Episode.Vierundzwanzig.Lie 客.ver.1.1

 アルメリア様の来訪より数日後、初めてお店の電話が鳴りました。トートに指示されていた通り、録音機の電源を入れてから受話器を取ります。

「……こちらは、T.R.Sanatoriumです。どうされました、か?」

「あ、脚……! 脚を、斬られて! 助けて!!」

 電話越しの声は震え、パニックになりかけている様子です。

「まずは、落ち着いて、ください」

「血、血が……! あぁ! 助けてっ、早くっ!!」

「血──……出血は、酷いのです、か?」

「とっ、止まらないの! 早く、助けて!」

 これは、どうしたものでしょうか。相手は完全に取り乱していますし、怪我をしているのなら早急な対応が必要です。次の言葉を考えていると──突然、背後から受話器を取り上げられてしまいました。振り向いた先には、少し険しい表情のトートが立っています。


「──良いか嬢ちゃん、助かりたいならまずは落ち着け」

 私から取り上げた受話器に向かって、トートが強くゆっくりとした口調で話しかけました。

「出血が酷いなら手近な紐か服で腿を締めて、可能な限り静かにするんだ。出来るな? 大丈夫だ、私の言う事を聞けば助けてやれる。だから私の指示通りにするんだ」

 そんな調子で繰り返しながら、彼女は相手の居場所を聞き出そうとしていました。当然、私には相手の声は聴こえません。

 なので彼女の発言を元に、会話の内容を想像する他ありませんでした。そこからわかったのは、相手が二十代の女である事。左下肢を切断されている事の二点のみです。

 そして残念ながら相手は土地勘がないらしく、自身の正確な現在地はわからない様子でした。けれどトートにはある程度の予測がついている様子で、電話を切るや否や此処を飛び出して行ってしまいました。

 

 きっと彼女は戻り次第、手術に取り掛かる筈です。その為の準備を──と思いましたが、輸血液の解凍くらいしかやることはありません。彼女はいつでも手術室を使えるようにと、常日頃から準備を怠らないのです。



 ──そうして彼女が此処を離れてから数十分後。玄関の扉がゆっくりと開かれ、一組の男女が入ってきました。

「……いらっしゃい、ませ」

 此方が挨拶をしても、二人は返事すら返しません。玄関に立ったまま、じっくりと室内を見渡してから此方へ近づいてきたのです。

「あの、どういった……ご要件で、いらした……ので、しょうか?」

 二人は無言のまま、真っ直ぐに私のいる場所へ向かってきます。この二人は何かがおかしい──そう思ったときにはもう、受付の中にまで入りこまれていました。

「……、止め、っぐ…………!」

 急に首を掴まれ、車椅子から引き摺り下ろされると──直ぐ側の応接間に投げ捨てられたのです。直後。両腕を押さえつけられたかと思えば、二人がかりで私の衣服と包帯を剥ぎ取り始めたのです。

「どうして、こんな事……を、するのです、か」

 二対一。数的不利の中、下手に動けば切られてしまう──そんな状況下で一体どんな抵抗が出来ましょうか? 

 また声をかけても返事はなく、ただ黙々と衣服を剥がれる。その行為も確かに恐ろしくはありました。しかし最も恐ろしいのは相手の目的が不明だという点です。それがわかるまでは、下手に動けません。


「──当たりだね。地獄に迷い込んだ間抜け天使ナードはこいつだ」

 ほぼ全裸にされた私を見て、女の方がそんな事を口にしました。直後、首筋に何かが刺され──バチッという痛みが走り、意識、が──……





 ────襲撃より約一時間後。 


「シオ、悪いが手術の手伝いを──ってシオ? 何処に居るんだ!?」

 件の怪我人を連れ帰って早々、トートは強い違和感を覚えた。居る筈の奴が居なくて、普段ならありえない場所に衣服が捨て置かれている。 仮に誰かが──と言っても、彼女しかありえないのだが。衣類を目に付くような場所に脱ぎ捨てた場合、シオが必ず片付けていく。特に人目につくような場所──応接間には決して脱ぎ散らかした衣類を放置しない。

 ……だというのに、衣類が床に落ちていたのである。


 瞬間、彼女はここで何が起きたのかを察し──受付近くに隠してある軽機関銃へ手を伸ばしかけ、その手を引っ込めた。

「クソッタレ……!」

 彼女は悪態をつきながらも、自身がまずやるべきことをやる為に手術室へと向かう。そうして件の怪我人──ミア・バーレンシュタインの手術を行った。その手際は正確無比と呼ぶ他なく、あれよあれよと言う間もなく進んでいく。

 骨端の切削等、断端の処理には多数やるべき事があるのだが──それらを彼女は一人でやってのけたのである。勿論機械のサポートはあったが、それを差し引いたとしても神業である事には違いない。

 ただ一点、惜しむらくは──ミアへの麻酔が充分に効いていなかった事だろうか。ソレ故に骨端を削る際、悲鳴が止まなかったがそれらを彼女は全て無視していた。普段であればそのような状況下で手術は続行されないが──死ぬ訳でもないし、じきに麻酔は効くはずだ、と。そんな考えのもと、手術を最短最速で終わらせる為に尽力したのである。

 


 ──こうして彼女が手術を終えた時には、既に三時間あまりが経過していた。

 これは一般的な断端形成術にかかる時間の大凡半分以下とされており、ここまで手際よく行えるものは片手で数えられる程もいないだろう。

 そんな常識外れの腕を持つ彼女は処置を終えたと同時、着の身着のままで軽機関銃を手に街へと飛び出していったのである。



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