1-6 十人十色

第29話 不意の訪問


「コンコン──」


「お~いヤマト~、俺だよ。マーウ」


「むぅ……マーウ……? どういう事……ぐぅ……」


「ホ──つんつん」


「ドンドン!──おーい! 起きてくれヤマト~」


「──はっ! マーウ? ちょっと待ってて!」


 まだ空が白み始めて数十分と言った所、今朝は尋ね人に起こされるという珍しい事態で目覚めた。

 ……相変わらずリーフルは枕元で俺を観察していたようだが。 

 そういえば部屋に誰かが訪ねてくるなんてシシリー以外では初めてかもしれない。

 冒険者として早朝にギルドに赴く必要がある都合で、俺は結構早起きな方だと思っていたが、獣人達はさらにその上を行くようだ。

 

「ガチャ……おはようマーウ。急に訪ねてくるなんて、何かあった?」


「朝早くから悪いな。俺……叱られたよ……」

 肩を落とし、まるで暗いモヤモヤでも背負っているように錯覚するほど、あからさまにマーウが落ち込んでいる。


「叱られたって? 何か失敗でもした──」


「──あなたがヤマトね! 助けてくれたのよね、ありがとう! なんであんな物買わせたの!!」


「え──え??」


「あなたとメイベルが付いていながら、あんな無駄金を使わせるなんて──あなたにも説教ね!」


「ちょ──」


「言い訳は後で聞くわ! さっさと支度して、一階の食堂にでも行くわよ!」

 

「お、おはようヤマトさん。いきなりごめんね。ブランこんな性格だから、きつく見えるけど悪い子じゃないの」

 二人の後ろに隠れて見えなかったが、どうやらメイベルも来ていたようだ。

 

「おはようメイベル。とりあえず下で待ってて、用意してすぐ降りて行くから」

開口一番にお礼を口にしていた当たり、メイベルの言うように悪い人間では無い事は分かる。


「突然で驚いたよな。実はブランのやつ──」


「──話は食堂ですればいいでしょ! さっさと行くわよ!」


「「は、はい……」」

 

 これ以上ブランの機嫌を損ねるのはマズイと思い、急ぎ食堂へ降りて行く。


 

 朝食を取っている昨晩からの宿泊客達に紛れ、俺達もテーブルを囲み詳しい話を聞かせてもらう事にした。


「まずは初めましてね、ヤマト。そっちの鳥ちゃんが"リーフル"ね」


「ホー……(ニゲル)」

 どうやらリーフルはブランの勢いに押され、少し怖がっているようだ。


「初めまして、俺が冒険者のヤマトです」


「マーウの妻である私に敬語はダメよ、そもそもあなたは命の恩人よ? 遠慮なんてされたら寂しいわ」


「そうだね、よろしくブラン」


「寝てる所すまなかったなぁ。ブランが急ぐもんでつい──」


「──あなたは黙ってなさい!」


「……」

 直接会話したことが無かったから知らなかったが、ブランはグイグイ行くタイプのようだ──そしてマーウはどうやら尻に敷かれているようだ。

 

「それよりもヤマト、看病してくれてありがとう。あなたのおかげであの日の夜にはすっかり良くなってたわ」


「よかったよ。でも俺よりも必死なってブランを心配してたマーウを褒めてあげて欲しいな」


「そんなの帳消しよ! あんな訳の分からないガントレット? なんだか知らないけど、結婚祝いに贈る物じゃないでしょ!」


「わ、私も一応ブランには説明したよ? 『プレゼントの内容よりも気持ちじゃないか』って」


「そうよメイベル! あなたも付いていながら、結婚云々以前に女性に贈る物じゃないわ!」


「う、うぅ……」

 どうやらブランは相当おかんむりのようだ。

 マーウを諭さなかった俺も悪いが、あの時マーウは至って真剣だったし、否定して横から口を出すのも無粋かと思い、あれガントレットをそのまま持ち帰らせたのは失敗だったようだ。

 

「ごめんブラン。俺ももう少し気を利かせればよかったよ」


「どうせ買ってくれるなら、食べ物でも指輪でも、他にいくらでもあるでしょう!」

 ブランの鋭い視線がマーウを捉える。


「す、すまん……」


「私に内緒で──しかもこれっぽちも嬉しくない物に……でも本当に私が気に入らないのは、品物の内容じゃないの。どうせお金を使うなら、今後の家庭の為に使って欲しかったの」

 サプライズの発想自体は間違いでは無かったと俺も思う。

 だがブランの言うように、結婚したという事はマーウ一人の財産──お金では無くなると言える。

 そこへきてプレゼントがガントレットだったのだから、怒りも当然か。


「もちろん気持ちは嬉しかったわ。でも銀貨五十枚よ!? 五十枚!! それだけあれば新しい寝具も買えるし、調味料だって……」

 ブランが指折り数えぶつぶつと勘定している。


「わ、悪かったって。もう相談も無しに高い買い物はしないって約束しただろ?」


「そ、そうそう。必要な物があるなら案内するし、何でも聞いてよ」

 悪い事をした自覚があるし、となった者の迫力か、何も言い訳出来ない……。

 こういう時、夫は妻に頭が上がらないものだ──経験無いけど。


「……まぁいいわ。その辺の話は村で散々した訳だし、今はちょっと思い出して腹が立っただけだから、勘弁してあげる」


「そ、そうなんだよ。今日はちゃんとマーウが喜ぶものを買い直しに来たんだ」


「そうなんだ。それはいいね、何買うかは決めてあるの?」


「まだ決まってないわ。せっかくだからデートも兼ねて今日は街を見て回ろうと思ってるの」


「そういえばメイベルはどうする? 今日も街を見たいって付いて来たけど、一緒に回るか?」


「あ、えっと、私は邪魔だしデートは二人で行ってきて」


「邪魔なんてそん──」


「──ドカッ! ありがとうメイベル、お言葉に甘えて私とマーウの行ってくるわ」


「っつ~!……」

 マーウがブランに肘打ちを入れられて悶絶している。


「……大丈夫?」

 尻に敷かれるのは安心感があるけど苦労も多そうだ。


「そ、それよりも、今日はみんなに聞いて欲しい事があるの。その為に今日は街に付いて来たの」


「ヤマトにも? なぁに話って?」


「私、村を出てサウドに住みたいの!!」


「「「ええっ!?」」」

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