第47話 羨望の鬼畜 怒りの平凡 1
あれから俺達は子犬を虐待していたケビンをギルドへ連行した。
勾留する牢がギルドの地下にあるので、統治官が裁きを与えるまでの間は犯罪者等をギルドに任せることになっている。
今日の所は、あの虐待男の尋問と身元照会を優先するらしい。
調書を取るために俺、未知の緑翼、目撃者の三組はそれぞれ個別に明日ギルドに集合し話をすることになった。
◇
(俺は見抜けなかったんだ……)
調書の際、キャシーから話を聞いて最初に思ったことは、どこか現実味の無い、事実を飲み込めない、どこか他人事のような思いだった。
翌夕方頃、件の話をする為にギルドにやってきた。
俺の調書はキャシーが取るらしいので、何でも協力したいと思う。
「……それで怒号を聞いて駆け付けた先で、虐待現場に遭遇した、と。そういうことですね?」
「はい。その通りです」
「ありがとうございました。お話は以上で大丈夫です。それにしてもヤマトさんにお願いした依頼が、こんなことになっているなんて……」
「俺も衝撃でした。なんせ
「あの男、尋問して判明したんですが、実は本名を"ダムソン"と言いまして、ヤマトさんに名乗ったと言う"ケビン"は偽名です。元は王都の方で手配書の出ているお尋ね者で、強盗、暴行、殺人、他多数の容疑がかけられた極悪人だったようです」
「それが何で動物を虐待することになるんでしょうか……憂さ晴らしとか?」
「手配から逃れるために
「俺の……ですか」
「『この街には平凡ながら動物に優しくて真面目で、とても信頼できる冒険者がいる』と」
「……それと奴の所業とどう関係するんでしょうか」
「お尋ね者ですから、新たに冒険者として記録を残すとそこからばれてしまいます。なので自分もヤマトさんを真似て動物を救ったりエサをやったりして、"善人"としての表の顔を売って、裏の顔を隠し、別人に生まれ変わってから冒険者として登録し、手配から逃れようと思い付いたそうです」
「という事はあの子猫や子犬は……」
「ええ、
「それじゃあ俺に助けを求めて、一緒に診療所に行った事は?」
「そこそこ評判が広がり始めたので、ダメ押しとしてヤマトさん本人にも善人として認知してもらい、お墨付きを得ようと考えたそうです」
「そんな事の為にあの子猫は……!!」
「ワンちゃんも……一命は取り留めましたけど……」
あの時、奴が捕縛され我に返った俺は、未知の緑翼にポーションを強請り、あの子犬はなんとか救うことができたが……。
子猫だってそうだ、俺が目立ちさえしていなければ、あんな酷い目に合うことは無かったんじゃないだろうか。
おそらく俺が魔導具を得る機会をくれたあの子猫も、奴が連れて来たに違いない。
聞き込み調査の際、街で聞いた目撃証言から察するに、大方犯行がバレそうになり手を下す前に、ご婦人が見たという子犬もそのまま連れ去ったのだろう。
地球に居た頃に、動物保護のドキュメンタリーを見たり、地域猫活動の仲間から話を聞いたりして、動物に非道を行う人間が実際に居るということは知っていた。
その時々も憤りを覚えたものだが、実際に目の当たりに、ましてや俺が原因だなんて……。
「……くっ──」
怒りとも悲しみともつかない言いようのない感情が俺を支配する。
「……ヤマトさん? 酷い事をしたのはダムソンです。ヤマトさんに責任は無いんですからね?」 「ホホーホ……(ナカマ)」
見透かされたのか、キャシーとリーフルが励ましの言葉をかけてくれる。
「ヤマトさんも終わったかしら?」
ネアが話しかけてきた。
どうやら未知の緑翼の聞き取りも終わったようだ。
「俺の方も終わりです……何と言うか──巻き込んでしまってすみませんでした」
「何でそうなるの? 私たちは
「確かにネアの言う通り。俺達はこの街を守る一員として行動しただけです」
「それより聞いたかよ、あのド畜生め! 胸糞悪くて仕方ねえ……」
「死刑が妥当」
「俺が野良達にエサやりなんてやってたばかりにこんな事に……」
「違いますよヤマトさん! ヤマトさんがやっていた事はとても立派な事です!」
「そうよ! ヤマトさんが野良達を面倒見るようになってから、実際に街の治安は良くなったんだもの」
「狂人は何やったって絡んでくるもんだ。気にすることはねえよ」
「ヤマトは正義」
「みなさん……」
本当に良い人達だ。
奴を捕縛できたのも彼らの助けあっての事、本当に有難い。
「ヤマトさん、胸張って帰りましょう! 大罪人を捕縛出来たんです。むしろ誇るべきですよ」
「……そうですね、帰りましょう」
励ましてくれている手前申し訳ないので口ではそう返事するが、空返事に聞こえただろう。
◇
ギルドを後にし、街灯の灯りだけが手がかりの街並みを宿に向けて歩く。
目に映る景色は、まるで俺の心中を現しているように暗く冷たい。
この世界に転移させられた事も衝撃だったが、自分が動物好きのせいか、今回の事件が人生で一番ショックかも知れない。
足取り重く歩いていると、突然リーフルが騒ぎ出した。
「ホー! (テキ)」
「どうしたリーフル──敵?」
辺りを見渡すが人影は見当たらない。
「ホー! (テキ)ホー! (テキ)」
肩に乗っているリーフルが、首だけ九十度後ろに回し訴えている。
俺も後ろを確認するが、やはり誰の姿もない。
「誰も居ないけどな……」
確認を終え、前に向き直し歩き出したその時。
「ズブブッ……」
後ろから俺の左脇腹を鋭く冷たい感触が襲う。
「うっ!!──ぐあっっ……!」
「へへ……お前が悪いんだぜ」
「ぐっ……なん……で……お前……」
「ホー!──ホー!!」
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