1-7 想う心

第35話 牧場の蜘蛛 1


 早朝いつものクエスト掲示板の前。

 今日はどの仕事クエストを受けようか吟味していると、討伐依頼の中にとても惹かれる文言を見つけた。


<至急求む ストークスパイダー退治【畜産組合】>


 詳細を受付で確認する必要があるが、小麦畑の隣が牧場となっており、多分そこからの依頼だ。

 ミドルラット退治の為に小麦畑には何度も行ったが、牧場には立ち入った事が無いので、いい機会かも知れない。

 となっているし急いだほうがよさそうだ。


 受付を済ませ、取り急ぎ牧場へと向かう事にした。

 

 

「ムシャムシャ」 「ンモォ~」


(いつも遠目で見えてはいたけど、やっぱり近くで見る牛は大きいなぁ。迫力が違う! そして大きいのに可愛い!)

 牧歌的な雰囲気の広々とした敷地に、牛たちが各々自由に草を食んだり、座り込んでのんびりしている。

 奥に赤い屋根の牛舎と思われる建物や、従業員用の母屋などがあり、観光地として運用しても、とても人気が出そうなほのぼのとした場所だ。


(地球のと見た目も大きさも変わりないけど、ここは異世界だし、鮮やかな色の牛とかも居たりするんだろうか)


「ホホーホ(ナカマ)」


「そうだよ、あれは魔物じゃない」

 俺に伝わってくるリーフルの語彙はかなり少ないが、こうして常に一緒に居る事で、何となく言っている事はわかる。


「ホーホホ(タベモノ)」


「じゃあ食べ物かって?──まぁどちらかと言えばそうだなぁ。でも可愛いんだから『ナカマ』の方だと思おうよ」

 

「お~い! こっちだ!」

 牧場に到着して早々、雰囲気に釣られ依頼の事も忘れ牛に見惚れていると、従業員と思われる男性が駆け寄ってきた。


「あんた冒険者かい!? やっと来てくれた。早く退治してくれよ」


「は、はい。冒険者のヤマトです。"ストークスパイダー"が居るというお話ですが、どちらに?」


「こっちだよ。昨日の昼頃急に現れて、牛舎の天井の隅に巣を張って居座っちまってるんだ」

 急いでいる雰囲気はあるが、今一つ危機感が無い。

 何かしら身を守る道具も携帯していないように見受けられるが、どういう事だろうか。


 案内された牛舎は牛が横一列に五十頭ほど入りそうな大きさで広々としていて、牧場特有の臭いが鼻をつく。

 動物が好きな俺は当然牛も好きだが、この臭いだけは耐え難いものがある。

 仕事に従事している人には尊敬の念に堪えない思いだ。


「ギギ……」


「ホントだ──巣を張って動かないみたいですね」

 入り口から中へ、そして後ろを振り向くと、天井の隅に巨大な巣を張り、ストークスパイダーが微動だにせずジッとこちらを睨んでいる。


(普段は森と草原の境界辺りに潜んで、人間の気配のする所にはあまり近づかないはずなのに、なんで牧場に……)


「コドモ タベモノ」

 念が伝わってくる。


(あれは──卵が巣に産み付けられている? それに空腹……なのか?)


「確認ですが、牛は何頭襲われましたか?」


「いや、それが不思議な事に、牛は一頭も被害にあってないんだ、俺達従業員もな。だからいざ被害が出る前に退治してもらおうと、急いで依頼を出したんだ」


(この従業員の妙な危機感の無さはそういう事だったのか)


 ストークスパイダーはジョロウグモを巨大にしたような、黄色や緑色の縞模様をした不快な色合いをしていて、長い脚を含めて全長二、三メートルほど、牛なら獲物として狙ってもおかしくない巨体を誇る。

地球のとは違い、巣を張り獲物を待つタイプでは無く、徘徊性の蜘蛛だ。


「一頭も? それは妙ですね……」

 以前学んだこいつストークスパイダーの習性から推測すると、森から何かしらの獲物を追って牧場に辿り着き、そのまま産卵のタイミングが来てしまった。

 そしてたまたま近くにあった牛舎の天井を、普段の森の木の代わりとし巣を張り、卵を守っているという所か。

 狡猾なやり口を好む魔物だ、相手も同じだと思い込み、牛を狙いたいが数が多いので、報復されると思って手が出せないでいるんだろう。


「ホー! (テキ!)」


(問題は俺がどう退治するかだ……確か──)

 

「──すみませんが火を……松明か何かありませんか? 出来れば太めの物を。手持ちの物で足りなくなる恐れがありますので」

 

「松明かい? ちょっと待っててくれ──ダダッ──」

 従業員が松明を探しに母屋に駆ける。



「──ぜえ……ぜえ──これで……大丈夫かい」

 急いでくれたのだろう、息を切らせた従業員が松明を俺に渡してくれる。


「助かります。あなたは避難しておいてください──ボワン」

 俺は従業員に避難を促し、腰の巾着袋に入れている火打石を取り出し、自分の収納している松明も二本取り出し火をつけていく。


「チッチッ──ボウッ」

 その途端、距離があるにも関わらずストークスパイダーは『ギィィッ』という唸り声を上げて警戒を強めた。

 火を怖がる事が確認出来た俺は、他の二本の松明を最寄りの牛の手前の地面に置き、これ以上牛舎内に侵入しないよう防衛ラインを築く。

 そして手に持った松明で、背伸びをしてギリギリ手が届く高さの糸に松明を近づける。


「リーフル、肩にいるんだぞ」 「ホ」

 屋内での戦闘なので、リーフルをむやみに避難させては俺への注意が散漫になる可能性がある。

 激しく動くことになると思うが、リーフルの爪は鋭いので掴まっていられるだろう。


「チリチリ……──ボッッ!」

 火は糸を伝い炎となってストークスパイダーに迫る。


「ここからはアドリブだな……!」

 たまらずストークスパイダーは巣から飛び退き、鋭い爪を有した脚を振りかざし襲い来る。

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