第63話 森の洗礼 1


 休息を終えた俺達は再び小川に沿って捜索を再開した。

 クリアウォーター浄化水を採集するのであれば、この辺りのはずなのだが、対象の姿も痕跡も発見できない。

 もう少し進むと崖に突き当り、滝が流れていて、わざわざ出向く必要性が無く望み薄なのだが、念のために洗っておこうという事になった。


「魔物から逃げて……という痕跡も今の所無いですよね」


「ローウルフにしか遭遇してねえって事は、それ以上の魔物は近くに居ねえって事だ。だが油断はするなよテメェら」


「了解っす!」



 百メートル程の規模の滝が流れる突き当りに到着した。

 滝つぼに向かって流れる水の勢いはすさまじく、自然の雄大さを物語っているような迫力で、舞い上がる水しぶきと漂う冷えた空気に圧倒される。

 水浴びでもすると気持ちが良さそうで、淵からは小型の魚の影が見え隠れしており、観光目的であれば心躍る風景なのだが、捜索対象の足取りが掴めずにいる現状ではそうも言っていられない。


「ラーデルさん『ぺーぺー』という事でしたので、これ以上──崖の上とかには進んでいないはずですよね?」


「だろうぜ。そもそもここまででも怪しいもんだがな」


「一度戻るっすか? あんまり長居してると夜になるっす」


「ふざけんなタヌキバカヤロー! 対象はガキだ、俺の経験から言って、救助できるまでの残り時間がねえんだよ!──だがタヌキ、テメェの判断は正しい……テメェらだけ先に帰れ」


「タヌキでもあるっすけど"ロング"っす! 帰りません!」


「そうか、。ヤマト、帰って増援を送れ。俺は捜索を続ける」

 今までのただ乱暴なだけの雰囲気と違い、真剣そのものの、幾度もの修羅場をくぐってきたであろうベテラン特有の鬼気迫る表情できっぱりと言い放つ。


「うっ……」

 気圧されたロングがたじろぐ。


(今の言葉の意図するところ……)

 ラーデルの実力を考えれば、俺達二人よりラーデル一人の方が遥かに強い。

 だから対魔物という観点で見れば、俺達が街へ戻り一人きりになろうと大した問題にはならない。

 探し出すという点においては、ここまで来たのにも関わらず、痕跡一つ見当たらない現状を鑑みると、捜索に当たる頭数を増やし、範囲をカバーするしかない。

 陽も暮れ始める今から俺達三人が散り散りに捜索するなんてもってのほか、少しでも救出する確率を上げるのであれば、今回に関しては二、三パーティーに応援を頼む必要があるだろう。

 だがそうなると一人頭の報酬が雀の涙程になるので、了承する者がいるかどうか……。


「……分かりました。ラーデルさんなら既に承知の事とは思いますが、出来る限り説得してきます」


「そうだ、ヤマト。だからテメェは信用出来る。頼んだぞ」


「ラーデルさんもお気をつけて」


「バカヤロー! さっさと行きやがれ!」


「ロング、急ごう」


「っす……」



 滝まで進んで来たルートには俺達の匂いが残っている為、街へ戻るには別のルートを選択する。

 森の中では疾走したい気持ちを抑え、早足程度に留めるのが鉄則で、なるべく魔物達に気取られないように街へと急ぐ。


「ラーデルさん、大丈夫っすかね? 強さはこの目で見たから心配ないっすけど……」


「不測の事態の事だよね。大丈夫、慎重さから来る俺達の予測よりも、ベテラン達は"経験"から予測をしてる。よっぽど真に迫る予測を立てているはずだから、心配要らないはずだよ」


「なるほどっす」


「俺達の方が警戒しなきゃね。俺もロングも、まだまだ戦闘に関してはそれこそ『ぺーぺー』だしね」


「そうっすね!」


「ホホーホ! (ナカマ!)」


「大丈夫っすよ~リーフルちゃんは自分が守るっす!」 

 


『~い……』


「ん? ちょっと待ってくださいっす……」

 ロングが立ち止まりタヌキ耳に手を当て集中している。


『誰か……くれ~』


「……やっぱり、誰かいるっす!」


「対象者かな、向かおう」



「誰か居ないのかよ~……助けてくれ~……」

 そう遠くない距離、声のする元へたどり着くと、ロングと然程変わらない年頃の青年が、植物のツルのような物に絡まり、身動きが取れずに必死に叫んでいる光景が目に入った。

 ラーデルから事前に得た情報より、背格好、年の頃から推測するに、恐らく捜索対象者だと思われる。


「君! 大丈夫か!」


「──助かった! げっ!……平凡じゃん。終わった……」

 俺の姿を見るや否や、青年が落胆した表情を見せる。


(随分な子だなぁ……)


「失礼な奴っすね! 助けに来てあげたんすよ!」


「ちぇっ。平凡と新米ロングかよ……さっさと頼りになるやつ連れて来てくれ~」


「なっ……なんて生意気な奴っすか! ヤマトさん、ほっておいて帰るっす!」


「そうだなぁ、帰ろうか」 「ホー! (テキ)」


「ちょちょ! 冗談だって、助けてくれよ~……」

 先程から言葉の威勢はいいが、顔色が悪く四肢に力が入っていない様子で、命の危機に瀕している事は間違いない。

 彼の両手足は硬く絡め捕られており、傍には装備品と思われる大剣が転がっている。

 見たところ身体は小さめなのに、大剣を装備しているとは身体能力の方は中々高いようだ。

 ラーデルの予想通り、覚えのある腕と若さが相まって、無理を通して森に来てこうなった、という所だろう。


「しかしこの植物はなんだ……ロング、何か知らないかな?」


「自分にも分からないっす……それになんだかウネウネ動いてるっす。ブルッ──」

 不快そうに尻尾と耳の毛を逆立たせ身震いしている。

 ロングの反応は俺も共感するところで、ツルは何やら獲物を探し回っているかのような振る舞いを見せ、不気味に蠢いている。

 その根元を辿り目で追っていくと、立ち並ぶ木の間、繁みの中に、高さ三メートル程の巨大な花の蕾のような植物が見えた。

 植物はその蕾からこの辺り一帯にツルの触手を伸ばしており、恐らく接触してしまうと絡みついて来るものと思われる。

 

「君! この植物が何か知ってるか!」

 不用意に近付く訳にもいかず、遠巻きに情報を集める事にした。


「知らねえよ~……気付いたらなってたんだ……」


(仕方ないか……ここは森の中、少々太いツルや枝なんて、この植物の生態を事前に知ってないと俺でも気に留めないだろうし)


「ヤマトさん、どうしましょう。火は危ないっすよね?」


「そうだね。彼ごと燃えちゃうし、森に延焼する可能性もあるしね」


「も、燃やすだって?! やめてくれ~! こんなとこで焼け死ぬなんてごめんだ!」



 ふいに何者かが向かってくる足音が聞こえてくる。


「──グオォォーー!!」


「「!──」」

 二人、音のする方へ振り返る。

 

「──ブラックベア!?──ロング! 焦らずに、よく観察しながらだ!」

 救助方法を話し合っている最中、後方から突然ブラックベアが襲撃してきた。


「教えは守るっす!」

 実際俺達二人では分が悪いのは百も承知で、それはロングも理解しているはず。

 だが要救助者が後ろに控えるこの状況では、俺もロングも焦りを懸命に隠し、必死にブラックベアに向き合うしか選択肢は無い。



 ……ダンッ!!

 一触即発の間合いギリギリで急停止したブラックベアが後ろ足で立ち上がり、足踏み一つ、その大きな体躯を誇示するかのようにこちらを威嚇している。


「グルルル……」


『タベモノ』

 念が伝わってくる。


タンク盾役無し、機敏に動ける者も無し……どうしたものか)


「グオォォーー!!」


「ガァアウ!」

 ロング目掛け距離を詰めたブラックベアが凶悪な爪を振り下ろす。


「見てるっすよ!!」

 すんでのところでしゃがみ込み、爪の攻撃を紙一重で躱す。


「スキあり……じゃないっすね!!」


 ブンッ──


 爪を躱し、懐に入り込んでいる状況なので、反撃のチャンスかと思われたが、予想外にブラックベアはそのままの勢いで裏拳を繰り出した。


「ロング!!」


「っふぅ!」

 しっかりと相手の観察を継続していたロングは後ろに転がり、見事に裏拳も躱す。

  

「ロング! すごいぞ!」──ギリリッ


「──ガウゥゥッ!!」

 ロングを援護する為に放った矢は、ブラックベアの腹部に命中した。


「……グルルル……」

 矢を二本受けたというのにも関わらず、大してダメージを負っている様子がない。


「──ロング、大丈夫か?」


「まだまだ動けるっすよ!」

 やせ我慢なのは承知の上、ロングはハンマーを硬く握り締め、眼前の敵を見据える。

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