2-2 回帰と変心

第58話 悲喜こもごも

  

 早朝に一階受付で待ち合わせの約束をしていたのだが、俺は疲れや安心感からか寝坊してしまい、起床した頃にはすっかり昼時だった。

 急ぎ準備を整えラインの宿泊している部屋を訪ねると、彼は『急ぐことも無い』とキノコを煮出したお茶をすすりながらゆったりと部屋でくつろいでいた。

 そんなライン──エルフ族の様子を見ると、このままのんびりリーフルと過ごしたい気持ちにも駆られるが、責任を果たさない訳にはいかないので、ギルドへとやってきたのだが、俺としては懸念事項が多く、なんとも重い足取りだった事はラインに申し訳なかったと思う。


「ギィィ……」

 扉を開け久しぶりにギルドへ入る。

 昼時という事もあり冒険者の姿はまばらで、室内はまどろんだ雰囲気に包まれ比較的静かだ。

 受付の方へと目を向けると、いつもの後姿を発見した。


「こんにちは~……」

 

「はい~、ご用件を……!!──ヤマトさん?!!」


「すみません、ご迷惑をおかけしました」


「ヤマトさん!! 本物?! お化けじゃない!?──ペタペタペタ」

 キャシーがカウンター越しに勢いよく俺の顔や身体を確かめてくる。


「ほ、本物ですよ! ほら! リーフルも」


「ホホーホ(ナカマ)」


「リーフルちゃんも……」


「お互いに積もる話もあるでしょうから、応接室をお借りしても?」


「ええ……そうですね……なんだか安心して気が抜けちゃいました──バフ」

 見るからに気の抜けた様子のキャシーが力無く椅子に座り込む。


「……ヤマトさん、この度は当ギルドの不手際で多大なるご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございませんでした」

 ふいにキャシーが立ち上がり、深々と頭を下げる。


「あ、いえいえ。その辺りは俺からも説明させてもらいます」


「本当にごめんなさい……では応接室にどうぞ」



「ワンワン!」


「ホ~──バサッ」


「ハッハッハッ──ワフッ!──ぴょんぴょん」


「ホ~──ス」

 リーフルが子犬と戯れている。


「番犬ですか。予算が付いたんですね」


「ええ。窮地から復活したという縁起も担げますし、何よりも"未知の緑翼"の皆さんの嘆願がありまして」

 ダムソンの手により酷い目に遭ってしまった子犬は、ポーションのおかげで経過も良く、ギルドで番犬として飼う事になったそうだ。

 よくよく見ると、まだ子犬ではあるが豊富な毛量と首周りの白い毛、全体的なシルエットから、種類はおそらく"シェットランド・シープドッグ"だと思われる。

 昔ペットショップで聞いた話では、牧羊犬としての歴史を持ち、不審な相手には吠えてけん制するらしい。

 性格に関しても警戒心が強く愛情深い性格だと記憶にあるし、成犬の見た目の美しいさも相まって、ギルドのマスコットとしてうってつけだと思う。


「あの子猫も孤児院に引き取られたという話ですよね? 安心しました。シシリーちゃんにミルクの作り方を伝えておいてよかったです」


「ヤマトさん、罪深いですよ~……シシリーちゃんの様子ったら見ているこちらも辛くなってくる程でしたよ? 毎日ギルドを訪れては『ヤマトさんは? ヤマトさんの何か情報は?』って……」


「──そうだ! 罪と言えばですね! ヤマトさんが背負う重~い罪の賠償の話なんですが!」


(うっ……私刑の話か……もしかして拘留されるのか? いや、街を追い出されるとか……)


「──待て待て! まずは釈明させてくれ、ヤマトは何も悪くない──どころかエルフ族を救った英雄なんだ!」

 静観していたラインが咄嗟に俺を擁護するため話に割って入る。


「いえ、ラインさん。ありがとうございます。でも俺のした事は私刑に該当するのも事実だと思うので……」


「そんな馬鹿な事があるか! 断固抗議する!!」


(ライン……ありがとう)


「あのぉ~……何のお話です? 私は『こんなに心配かけたんだから、私にもアクセサリーの一つでも買って欲しい』と看板娘ジョークをですね……」


「なっ……なんと紛らわしい! ここまでヤマトがどんな重りを曳いて帰ってきたと──!」

 どうやらラインはキャシーが大袈裟に振舞う性格の人物だという事を知らないらしく、少し怒ってしまった。

 だがこのタイミングでこのジョークは、その事を知っている俺でさえ肝が冷えた。


「……キャシーさん、言い回しがちょっと……でしたね。ハハ……」


「そ、そうですよね。ごめんなさい。私もヤマトさんが無事で驚いたやら嬉しいやら……パニックになってしまいました」

 さすがのキャシーも焦りの表情を見せる。


「まったく……で、もちろんヤマトは大丈夫だな? 本人の口から聞いただけで、客観的情報を俺は持ち合わせていないが、人となりを知れば明らかだ。、ヤマトの話に嘘などないのだろう?」


「ええ、おっしゃる通りです。ダムソンの件については統治官様から直接お話がありますので、詳細についてはその折に。でも一つはっきりしている事は、ヤマトさんは全くの無罪。何の罪に問われることもありません」


「そもそもこちらの不手際でダムソンの脱獄を許し、ヤマトさんにご迷惑をおかけしたというのは、諸々の状況から明らかですし。それどころか街ではこの一週間、ヤマトさんの無事を祈る話題で持ち切りでしたからね。ヤマトさんを慕う冒険者の方々も捜索に奔走されてましたし」


(なんだか自分が思ってたよりもずっと、みんなに心配をかけてしまっていたみたいだな……)

 この世界にやってきて一年と少し余りしか経っていないにも関わらず、日本に居た頃と比べると遥かに高い頻度で人の"死"を見聞きしてきた。

 冒険者という仕事柄、魔物にやられたのであろう遺体を発見したり、何々の誰々が逝ってしまったという話を聞いたりと、特段珍しくも感じなくなる程には。

 だから今回の事だって淡々と処理されていくものだと思っていたのだが、どうやら俺の感覚は少し鈍ってしまっていたようだ。


(謝罪行脚しなきゃか……手土産代……)

 想われていた事への喜びと、迫る出費の脱力感。

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