第77話 若い経験


 訓練二日目の早朝。休憩所を出て草原側に陣取り、ジンネマンに発注していた横幅一メートル程のテーブルを広げ、露店を開いている。

 とは言え、商品が劣化する事を恐れ、見本となる一つしかテーブル上に出してはいないので、はたから見ればとても商売をしているようには見えないだろう。

 だが幸いにもしっかりと統治官にお伺いを立てておいたおかげで、ギルドを通じて俺が露店を開いている事を周知してもらえているので、一々説明する必要は無い。


 朝ののどかな雰囲気にのんびりとお客さんの到着を待っていると、早速一組の冒険者パーティーが森に入ろうと俺達の前までやってきた。


「お~う! おはよう平凡さん。パン売ってるんだって?」

 三人組のパーティーの一人、リーダーと思しき人物が挨拶をしてくれる。


「おはようございます。昼食用に御一ついかがですか?」

 在庫の心配を払拭する為、わざとらしくアイテムBOXから五種類のパンを取り出して見せる。


「お? 緑色のパンとは珍しいな。確かヘレンのとこのパンだよな? 初めて見るぜ」


「ええ、ここでしか販売していない新製品です。美味しいですよ」


「へぇ~、見た目も可愛いし。私それ買うわ」

 メンバーの一人の女性が財布を取り出し購入する意思を見せる。


「ありがとうございます! ほら、リーフルもお礼して」


「ホ」

 翼を広げテーブルの上に伏せ、休息する姿勢を取る。

 この日の為に特訓していたポーズを、お利口なリーフルは難なくこなしてくれる。


 休息する姿勢自体は、リーフルがリラックスしている時によく見せる姿勢だ。

 その所作が、"カーテシー"と呼ばれる片足を引き上体を軽く下げるヨーロッパ流のお辞儀に、どことなく似ているイメージが沸いたので、"お礼のポーズ"としてリーフルに説明し、お願いしていた。


「はは、かわいいな。よし、じゃあ俺もその緑のとクロワッサンを貰おうかな」

 三人目の男性も財布を取り出す。


「ありがとうございます! 合計で銀貨一枚になります」


「銀貨だって?! おいおい、ちょっと高くないか……? 確か街で売ってるクロワッサンは銅貨二枚のはずだよな」


「すみません。出張販売ですので色々と、街と同じ値段という訳には……それにこの"リーフルン"は、ホウレンソウにベーコンにチーズ、と贅沢な素材を使用してまして。ご賞味頂ければ、銅貨六枚も納得のいく美味しさだと思います!」


「ホ!」


「……まぁ考えてみりゃあそれもそうか。限定品、辺鄙な所で手に入る利便性、平凡さんのユニーク魔法を活かした新鮮さ、値段相応の品ってわけか」

 リーダーと思しき男性がそう語る。


「ご理解いただけて幸いです」


「そうね、うん。用意してた乾燥して硬くなったパンよりも、新鮮なパンが食べられた方が、クエストのやる気も違ってくるわ」


「じゃ、帰りにまた寄らせてもらうわ。お互い今日も頑張って行こうぜ!」


「ありがとうございました~」 「ホ~」


 俺の人生初の露店は、初めの理解あるお客さんのおかげでいい運気を引き寄せたのか、その後も順調に売り上げを伸ばしていった。



 昼時になり、これから森へ入ろうとする冒険者達の勢いも途絶えたところで、露店を仕舞い休憩所で昼食を取りながら売り上げを確認していた。


「……締めて銀貨四十枚か──おぉ~結構すごいぞリーフル」


 んぐんぐ──「ホッ……」

 リーフルがご褒美に貰ったリーフルンをついばんでいる。

 

「帰還ラッシュの時にはかき氷もアピールしていこう」


 今回俺が用意したパンはリーフルン、カカパン、クロワッサン、バターロール、バゲットの五種類だ。

 アイテムBOXに収納していると劣化しない事の利点の一つに『売れた分だけ仕入れ値を支払う』という事がある。

 不良在庫を抱え赤字を出すという心配が無く、リーフルが食べたい分は食べたいだけ支払えばいいという、商売をする上で何とも有利な条件で露店を開くことが出来ている。

 だが納税を後に控えているので、あまり喜んでもいられないのが辛いところだ。


 メイベルが考案したこの"リーフルン"という名前のパンだが、ホウレンソウを生地に練りこみ緑色に焼きあがった、葉っぱの形を模した物で、上にはベーコンとチーズがトッピングされており、この世界の常識から比べると随分と豪華な内容となっている。


 毎日大量に用意しなければならない都合のあるパン屋の主力商品達とは違い、営業終了後等、手隙に少量ずつ焼き上げ、アイテムBOXに収納する事で劣化しないという条件だからこそ実現出来た、メイベル渾身の逸品がこのリーフルンだ。

 リーフルンという絶妙に格好のつかない名前の由来については、例の如く未知の緑翼のネアによるものだ。


「そろそろ俺達も出掛けようか。今日は耳もだけどが頼りだ。気を付けて行こう」


「ホ~」



「今日は静かだなぁ」


「ホー? (テキ?)」

 お目当てのグリーンモールを探し始めて早一時間、今日は森へ入る冒険者達の数が多かったせいか、ローウルフ程度の魔物とも出会わず、何も成せぬまま時が過ぎていた。


「だろ~? リーフルにも聞こえないって事は、俺達の近くには脅威らしい脅威は居ないって事だ」

 図鑑の情報を頼りに、木が緊密に生え揃い葉に覆われ影を落とし、岩が立ち並ぶ、そんな条件の整った場所を探し歩くが、森の地理に慣れていない今はそれも難しい。

 

(ちょっと方角を変えてみよう)

 発想を切り替えランダムな方向へ歩を進めてみる。



 先程の場所から十分程進むと、おあつらえ向きの薄暗く、岩が立ち並ぶエリアを発見した。

 岩肌には苔がまばらに生えており、グリーンモールが好んで生息していそうな条件が整っている。


「見つけた!……けどここからは慎重に行かないとな」 「ホ」

 地面に目を凝らし、本物の苔か擬態したものなのかを探ってゆく。


 

「ホー! (テキ!)」

 リーフルがある一点を見つめ声を上げる。


「む……リーフル、あれがそうなのか?」


「ホーホ(ヤマト)」

 俺の肩を掴む脚に力が入るのが伝わってくる。


 リーフルが教えてくれた位置を遠巻きに観察してみると、薄暗いせいで一見普通に苔が生えているだけに見えるが、その周りには不自然に湿り気を帯びた土が無造作に広がっていた。

 恐らくグリーンモールが身を潜めるための穴を掘った跡だと思われる。


「ありがとなリーフル。でもあれはどっちが頭だろうな……」

 巧妙に潜んでいるせいで、グリーンモールが頭をどちらに向けて獲物を伺っているのか判別できない。

 出来れば背後から一太刀入れ、こちらが先制してから事を構えたいが、前後を推し量れないこの状況では望み薄だ。

 さらに普通のモグラを基準に考えるのであれば、聴覚がとても鋭敏なので、俺の歩みの振動を感じ取り、恐らくは既にこちらを認識していると見た方がいい。


(待ち伏せるスタイルで、不意を突かれるから危ないわけで……)

 

 弓を構え苔の手前辺りを狙い定め矢を放つ。


「ブーッ!!」

 身の丈は二メートル程。

 突き刺さる矢に反応したグリーンモールが地中から飛び上がり、その身の半分はあろうかという長大な爪を振り下ろす。


(ここからは剣だ!)

 ロングソードを構えすり足でにじり寄る。


 普通のモグラ同様視力が失われているらしく、後ろ足で立ち上がり爪を構え、細長い鼻を微動させながら周囲を伺っている。


 具体的なこちらの位置を特定出来ていない様子を悟った俺は、爪の射程外から地面に転がる小石をグリーンモールの脇目掛け蹴り飛ばす。


 小石の音に反応したグリーンモールが爪を振りかぶる。


(今だっ!)

 横腹を晒し隙を見せた一瞬を逃すまいと、すり足を止め駆け寄り、勢いそのままにロングソードを袈裟懸けに振り抜く。


「ギャウンッ!!」

 不意打ちを受けたグリーンモールが悲痛な叫び声を上げると共に爪を振り回す。


 その悪あがきをロングソードで受け流し、さらに斬り上げる──。



 運良く首を捉えた一撃により、グリーンモールは力なく倒れこみ沈黙した。


「ふぅ……よし! 上手くいったな……」


「ホーホ! (ヤマト!)」

 リーフルが頬擦りしている。


「大きくて迫力あるけど、モグラだから顔は可愛いな……」

 少し罪悪感を抱きつつ、アイテムBOXに収納してゆく。


「それじゃ、帰って露店の準備だ!」


「ホ~!」


 今日の目標であったグリーンモールを仕留める事が出来た俺達は、夕方の帰還ラッシュに合わせて露店の準備をするべく、休憩所へと戻る事にした。

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