第3話 冒険者として生きていく 1
目が覚めると、目の前には快晴の空の下に草原が、後方には奥が深そうな森が広がっていた。
そして自分の格好を検めてみると、上は白い丸首の長袖シャツに下はデニム、どうやら転移直前の格好でこの
あの妙にノリの軽い神様の言っていた事は本当で、俺はこの"レシレン"なる世界で新たな人生を送ることになったようだ。
だが俺には他の選択肢が無い訳だ。
この現実を受け入れるより他に道は無いので、不思議と後悔や動揺といったものは湧き出てこない。
(自然豊かな景色……これが地球なら観光気分で安らぎもするけど……)
神様がなにやら不穏な事を言ってたのを思い出し、このままここに留まって居ては危ないと判断し歩き出す。
とりあえず見晴らしの良い草原の方に向かい進んでみる。
広がる草は、くるぶし程度の背の低いもので、歩きにくいということはない。
◇
歩き始めて十分程経ったころ、半透明の青色をした丸い形の生き物と遭遇した。
所謂"スライム"というやつだろうか、動きが緩やかで明らかに弱そうだ。
どうしたものかと観察を始めたその時、俺の中に思念とも感情ともつかない不思議なものが流れ込んできた。
『テキ』 『タベモノ』
途端に緊張が走る。
丸腰、戦闘経験なども当然なし。
見た目から侮っていたが、ただのサラリーマンだった俺には、最弱モンスターと呼ばれるスライムですら厳しい相手だろう。
咄嗟に、転がっていた何かの骨らしきものを拾い上げる。
スライムも俺を目指し前進してきている。
転移直後、数十分で
「んなろー!」
自分を鼓舞する言葉を発しながら、拾った骨らしきものをスライムめがけて振り下ろす。
水気を含んだ鈍い打撃音が響く。
一撃を受けたスライムは、人が座って沈んだビーズクッションのような形に変形し、動かなくなった。
(うわ……殺生って初めての経験だな……)
まだ興奮冷めやらぬ俺の頭の中は、意外と冷静にそんな事を考えていた。
伝わって来た感情から、スライムが俺を食べようとしていた事に間違いないが、初めてのことに少し罪悪感を覚えるので、合掌しておく。
ふと先程倒したスライムの中心に、何か光るものがあるのが見えた。
深い黒色をした、綺麗な石のような物だ。
着の身着のまま、金も持たない俺には、価値がありそうなものは何であれ重要だ。
スライムとの戦闘ですっかり忘れていたが、背筋を伸ばした視線の先、草原を割る道らしきものを発見していた。
これを森と逆方向に進んで行けば、人の気配のする所へ辿り着けるはず。
そう信じて、スライムの石と骨を手に再び歩き出す。
(ふむ……何でスライムの考え? 気持ち? が分かったんだろうか)
歩きながら先程の戦闘について考える。
神様は俺に加護とスキルをくれると言っていたので、その関係なのは間違いないだろう。
スキルは"アイテムBOX"、名前の通り多分収納に関することだ。
では加護の方に意思疎通出来る能力が備わっているとみるのが自然だろうか。
だが考えるだけでは結論は出ない。
神様も『体験してみて』と言っていたし、検証あるのみだろう。
そんな事を考えながら歩を進めていると、視線の先に大きな門のようなものが見えてきた。
どうやら街があるようだ。
道の先に人の気配を確信してホッと胸を撫でおろす。
◇
門の脇に、門番と思われる男が一人立っている。
四十代後半といったところで、焦げ茶色の短髪で歴戦の戦士然とした雰囲気を纏っている。
「──そこのお前! いったいどうした、なんだその恰好は! どこから来た、身分証は!」
門番らしき男が矢継ぎ早に俺に問いかける。
「どうもこんにちは。怪しい者じゃ無いんです。旅人……になります」
「この街で宿や食事を取りたいのですが入れてもらえませんか?」
努めて不快を買わないよう、両手を広げ抵抗の意思が無い事を示しながら答える。
「商人でも冒険者でもなく、旅人だぁ? 怪しいなお前、武器は持っているか」
「御覧の通り骨と石しか持ってません。お金もないです」
「裏門側に来たってことはあの森の方から来たってことだ。だがあんな危ない所から骨と石だけ持ってここまで来れるはずがねぇ……なにもんだお前!」
仕方がないので、信じてはもらえないだろうがありのままを説明することにした。
「……という訳でして。ここに辿り着いた、と」
「……っく……そうか。よ~っくわかった!」
「大変だったんだなぁ、何もかも忘れちまって。そんな妄想まで……よっぽど酷い目にあったんだなぁ……」
男性が我が事のように涙ぐんでいる。
なにか盛大に勘違いをされている気がする。
「──よしわかった! そういうことなら俺が面倒見てやる。大船に乗ったつもりで安心しろ、な?」
「俺はビンスって名前だ、お前は?」
勘違いを正した方がいいのだろうが、チャンスを逃すまいと話に乗る事にする。
「俺は大和希、二十六歳の日本じ──じゃなくて、ごくごく普通の平凡な男です」
「ヤマト・ノゾム……? 変わった名だなぁ」
「まあいい。じゃあヤマト、早速だがお前の持ってるその骨、それは"コカトリス"って魔物の骨だ。そこそこの値はつくからそれを換金しろ」
(魔物の骨だったのかこれ……えらく丈夫だとは思ったけど、貴重な物なのか?)
「換金するには冒険者ギルドで買い取ってもらう必要がある、その辺は全部俺が教えてやるから安心しろ」
「俺はあと一刻程で交代の時間だから、暇つぶしがてら話し相手になってくれ、色々話してやる」
「わかりました、お世話になります」
門の脇に二人で腰を下ろし、話を聞かせてもらう事にした。
ビンスの話によると、"冒険者"とは、魔物を狩ったり素材を採集したりする仕事を生業にしている者のことを言うらしい。
この門番の仕事も、この街の冒険者が希望者の中で当番制で担当するようだ。
交代までの時間、ビンスと話し込んでいる間にも、冒険者と思われる面々が門をくぐって街へ入る姿を観察していた。
皆それぞれ剣や弓等の武器を装備し、ごつい鉄製の鎧や身軽に動けそうな皮の服を身につけていた。
「お~う、今日は目立った事は無しか?」
どうやら交代の者がやってきたようだ。
「今日は平和そのものだったぜ、後よろしくな。俺はこいつの面倒を見なくちゃならねえんでな」
「ま~たお得意のお節介かよ。ほどほどにしとけよ~」
「うっせ! そんなんじゃねえよ。詳しくは後日ってことで、じゃあな」
仲の良さが窺える会話を交わす二人。
「そんじゃ、行くかヤマト」
そう言ってビンスは俺を街に招き入れてくれた。
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