第107話 目玉商品 3
「ま、まぁ結婚の事は一先ず置いといて。マリンがサウドに店を構える事には変わりないんや」
先程まで砕けた態度で歓談していたラウスの目つきが鋭いものへと変貌する。
「こんなキレ者も珍しい。店の成功の為、どうぞお知恵を拝借できんやろか? アドバイス料なら支払うさかい!」
「そうですね。ヤマト先生ならば、例え恋心を抜きにしても、抜群の閃きを見せていただける事でしょう」
「ヤマちゃん、お願い出来ひんかな……?」
「協力したい気持ちはあるからそれは構わないけど、俺は商売の事なんて……う~ん……」
皆が渋い表情を浮かべ、それぞれの脳内で新製品についての検討が始まる。
「……」
「…………」
「──とりあえずおさらいが先か」
数分の沈黙が場を支配した後、ラウスが口を開く。
「マリン? 今回、魚については完売したんやったな?」
「うん、新鮮な魚は
「ええ。サンマンマが『たまにしか手に出来ない美味しい食べ物である』という認識は、サウド市民に根付いていると思います」
「そうですか。現住民のヤマトさんが言わはるなら間違い無いわな。ならカフェ部門の魚料理は確定や」
「うん、それはうちも自信ある」
「なら飴ちゃんの方はどうやったんや?」
「ホーホホ? (タベモノ)」
『飴』という単語に反応したリーフルが、オリビアの下へ歩み寄り、期待の眼差しを向ける。
「いやもぉ~その歩き方! ホンマかわええなぁ」
「──ちょっと待ってよ、好きなだけ食べてええからね」
オリビアが戸棚から飴の詰まった瓶を取り出し、食べやすいよう皿の上に小さく砕いて盛り付けてくれる。
「す、すみませんオリビアさん。ちょっとリーフル、流石に食べすぎだぞ」
んぐんぐ──「ホッ……」
リーフルが我関せずといった様子で飴を頬張っている。
本来絶大な聴力を保有するミミズクであるが、どうやら都合よく耳の聞こえが遠のいているようだ。
「リーフルさん、本当に飴がお好きなんですね。目の敵にされても仕方ない訳です」
「そういえばグリフ? 演技するのに必死やったんは分かるけど、リーちゃんに意地悪したんはやり過ぎやで~」
「その……──いえ、あの時はごめんなさい、リーフルさん」
グリフがリーフルに向かい頭を下げている。
んぐんぐ──「ホッ……」
「あ、マリちゃん。あれは意地悪したんじゃないと思うよ」
「え? でもヤマちゃんの手からわざと……」
「眼鏡、ですよね?」
「眼鏡?」
「グリフさん、初めて会った時には眼鏡なんてかけてなかったよね? でも広場でパフォーマンスをした時や、今も、眼鏡をかけてる。本来は目が悪いんですよね?」
「さすがはヤマト先生! 仰る通りです。ラウスさんからアドバイスを頂きまして」
「せやったなぁ。こう言っちゃ悪いけどグリフ君、眼鏡かけてへん方が少し厳つく見えるやろ? だからこの半月の間は、神の御使いを演じる上でええかなと思てな」
「ただ本当に優しさで飴をくれようとしたんだけど、ぼやけた視界のせいで渡しそびれちゃったんだよ」
「仰々しい演技をしている以上、素直に謝ることは出来ないもんね」
「そういう事やったんかぁ」
んぐんぐ──「ホッ……」
ラウスとグリフが立てた作戦を打ち破るきっかけが、ただ飴が食べたかったリーフルを怒らせてしまった事だというのはなんとも滑稽な話だ。
だが結果としては、グリフは何を偽る事も無く、気兼ねなくこの村で暮らしていけるようになったのだから、リーフルの"食欲"は、今後の生活において馬鹿にできない俺達の武器となる……かもしれない。
「リーフルちゃん──人間以外も虜にしてまう飴や、味自体に不備は無い。売れ残った原因は何やと思う? マリン」
「う~ん……うちのアピール不足──値段がちょっと高かったかも? この瓶一つで銀貨一枚で売ってたんやけど……」
「そうかぁ……でも値に関してはこれ以上下げると赤やしなぁ」
マリンの示す瓶はこのハーベイで広く普及されているもので、二センチメートル程の飴玉が十個程収まる大きさのものとなる。
現代日本人の感覚からすると、単純計算で飴玉一つが銅貨一枚と、随分と高値に感じられるが、輸送コストや営業費──サウドにおける出店税──瓶そのものの代金を鑑みると、大量生産の叶わない現状では限界の値段となるのだろう。
(ふむ……手作りな都合上、コストを詰めるのにも限界があるもんな……)
この村で親しまれている飴は、砂糖と水を用いて作られるシンプルな"べっこう飴"を、型に流し込み丸い形に成形されたものだ。
そこへシディやワイルドベリ、アプル等の果汁が加味された色とりどりの飴玉は、満たされた瓶の単位で見ると、華やかな外見で目を惹き、味も申し分ない。
なのでこの商品の魅力の何かが不足しているといった点はあまり見当たらない。
円筒状に細長く成形し、切った断面が模様や顔に見える"金太郎飴"や、果物に飴を纏わせ一緒に食べられる"フルーツ飴"。
飴そのものに変化を求めるアイデアとしてはその辺りが浮かびはするが、どれも技術や原材料と言った
魚料理を提供するカフェも併設するという都合上、店を開く最初の段階に用意する物としては、飴の文化が根付いていない現状では費用対効果としては微妙だろう。
「──まぁ飴はあくまでもこの村の特産品って位置づけで、そこそこ稼いでくれたらと思とくのが精々か」
「問題は
「うん……」
(定期的に……何度も
「あ……! 瓶をレンタルする……」
「む? ヤマトさん、何か思いつきはったみたいやな」
身を乗り出し、まるでこちらを睨みつけんばかりに真剣な表情で、ラウスが応える。
「新製品のアイデアとはまた違うんですが、"定額制度"を導入するというのはどうでしょうか?」
「定額制度……」
「──!!」
「読めたでヤマトさん! なるほどな」
「なに? ようわからんわ、説明してよ」
「マリン、飴を売るんやない。
「空の瓶……?」
「あ!──そうか! せやったらお客さん達頻繁に!」
「そうそう。だから店頭では飴がより煌びやかに見えるように剝き身で陳列して……」
俺が提案した内容とは所謂"サブスクリプション"、動画や音楽といった、現代ではごく一般的に利用される定額制使い放題サービスの事だ。
このハーベイとは違いサウドでは、飴に対する認知はあれど『あって当たり前』といった感覚は当然まだ根付いていない。
なので先ずはサウドにおいて『手軽にすぐ口に出来る甘味──飴を携帯する』という文化を広める事が先決だろう。
例えば飴を詰めた瓶をそのまま販売した場合、その中に好みとなる味の物を見出しても、支払った料金に対して他の味の飴玉の個数分、損をしたように感じられる場合があるだろう。
瓶に詰める飴の種類を絞って商品に仕立てるという選択もあるが、経営側としては、減少する在庫の数に偏りが出てクレームが寄せられたり、不足した味の飴だけをハーベイからサウドへ輸送するとなると、馬車で地道に運ぶより他に手段の無いこの世界においては、非常に効率が悪い。
それに飴を消費するペースは人それぞれで、仮にもう一度購入しようという意思が芽生えていても、肝心のそれがいつになるのか分からない。
なのでお客さんと店双方にとって、現状の単純な小売り形式では、得られるメリットが少ないと思われるのだ。
肝心の仕組みとしては、契約内容が簡易的に記載された証明書と共に瓶を貸し出し、それらを携えて店を訪れると飴玉が補充してもらえるといったものだ。
その際、契約者──お客さんは好きな味の飴の組み合わせを自由に選ぶことが出来るようにする。
さらに契約額により補充してもらえる飴の量──瓶の大きさや回数に差を設け、いくら支払うかを選択してもらう。
お客さん側にとっては、好きな味を選択できる楽しみが感じられるし、期間内の二度目の補充からは、さも無料で飴が補充してもらえるような、ちょっとしたお得感も演出できる。
経営側としては、継続的に店に足を運んでもらう動機付けになり、瓶を携え街中を闊歩するお客さんの姿が増えれば、良い宣伝にもなる。
在庫管理の面においても、契約者の数とその内容から、次の仕入れまでの目算がつきやすい。
「なるほどなぁ……」
マリンも眉間にしわを寄せ、集中した様子で考え込んでいる。
「普通の瓶詰飴も併せて販売するんや。それで、定額制に契約して購入する方が若干安くなるような値段──お客さん達が『こっちの方がお得や』と思う設定にする」
「さらには瓶に、ぱっと見でマリン商店のもんやとすぐ分かるようなちょっとした意匠をこらせば、より効果的な宣伝になるやろな」
ラウスがさらに踏み込んだアイデアを口にする。
「うん、そうやねお父さん」
「……なんかうちの瓶を持って歩いてるサウドの人達を想像したら、もっとやる気出て来たわ!」
マリンの瞳が闘志で揺らぎ、逞しい程の気合を放っている。
「あ。それと、この
その後も話し合いは続き、リビングは窓から吹きこむ爽快な潮風と、熱を上げる商人一家の野望に包まれながら、賑やかな夜は更けていった。
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