第78話 団欒
「お~……! こりゃあ値が張るだけの事はあるな!」
「──ホントね~。ダナさん、街でも販売してくれないかしら」
「ありがとうございます。ダナさんも喜ぶと思います」
帰還ラッシュの夕暮れ時、仕事終わりの一杯と言わんばかりに、森での激務を終え、疲れた体に『甘味が優しく染み渡る』と好評を得て、かき氷の売れ行きは順調だ。
「美味しかったわ、ダナさんにも伝えておいてね。おつかれさま~」
「ありがとうございました~」 「ホ~」
リーフルと共に頭を下げ、帰路に就く冒険者達を見送る。
「……この感触だと今後もリピートしてくれそうだな」
「ホホーホ(ナカマ)」
「そうだよ~、有り難いなぁ」
「ホーホホ(タベモノ)」
「うん、俺達もご飯にしようか」
露店を仕舞い、休憩所へと戻る。
◇
火打ち石が交差し火花が飛ぶ。
薪を組み、アイテムBOXから適当な枯れ木と枯れ葉を取り出し焚きつけてゆく。
火種が薪に馴染んでいく様子というのは、何とも言えない小さな感動を覚えるもので、自分の陣地が確保されるかのような、心細さが軽減されるような、不便ではあるが情緒あふれる良い光景だ。
「訓練に露店に、我ながら充実してるけど大変だな」
「ホ~」
リーフルが首を傾げ不思議そうにしている。
「あぁ、リーフルは止まり木があるから普段とあんまり変わらないか?」
「ホー (テキ)」
「そっかぁ。落ち着かないのはそうなんだな」
何を選ぼうが"荷物"となる事が無い為当然持参しているが、リーフルは俺が何らかの作業中にしか止まり木には止まっておらず、大半の時間を肩や膝の上で過ごしている。
頼ってくれている事が嬉しく思う反面、窮屈な状況を強いている事に、少し申し訳のない気持ちに駆られる。
だがこの訓練を経験しておけば、俺達二人の生存率が上がることは間違いないのだ。
少々可哀そうではあるが、怖がって駄々をこねるということも無いので、うちの相棒は本当にお利口な子だ。
「今日は好きなの選んでいいよ」
ウーイ、アプル、ワイルドベリ──野イチゴに似た小さく丸い鮮やかな紅色の果物──を取り出し提示する。
「ホゥ(イラナイ)」
「珍しいな。今日は果物の気分じゃないのか」
「ホーホホ(タベモノ)」
果物を見つめ首を縦に振り何かを訴えている。
「果物じゃないというよりも……?──あぁ! そっちか」
瓶に詰められた試作品の"練乳"を取り出す。
「ホーホホ! (タベモノ!)」
どうやら正解だったようで、リーフルが翼を小さく左右に動かし喜んでいる。
「そういえばまだあげてなかったもんな。じゃあワルドベリにかけて……」
小皿に取り出したワイルドベリに練乳をまぶし、リーフルの前に置く。
んぐんぐ──「……ホー!」
どうやら大層お気に召したようで、ワイルドベリそっちのけでなめとっている。
「はは、ホント甘いもの好きだなぁ。やっぱり森の守護者だからかな? 変わってるな~」
猛禽類は基本的には肉食のはずで、リーフルも"ミミズク"なのでそれに当たるのだが、世界が違う為か、或いは
同じ食事を共有できることは寂しくないが、何がどう影響するのかが不透明でもあるので、少し気がかりでもある。
んぐんぐ──「ホー!──ホッ……」
「おやつはそれとして。今日は何にしようか……」
『──マトさ~ん!!』
ふいに草原の方角から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ん?──」
「──ヤマトさん! お待たせしました!」
小袋を提げたロングが駆け寄ってきた。
「お! ロング、お疲れ様」 「ホホーホ(ナカマ)」
「ちょっと時間かかったっす。お待たせしてごめんなさいっす!」
「いや『お待たせ』って。そもそも俺一人でやるつもりだったんだけど……」
「そんな水臭い事言いっこなしっすよ! ヤマトさんがやるなら自分もやるっす!」
「だってほら、ロングも稼がないと宿代が危ないだろ?」
「そんなの終わってから稼げばいいっす! それに二、三日の遅れなら野宿でもすれば大丈夫っすよ!」
腕を組み胸を張り、なんて事はないと言わんばかりの態度を見せる。
「まったく……まぁお金の心配はしなくていいよ。この二日間で結構稼げてるし、ロングの分くらい俺が面倒見るよ」
「ヤマトさん……一生付いて行くっす!」
ロングが勢いよく俺の腕にしがみつく。
以前ダムソンの件で仲間達には色々と迷惑をかけたこともあり、憂いの無いようロングにも事前に訓練計画のことは話していた。
それを聞いたロングは『自分も訓練するっす!』と参加しようとしていたが、収入に穴が開くことを懸念し、辞めるよう説得したのだが、結局やって来てしまったようだ。
やはりクエストを受注するというのは大きく、"基本報酬"とは、言わば
どんなに難易度の低い案件であろうと、
満足のいく生活が出来るかは別として、ギルドでクエストを受注し、依頼を達成さえすれば、宿ないし食事の心配は解消されるのだ。
この訓練においては、街に戻らず、討伐した魔物や納品物等を後で換金することで、収入の穴埋めにしようという計画だ。
だがそれは所謂"ギャンブル"に近いもので、俺の実力、未知の領域に踏み込む、ということを考えると、やはり確実性に欠けると思い、露店を開く事を思いついたのだ。
ロングはその事を理解しているのか『野宿でも』なんて事を言っているが、来てしまったものは仕方ないし、一緒に訓練をすればお互いに力を付けられて頼りになる。
幸いにして、諸々を勘定すれば普段よりも稼げてはいるし、かわいい後輩にひもじい思いをさせるのも忍びない。
ここは一つ、先輩が面倒を見てやる事にする。
「──あ! これ差し入れっす」
ロングが携えてきた小袋を俺に差し出す。
「お~、ありが──ん? "魚"なんて珍しいな。中央広場に魚なんて売ってたっけ?」
「それは今回のクエストで、依頼主の子から貰ったんす。何でも漁師町からサウドへ行商の修行に来たらしいっす」
ロングが差し入れてくれた小袋には、日本で馴染み深い"サンマ"に良く似た細長い銀色の魚が数匹入っていた。
触れた感触からひんやりと冷たく、鮮度も申し分無く見受けられる、奇麗で身の詰まった立派な代物だ。
「へぇ~。どんな依頼だったの?」
「それがなんだかよく分からない感じだったす。ギルドで話して、喫茶店で話して。色々と聞かれたっすけど、最後まで目的が分からないまま、追加報酬にその魚をくれて別れたっす」
「そうなんだ。まぁ良かったんじゃないかな。追加報酬に魚をくれるなんて気前良いね」
「そうっすね! 中々魚は手に入らない食べ物っすもんね」
「ホーホホ? (タベモノ?)」
リーフルが小袋を覗き込んでいる。
「お! リーフルちゃんは魚見た事ないっすか?」
「ホゥ……(イラナイ)」
何か嫌悪感のする物を見てしまったかのような顔付で、小袋からそそくさと離れてしまった。
「はは、魚の"目"が怖いのかもね。ギョロっとしててこっちを見てるように見えるから」
「くふふ、食べたら美味しいんすけどね~」
「ホー! (テキ!)」
差し入れの魚を串焼きにし晩御飯に。
三人で他愛も無い事を語り合いながら、穏やかに夜は更けていった。
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