第37話 不思議な依頼
『それはこの前行ったばっかだろ! 報酬も不味いし』 『俺が先に見つけたんだぞ!』 『私達ならそろそろやれそうじゃない?』
朝の冒険者ギルドは相変わらず雑然としている。
早い者勝ちなので仕方の無い事なのだが、腕に覚えがある面々にとってその腕を存分に振るえる程の案件は、そう毎日あるものでは無いので取り合いは必至となる。
俺はもちろん身の丈にあった
定期クエストを受けるという手もあるが、今日は貼り出されていた採集クエストの中から、少し珍しい一件が目に付いたので受注する事にした。
採集クエストの納品先は言うまでもなく冒険者ギルドだ。
手数料、もしくは管理費を嫌って、ギルドに納品せず行商人と直接取引をする冒険者もいるが、売買の記録が残らない事で結局は双方不幸な結果──脱税を疑われたり、品物に関する齟齬が生まれたり──に終わることが多い。
違反という事は無いが、無用なトラブルを避ける為にギルドを通さず個人取引をする冒険者はごく少数しかいない。
そんな慣習がある中、今回目に付いた採集依頼の納品先はギルドでは無く、個人名が書かれている。
通常滅多に無い事なので気になり、後学の為に話を聞いてみることにした。
「おはようございます。キャシーさんも毎朝早くて大変ですね」 「ホホーホ(ナカマ)」
「おはようございます、リーフルちゃんもね。本当はお肌に良くないんですけど仕方無いですよね~……アフターケアを頑張るしかありません!」
「そういえば化粧水とかって高いんですか?」
「ケショースイ……? お化粧の水? なんです? それ」
(──! うっかりミス。やってしまった……まだこの世界には化粧水が無いのか)
「えーっと……
「あ~そういう事ですか。いいえ、普通の井戸水ですよ。私のやってる事と言えば、食事を野菜中心にするとか、ストレスを発散するとかですね。寝る前にこう──枕とかを叩いたり」
キャシーが感情の無い笑顔で両の拳をドンドンとカウンターに叩きつける。
(来る日も来る日も荒くれ者を相手にしているんだ、そりゃストレスも溜まるよな……)
「そ、そうですよね~はは……ストレスも多いですよね~。お察しします」
怒らせてはいけない相手だ。せめて俺だけでも親切丁寧な受け答えを心掛けようと思った。
「みんながヤマトさんみたいならストレスも無いんですけどねぇ。まぁこう見えて、私はこのサウド支部の看板娘ですから、弱音ばかり言ってられません!」
両手を腰に置き胸を張り、"えっへん"のポーズを取っている。
「ハハ……確かにお綺麗ですからね……」 「ホ?」
自他共に認めるその美しい容姿とは裏腹に、所作がいちいち大袈裟なのは玉に瑕か。
「あら、ありがとうございます。それで今日はどの依頼を受注されますか?」
「これです──スス」
<ペンダントを採集して欲しい【コナー】>
と書かれた依頼書をキャシーに手渡す。
「それって文言から察するに、本来"市井の声"の割り当てかと思うんですが、何故か採集依頼の方にありまして」
全ての案件はギルドを通して発注されるが、その中でも討伐や採集以外の要件で、依頼内容の帰結が個人の場合は、本来市井の声のはず。
しかも文言には"ペンダント"を
「あ、ホントだ──少々お待ちください」
キャシーがカウンター奥の部屋に確認しに向かう。
数分後、確認を終え戻って来たキャシーが少し難しい顔をしながら詳細を語りだす。
「お待たせしました。ヤマトさんのおっしゃる通り、この依頼は本来市井の声の割り当てです。ですが依頼の内容が少々特殊でして……」
キャシーが言い淀む。
「どういう事でしょうか」
「えっと、依頼主は……」
キャシーが説明してくれた話はこうだ。
依頼主は"コナー"と言うおじいさんで、大切なペンダントを街を正門側から出て北西の方角、街道沿いの草原で落としてしまったんだそうだ。
諦めきれないおじいさんが必死に探し歩いていると、近くに農作業をしている人を発見した。
その人に見かけなかったか尋ねた所、角に装飾品らしき物が引っ掛かったラビトーを目撃したと言われたらしい。
そのラビトーが持つ装飾品が件のペンダントだとすれば、動き回っているので回収するのは一苦労だろう。
そして、ペンダントの中にはある"石"が入れられており、特にその石に思い入れがあるらしく、ペンダントの回収が難しいのであれば、どうにか中の石と同じ素材の物を入手したいらしい。
高齢のせいもあり自分一人ではどうする事も出来ず、諦めきれないコナーさんはギルドを頼る事にしたそうだ。
ギルドとしては正当な理由無く依頼を断ることは禁止されているし、手付金も支払われたので受けざるを得なかったという。
討伐なのか採集なのか、はたまた市井の声か、割り当てに困り、依頼内容を危険度で判断し、"採集依頼"と定義する事にしたらしい。
「ペンダントがそのおじいさんにとって、とても大切な物だという事は分かりましたが、依頼達成の条件は結局何なんでしょう?」
話を聞いた限りでは報酬が高い訳でもなく、内容も少々厄介そう。
冒険者にとって
キャシーが言い淀む心中も理解できる。
「おじいさん曰く、『会って直接聞いて欲しい』とおっしゃっているようです。依頼が受注された旨をお伝えしますので、申し訳ありませんが、お昼頃にまたお越し頂けますか?」
「分かりました、そういう事でしたら。一旦出直そう、リーフル」
「ホ(イク)」
なんだか複雑な依頼内容だが、直接話を聞けばおじいさんの望みも判明するだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます