第79話 運命?の出会い


 訓練三日目の昼食時を過ぎた頃。

 ある魔物と遭遇し、かれこれ一時間以上駆け引きが続いている。

 

 俺の脇をその小さな身体を活かし、巧妙にすり抜けてゆく。


「このっ──」

 ロングソードを水平に薙ぎ払うように振るうが捉え切れない。


「ちっ──ロング! 一匹抜けてった!」

 声を張り上げ後ろに控えるロングに注意を促す。


「む! ちょろちょろとすばしっこい!」

 ハンマーが空を切る。


 ロングを取り囲む"ケイプスクワール"がその鋭い前歯を誇示するかのように前に突き出し、距離を測りながら威嚇の態勢を取っている。


 俺に背を向けているロング目掛け、脇を抜けたケイプスクワールが飛び掛かる。


「チュー!!──」


「ふんんっ!!」

 ロングがハンマーを自らの体ごと駒のように一回転させる。


 ──空中でハンマーの直撃を受けたケイプスクワールが吹き飛ぶ。


「上手いぞロング!──」

 幾度か攻撃が掠り手負いの状態の、目の前の一匹にロングソードのの部分で殴り掛かる。


「──チュブッ……」

 

「残り三匹!──」

 ロングの元へ駆け寄る。



『タベモノ、アソビ、アソビ』

 念が伝わってくる。


(こいつらリスなのに人間も食べるのか……? 気味の悪い顔付きもそうだけど、全然可愛くないな──)

 駆け寄る勢いそのままにロングソードで殴りかかる。


「──! チュ~。チュチュチュ」

 難なく攻撃を避け、まるでこちらを嘲笑うかのように軽快な声を発している。



「むぅ……こいつら性格悪いっす」


「だよね──」

 ケイプスクワールが俺の足に噛み付こうと飛び込んできた。


「──ちっ!」

 咄嗟に足を引き嚙みつきを回避する。

 

「──! せいっ!!──」

 ロングが隙を逃さず真上からハンマーを叩きつける。


「──ブビッ……」

 正確に振り下ろされたハンマーが見事に一匹を仕留めた。


(すばしっこい……追いかけまわすのも効率が悪い……)

 確実性を上げるために考えを巡らせるが、現状の俺達の技量では、素早い身のこなしのケイプスクワールを正面切って捉える事は困難だ。

 一つ分かっているのは、これまでの戦闘を鑑みると、意図せぬ相手の隙が決定打となっている事か。


「……よし、ロング……」

 思い付いた策をロングに伝える。


「了解っす!」


 各々が一匹ずつケイプスクワールに牽制をかけ、自分に注意が向くよう誘導してゆく。

 

「ふんっ!──」


「このっ!──」

 攻防が続くが、やはり決定的な一撃を入れることは叶わない。



 徐々に包囲を狭められ、ロングと背中合わせに挟み撃ちにされる。


「チュチュチュ!」


「チューッ!」

 自らが有利な状況だと悟り、笑い声を上げながら同時に飛び掛かってきた。


「今だ!!──」


「──っす!!」

 同時に回避行動に移る。


「「チュブッ!!」」

 突如攻撃対象を失った二匹のケイプスクワールが空中で衝突する。


「「せいっ!!」」

 二人同時にとどめの一撃を繰り出す。



 策がはまり、何とかケイプスクワール達を撃退することが出来た。


「ふぅ……『骨折り損のくたびれ儲け』とはまさにこの事だなぁ」


「そうっすね~……せめて毛皮くらい取れればいいんすけどね……」


「ホホーホ……(ナカマ)」

 リーフルが俺達の前に降り立ち慰めてくれている。


「ありがとなリーフル」


「リーフルちゃん優しいっす!」


 ケイプスクワールは肉が不味く、毛皮も加工する価値の無い程に酷く汚れ荒い毛並みで、討伐しようと一銭にもならない、相手をするだけ損をする事で有名な魔物だ。

 "エゾリス"を一メートル程の体躯に巨大化し、口内に収まりきらない大きな幅の広い鋭い前歯と、長く尖った耳が特徴的な姿形をしており、俺の知る可愛らしいエゾリスとは似て非なる醜悪な顔付きをした容姿をしている。

 こちらを馬鹿にしたようなあの態度や、他者の食べ物を盗む事を好む習性から、性根の悪さが外見に出ている典型例といったところだろうか。


「それにしてもヤマトさん。らしくないっすね? その剣」


「あぁ~……俺にもよくわからないんだ。この戦闘に入る前に抜刀して気づいたんだけどね」


「へぇ~。自分も興味あるっすから、今晩"観察"してみましょうよ!」


「そうだね……」

 


 休憩所へと戻ったロングは緊張の糸が解けたのかリーフルと共に眠ってしまった。

 この時間帯であれば休憩所を利用する冒険者も多く、二人きりになる事もそうそうないので、ロングとリーフルを寝かせたまま、俺は計画のルーティンであるかき氷の販売をしている。


『お~っす。今日も買いに来たぜ』 『仕事終わりの一杯! ってか~。癖づくと財布がやべえけど……』

『早く私にもちょうだい!』


「す、すみません!」──ボワン

 この三日の間に好評を得たのは幸運だが、帰還するほぼ全員が購入してくれるもので、俺一人では対応に追いつかない状況へとなってしまっていた。


「銅貨一枚のお返しです。ありがとうございました~」

 

「──おいおい、俺が先に並んでただろうが!」


「なんだとぉ~? 俺は今日ローウルフ五匹の男だぞ! 疲れてんだよ!」


「関係ねえだろそんなこと!」


「すみません! すぐ用意しま──」


「──あぁもう! 見てられへんわ!──はいはい~! うちに注目やで~!」

 突如露店の前に群がる冒険者達の後ろから、一人の女性の声が響き渡り場が静まり返る。


「こほん、ええかな? みんな急く気持ちも分かるけど、店番はお兄さん一人だけや。それはわかるやろ? それでも急ぎたいって言うんなら!……銅貨一枚でどうやろ?」


「な、なんだあんた……銅貨一枚って何のことだよ」

 面食らった様子の一人の冒険者が控えめに尋ねる。


「"優先権"や。他人よりはよ買いたいって人は代金に銅貨一枚上乗せするんや。お金が惜しいって人は黙って待ってればいい。これならみんな納得出来るんちゃう?」


「……」

 お客さん共々俺達は思案を巡らせる。


「──な、なぁ、どうだお前ら。俺は銅貨一枚余計に払ってでも早く買って街に帰りたいけどよ」


「わ、わたしは待つわ。そもそも商品自体が銅貨九枚もするし……」

 少女とも成年とも判断が付かない見た目の女性の提案を皮切りに、冒険者達は優先権を購入する者とそうで無い者とに自然と整列してゆく。


(確かに納得の提案で助かった……? けど、この言葉遣い……)


「ありがとう……そ、それでは優先権を行使される方は銀貨一枚となります!」

 その後目立った混乱も無く、この日の営業は終了した。



 休憩所へと戻った俺達は、未だ熟睡中のロングとリーフルを脇目に、先程助け舟を出してくれた人物と焚火を囲んでいた。


「いやぁ、助かったよ。君、頭いいね」

 

「ふふん。うち、商売の事なら結構頭回んねん。ゆくゆくはお父さんの商いも継ぎたいし」

 得意げに腕組みをしながらそう語る。


 背は小柄で、肩の長さ程の髪を二股に結い分けた金色のおさげ髪に、少女とも成年ともつかない顔付き。

 そして何といっても特徴的なのはその"関西弁"。

 当然この世界には"関西地域"など存在しないはずなので、俺の加護を通して翻訳される方言が、関西弁に聞こえるといったところだろうか。

 

「あぁ、商人さんなんだ。だったら鼻が利くのも納得だね」


「それだけじゃないねんで! うち、結構可愛い見た目してるやろ? それに料理もできんで?」

 

(確かに可愛らしい見た目はしてるけど、何の話だ……?)


「う、うん。どうしたの急に」


「サウドへ来た目的の一つや。見つけたで~!」

 一人納得した様子で喜んでいる。


「?」


「うち、あんたと結婚する!!」


「……はいぃぃっ?!」

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