第78話 団欒


「お~……! こりゃあ値が張るだけの事はあるな!」


「──ホントね~。ダナさん、街でも販売してくれないかしら」


「ありがとうございます。ダナさんも喜ぶと思います」


 帰還ラッシュの夕暮れ時、仕事終わりの一杯と言わんばかりに、森での激務を終え、疲れた体に『甘味が優しく染み渡る』と好評を得て、かき氷の売れ行きは順調だ。


「美味しかったわ、ダナさんにも伝えておいてね。おつかれさま~」


「ありがとうございました~」 「ホ~」

 リーフルと共に頭を下げ、帰路に就く冒険者達を見送る。



「……この感触だと今後もリピートしてくれそうだな」


「ホホーホ(ナカマ)」


「そうだよ~、有り難いなぁ」


「ホーホホ(タベモノ)」


「うん、俺達もご飯にしようか」

 露店を仕舞い、休憩所へと戻る。



 火打ち石が交差し火花が飛ぶ。


 薪を組み、アイテムBOXから適当な枯れ木と枯れ葉を取り出し焚きつけてゆく。

 火種が薪に馴染んでいく様子というのは、何とも言えない小さな感動を覚えるもので、自分の陣地が確保されるかのような、心細さが軽減されるような、不便ではあるが情緒あふれる良い光景だ。


「訓練に露店に、我ながら充実してるけど大変だな」


「ホ~」

 リーフルが首を傾げ不思議そうにしている。


「あぁ、リーフルは止まり木があるから普段とあんまり変わらないか?」


「ホー (テキ)」


「そっかぁ。落ち着かないのはそうなんだな」

 何を選ぼうが"荷物"となる事が無い為当然持参しているが、リーフルは俺が何らかの作業中にしか止まり木には止まっておらず、大半の時間を肩や膝の上で過ごしている。


 頼ってくれている事が嬉しく思う反面、窮屈な状況を強いている事に、少し申し訳のない気持ちに駆られる。

 だがこの訓練を経験しておけば、俺達二人の生存率が上がることは間違いないのだ。

 少々可哀そうではあるが、怖がって駄々をこねるということも無いので、うちの相棒は本当にお利口な子だ。


「今日は好きなの選んでいいよ」

 ウーイ、アプル、ワイルドベリ──野イチゴに似た小さく丸い鮮やかな紅色の果物──を取り出し提示する。


「ホゥ(イラナイ)」


「珍しいな。今日は果物の気分じゃないのか」


「ホーホホ(タベモノ)」

 果物を見つめ首を縦に振り何かを訴えている。


「果物じゃないというよりも……?──あぁ! そっちか」

 瓶に詰められた試作品の"練乳"を取り出す。


「ホーホホ! (タベモノ!)」

 どうやら正解だったようで、リーフルが翼を小さく左右に動かし喜んでいる。


「そういえばまだあげてなかったもんな。じゃあワルドベリにかけて……」

 小皿に取り出したワイルドベリに練乳をまぶし、リーフルの前に置く。


 んぐんぐ──「……ホー!」

 どうやら大層お気に召したようで、ワイルドベリそっちのけでなめとっている。


「はは、ホント甘いもの好きだなぁ。やっぱり森の守護者だからかな? 変わってるな~」

 猛禽類は基本的には肉食のはずで、リーフルも"ミミズク"なのでそれに当たるのだが、世界が違う為か、或いは特別な存在森の守護者だからか、肉以外──俺が食べるものであればほぼ何でも口にする。

 同じ食事を共有できることは寂しくないが、何がどう影響するのかが不透明でもあるので、少し気がかりでもある。


 んぐんぐ──「ホー!──ホッ……」

 

「おやつはそれとして。今日は何にしようか……」


『──マトさ~ん!!』

 ふいに草原の方角から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ん?──」


「──ヤマトさん! お待たせしました!」

 小袋を提げたロングが駆け寄ってきた。


「お! ロング、お疲れ様」 「ホホーホ(ナカマ)」


「ちょっと時間かかったっす。お待たせしてごめんなさいっす!」


「いや『お待たせ』って。そもそも俺一人でやるつもりだったんだけど……」


「そんな水臭い事言いっこなしっすよ! ヤマトさんがやるなら自分もやるっす!」


「だってほら、ロングも稼がないと宿代が危ないだろ?」


「そんなの終わってから稼げばいいっす! それに二、三日の遅れなら野宿でもすれば大丈夫っすよ!」

 腕を組み胸を張り、なんて事はないと言わんばかりの態度を見せる。


「まったく……まぁお金の心配はしなくていいよ。この二日間で結構稼げてるし、ロングの分くらい俺が面倒見るよ」


「ヤマトさん……一生付いて行くっす!」

 ロングが勢いよく俺の腕にしがみつく。


 以前ダムソンの件で仲間達には色々と迷惑をかけたこともあり、憂いの無いようロングにも事前に訓練計画のことは話していた。

 それを聞いたロングは『自分も訓練するっす!』と参加しようとしていたが、収入に穴が開くことを懸念し、辞めるよう説得したのだが、結局やって来てしまったようだ。

 

 やはりクエストを受注するというのは大きく、"基本報酬"とは、言わばお金だ。

 どんなに難易度の低い案件であろうと、仕事クエストをこなしさえすれば、基本報酬は支払われる。

 満足のいく生活が出来るかは別として、ギルドでクエストを受注し、依頼を達成さえすれば、宿ないし食事の心配は解消されるのだ。


 この訓練においては、街に戻らず、討伐した魔物や納品物等を後で換金することで、収入の穴埋めにしようという計画だ。

 だがそれは所謂"ギャンブル"に近いもので、俺の実力、未知の領域に踏み込む、ということを考えると、やはり確実性に欠けると思い、露店を開く事を思いついたのだ。

 

 ロングはその事を理解しているのか『野宿でも』なんて事を言っているが、来てしまったものは仕方ないし、一緒に訓練をすればお互いに力を付けられて頼りになる。

 幸いにして、諸々を勘定すれば普段よりも稼げてはいるし、かわいい後輩にひもじい思いをさせるのも忍びない。

 ここは一つ、先輩が面倒を見てやる事にする。


「──あ! これ差し入れっす」

 ロングが携えてきた小袋を俺に差し出す。


「お~、ありが──ん? "魚"なんて珍しいな。中央広場に魚なんて売ってたっけ?」


「それは今回のクエストで、依頼主の子から貰ったんす。何でも漁師町からサウドへ行商の修行に来たらしいっす」

 ロングが差し入れてくれた小袋には、日本で馴染み深い"サンマ"に良く似た細長い銀色の魚が数匹入っていた。

 触れた感触からひんやりと冷たく、鮮度も申し分無く見受けられる、奇麗で身の詰まった立派な代物だ。


「へぇ~。どんな依頼だったの?」


「それがなんだかよく分からない感じだったす。ギルドで話して、喫茶店で話して。色々と聞かれたっすけど、最後まで目的が分からないまま、追加報酬にその魚をくれて別れたっす」


「そうなんだ。まぁ良かったんじゃないかな。追加報酬に魚をくれるなんて気前良いね」


「そうっすね! 中々魚は手に入らない食べ物っすもんね」


「ホーホホ? (タベモノ?)」

 リーフルが小袋を覗き込んでいる。


「お! リーフルちゃんは魚見た事ないっすか?」


「ホゥ……(イラナイ)」

 何か嫌悪感のする物を見てしまったかのような顔付で、小袋からそそくさと離れてしまった。


「はは、魚の"目"が怖いのかもね。ギョロっとしててこっちを見てるように見えるから」


「くふふ、食べたら美味しいんすけどね~」


「ホー! (テキ!)」


 差し入れの魚を串焼きにし晩御飯に。

 三人で他愛も無い事を語り合いながら、穏やかに夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る