第28話 後悔先に立たず


「──おっとヤマト、あんたにはまだ話があるんだ。というより、今回のあたしの目的はそっちが本命だ」

 俺も帰ろうかと席を立ちあがりかけたところ、ビビットさんに呼び止められた。


「そういえば今日は急なお誘いでしたもんね。なんでしょうか?」


「……どうだった? あたし」

 先程までのベテランの風格はどこへやら、急にしおらしい態度になっている。


「どう……とは?」


「"魅力的"に見えたかって聞いてんだよ!」

 

「ええと……ベテランとして素晴らしい働きだったと思いま──す?」

何の話をしているのかさっぱりわからない。


「違う! として魅力的だったかって事だよ!」


(女として……? まさか! 俺は好意を寄せられていたのか!)

 確かにビビットさんとは毎朝交流があるし、リーフルも気に入られている。

 どうやら気づかぬうちが立っていたようだ。


「えっとですね、そのぉ……今日は仕事クエストの事で必死でしたし、そういう感情は無かったと言いますか──も、もちろん! ビビットさんは魅力的な女性だとは思うんですが、突然の事で俺もどう答えれば良いのか……」


「んん? ヤマト、あんた何か勘違いしてるだろ」


「え?」


「あたしはにどう思われたかを聞きたかったんだ」

 何という勘違い、只々恥ずかしい。

 でもビビットさんにも非はあると思う。

 面と向かって『魅力的か?』なんて聞かれたら、男なら誰だって意識してしまうはずだ。

  

(というかロン……グ?) 


「え!?」

 『話がある』とビビットさんに呼び止められ、盛大に勘違いをかました俺だったが、まさかビビットさんがロングに恋をしているとは。

 自分の失態より、そちらの方が気になる。

 今日の出来事を振り返って思い出してみても、そんなそぶりは無かったんだが……。

 冒険者としてではなくとしての印象の話をするなら、"リーフルに対してはキャラが激変する"という事くらいか? 恋心には多分ロングも気付いていないだろう。


「つまりロングの事が好きって事ですよね?」


「はっきり言ってくれるんじゃないよ! 照れるだろ……」

 頬を少し赤らめ、もじもじとしている。

 

「でもロングとは今日が初対面ですよね? 接点も無いのにどうして」


「……ぼれ」

 ビビットさんが何かボソッと呟くが、はっきりと聞こえなかった。


「はい?」 「ホ?」


「一目惚れだって言ってんだ!!」


「ひ、一目惚れですか~……」 「ホ~?」

 冒険者は基本的には日雇いのような働き方なので、毎日ギルドへ来る以上ロングの事を目にしていても何ら不思議はない。

 好みは人それぞれだし、ロングに一目惚れをしたっておかしくはないか。


「確かに狸っぽくて可愛げがあって、気持ちの良い青年ですもんね」


なんだよ! あたしは一目見て心奪われたよ。小柄で、サラサラの茶髪にぴょこんと可愛らしい耳、なんだか守ってやりたくなる風体をしているだろう?」


「ま、まぁ俺も初めて会った時は可愛らしいと思いましたね」


「そうだろそうだろ!……でもあたしだってそれなりに人生色々とあった、そこまでウブじゃない。だから"キャシー"に相談していたのさ、『ロングの人となりが知りたい』ってね」


「事前知識は仕事クエストにおいても大事ですもんね」


「いくら見た目を気に入っても、ろくでなしじゃお呼びじゃないからねえ」


「ロングはいい奴ですよ、一生懸命で明るくて。少しおっちょこちょいな所がありますけど指摘したら改善されましたし、人の意見に耳を傾けられる柔軟な心を持ってます」


「あたしも今日一緒に仕事をしてみて感じた。ロングを益々気に入ちまったね……」

 真剣な表情のビビットさんを見ると、本気なんだという事が伝わってくる。

 

「あんたには悪い事したね。だしに使うような真似しちまって」


「俺が何かしましたっけ?」


「キャシーに相談したって言っただろう? そん時に『一緒にクエストに行けば人となりが見えてくる』ってアドバイスをくれたんだ」

 危機的状況ほど人間は本性が出やすいと聞いたことがある。

 確かに冒険者の仕事は危険な事も多い、『一緒にお茶するデート』よりも、相手を理解するのに適したシチュエーションかも知れない。


「あんたがロングと知り合いなのはキャシーから聞いて知っていたから、本当はあんたを介してロングを紹介してもらおうかと考えてたんだ」


「直接誘えばよかったんじゃないですか? そしたら一対一になれますし」


「ば、馬鹿! 恥ずかしいだろ……」


「そ、そうですねすみません」

 乙女だ……ベテラン冒険者ビビットでは無く、"恋する乙女ビビット"が俺の前に着席している。


「そこへ来て今朝ごろつきの件だ。いざとなったらあたしもロングを助けるつもりで居たんだ。そこへあんたがやって来て二人が揃った。クエストに誘うのにおあつらえ向きの状況だろう?」


「なるほど」


「ヤマト、あんたに頼みたい。協力してくれないかい? この恋は急ぐつもりはないんだ。惚れる相手なんて、もうあと何人現れるかわからないからねえ、だからゆっくり攻めて行こうと思ってる」

 ビビットさんは最後の恋かも知れないと、不退転の決意のようだ。


「俺はどう協力すればいいでしょうか? 正直恋愛事はさっぱりでして」


「そうだね……まず一番重要な事はロングに"恋人"が居るかどうかだね。その辺の探りを入れて欲しい。後はそれとなく、またクエストに一緒に行けるよう誘ってくれりゃ、そこからは自分でロングをものにするさ」


「それぐらいならお安い御用です。不信の無い程度にビビットさんのプレゼンもしておきますよ」


「恩に着るよぉヤマト~。リーフルちゃんの今日のご飯はあたしが上等な物を買ってやる! 中央広場へ行くよ!」


「ホーホホ! (タベモノ!)」


(それにしても経験値零の俺が恋愛相談に乗る事になるなんて……)

 そうは言ってもビビットさんは真剣そのもの。出来る事なら成就して欲しいと思う。

 ロングとはたまに一緒にクエストに行く事もあるので、ビビットさんのフォローもしやすいだろう。

 ロングがどういう女性が好みなのか、聞き出しておくのもいいかもしれない。

 恋の駆け引きに自信は無いが、情報収集なら慣れている。精一杯協力しよう。


 今日は朝から柄にもなくごろつきと対峙して危険を犯したり、矢の準備を怠ったり、反省すべき点の多い日だった。

 パーティーを組むのが効率が良く安全性も高い事は毎度思う事だが、ソロだろうが複数人だろうが準備が大事なのは変わりない。

 

 こうして予想外の人物から予想外の相談を受けた俺は、自分の恋愛経験の無さに後悔の数が一つ増えたのだった。

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