割超えを果たしているのに、どうして彼女は浮かない顔をしているのでしょうか? その旨を質問すると「自覚なしか」なんて言葉を漏らし天井を仰ぎ見てしまいました。
「そのー、なんだ……お前、見事に禁忌肢ばっかし選んでたんだよ」
「………………え?」
一瞬、頭が真っ白になりました。あれだけ気をつけていたのに、どうして?
困惑する私を他所に、彼女がなぜ禁忌肢なのかを教えてくれましたが──……その説明が、理由がどうにもピンとこないのです。
「──なぁシオ、アタシらが解体するものはなんだ?」
そんな事を考えていると、至極真面目な声で問われました。
「えっ、と……死体じゃ、ないの……?」
「そうだ、死体だよ。けどそれには過去がある、誰かの遺体でもある」
「でも、死体は死体……既に終わった、命の残骸。次の
生前がなんであれ、死体は死体です。産まれ落ちて、人生を生ききった何者かの成れの果て。生命活動を終えた物質であり、それらは貴重な資源として扱われてきました。
──……だから私は、その考えに従って答えを選んだのです。
脳をはじめとした内臓類のように、腐敗の早い物を迅速に取り出すことは大切である。テキストにもそう書いてあったのです。より良い
あの本には、そう綴られていたのです。創造主たる人類はそう定めたのです。
「…………まぁお前の言い分もわかる。けどソレだけじゃあヤッてけねぇんだわ」
私の答えに対し彼女は寸秒考えた後、難しい顔でそういったのです。その表情は「理解は出来るけど、肯定できない」とでも言いたげなものでした。
これに対して何故? と問えば「人間はそういうモンなの」と返してきます。そういうものならそうと書けばいいのに、なぜそうしなかったのでしょうか。
「そのー、なんだ? 死体はたしかに死体なんだが、それはただの物体じゃないんだ。此処じゃそうとは言い切れないが……」
私の疑問を見抜いたのか、彼女は話を再開しましたが後半は弱々しい口調になっていました。発言内容から察するに、此処では死体がただの物体になる──……何故、彼女は弱々しい口調になったのでしょう?
それは私が居た街でも変わらなかったのに、どうして。
「いや……まぁ、ともかく人の死体ってのはソレ以上の意味あいを持つことが多いんだ」
「それ以上、の……意味、あい……?」
死体の意味? 死体は死体です。他にどんな意味をもつというのでしょうか。死体の持つ意味なんて、考えたこともありません。それにそんな事を題材にした物語だって聞いたことがないのです。
「死体は──生前に誰かとの縁を結んでいるもんだ。大抵の死体には生前のソイツを知る奴がいる。
あとはこう、ソイツとの関係性にもよるもんだが……基本的には正の感情──愛してたとか、憧れだったとか、そういうモンを抱えてる奴が遺ってるんだよ。そういう奴らからすれば、その死体は特別なモノになるんだわ」
束の間、思案する素振りを見せた後に彼女は語りました。遺族が故人へと向ける感情──それは理解できます。しかしそれはあくまでも故人に向けたものであり、遺体へ向けられるものでは無いはずなのです。
故に人間は死体と遺体を区別する必要があると、昔の人々は考えたそうです。
──死体は
遺体は故人を偲ぶためのものであり、素材ではない──
それは皆、なんとなく理解していた。
けれどその線引きは非常に曖昧なものだったと言います。
各国に根付いた宗教、及びソレに基づく死生観。そういった物をはじめとした様々な要因が複雑に絡み合っていた為に、誰もその境界線を明確に出来なかったと言われています。
しかし、
死体と遺体を隔てるもの。それは魂の有無。
肉体から魂が離れたからこそ、死体は遺体足り得る。
故に
──……そう、
「だから、トートの、言い分は……遺された人に、とっての……捉え方、でしか、ない。大多数の、人からすれ、ば……それは、数ある死体の……一つ、でしか……ない、よ?」
「だから、だよ」
彼女の言わんとしていることがわかりません。彼女も死体は死体であると認めています。解体技能者は死体を解体するモノであるのなら、なぜそういった部分に配慮する必要があるのでしょう?
──誰かの為の良き隣人として。
より美しく、人間らしくある為に──
その為に鮮度の良い死体は必要不可欠だというのは、誰にでもわかること。死後間もないものであればある程に良いとされるのも、当然なのです。
「お前の言いたいこともなんとなくはわかるさ。そういうのが当たり前の中に産まれて育ってきたんだからな」
なら、どうして彼女はこんな話を続けるのでしょう。当たり前の価値観。当たり前の常識。それが普通──そう在るべきと皆が判断したモノ。
それに異を唱えるような事をしても、意味があるとは思えません。
「思うところは色々あると思う。だが
「どうし、て?」
「──お前が知りたいとしているモノを、お前なりに理解するために。 その為に、お前は死者と生者に向き合い理解する必要があるんだ」
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