第62話 優心のラーデル
先程見事な剣捌きを見せ、一瞬のうちに二匹のローウルフを撃退したこの人物の名前は"ラーデル"。
俺達と同じく冒険者ギルドサウド支部所属のベテラン冒険者、通称『優心のラーデル』と呼ばれている。
どうやら俺とロングは、今回ロストルールの適用対象と
「そんなに奥まった所までは行けねえはずだ。物音に注意していけよ」
「了解です」
「……っす」
まだ警戒心が拭えないといった様子のロングが控えめに返事をする。
(ロングはどうも初見のようだし、説明してあげないと)
「ところでラーデルさん、先程のギルドでのやり取り──まだ三日経って無いからキャシーさんが渋っていたんですよね?」
「なんだバカヤロー! 死んでからじゃおせえんだよ! 年の頃もそこのタヌキと変わりねえ、技術もぺーぺー、それで森に行こうとするなんざ舐めてやがる! だからキャシーに説教してやったまでだ。ふん!」
(ラーデルさん……相変わらず口調で損してるよなぁ)
「ど、どういう事っすか?」
「要約するとこうだね『分不相応な新米冒険者が無理強いして森に入るクエストを受注した。帰還予定日時を過ぎても帰って来ないので、ロストルール適用前だが、心配なので捜索に来た』って感じかな?」
「なるほどっす……あれ? という事はやっぱりこの人って……」
「はは、俺も初見の時はどやされたもんだよ。口調自体は荒々しい、でもよくよく言葉を精査してみると、実際には"優しい"事を言ってるんだよね」
「でも自分さっきギルドで『死にてえのか!』って言われたっすよ?」
「あぁ。それは『相手の力量も推し量ることなくむやみに対峙するんじゃない』って意味だよ」
「むぅ……なんだか難しいっすね?」
「ロングも接していれば段々わかると思うよ? まだ出会って数刻も経って無いって状況だし、相手の事がよく分からないのはラーデルさんに限った事じゃないよね」
「……確かにヤマトさんの言う通りっす……ちょっと目線を変えてみるっす!」
「バカヤロー! 何くっちゃべってやがる! テメェら死にてえのか!」
「すみません!」
「『ここは森だ、警戒を怠るなよ』だね」
小声でロングに翻訳する。
「うん……目線を変えると、自分にもそう聞こえたっす」
◇
捜索を始めて二時間程経っただろうか。
件の新米冒険者が受注したという森の清水──
ここまでの道中、最近出来たであろう戦闘跡も無く遭遇した魔物もローウルフ程度で、痕跡を掴めずにいた。
「休憩だ。ヤマト、ショートソードをよこせ」
「はい、どうぞ」
「じゃあ自分見張ってるっす!」
「テメェ、タヌキバカヤロー! 遠慮なんかするんじゃねえ!」
「ご、ごめんなさいっす……」
「黙って休んでりゃいいんだよ! ヤマト、そいつにちゃんと教育しておけよ。俺は一回りしてくる」
「分かりました、お気をつけて」
「なんだテメェバカヤロー! お前らこそな!」
乱暴な口調とは裏腹に、ラーデルは二本のショートソードを構え率先して見回りへと出掛けて行った。
「ヤマトさんはラーデルさんの事知ってたっすか?」
「うん。ロングはサウドに来てそんなに経って無いもんね、仕方ないかも。ラーデルさん、ああやっていつも救助や捜索に遠出しているから、タイミングが合わないと知らないのも無理ないか」
「へぇ~、いつも人助けしてるんすね」
「"ベテラン"の時点で皆が一目置いてるって事は、ビビットさんを知ってるロングなら分かるよね? あの口調であの雰囲気だから、誤解されることもままあるけど、ギルドでは『優心のラーデル』と呼ばれて有名なんだ」
「そうなんすね!──でも、なんだかベテランの人達は一癖ある人が多いっす」
「我の部分と協調性のバランスなのかもね。この稼業を続けるならしっかりとした"自分"を持ってないと生き残るのは難しいと思うんだ。かと言って我が強すぎても不和を産む。タイプ的には俺とロングなんかは協調性に寄ったバランスの冒険者だから、ベテランのそういう部分が珍しく見えるのかもね」
「……やっぱりヤマトさんはすごいっす。さすがっす!」
「大袈裟だなぁ」
「ホー! (テキ)」
「む……」
リーフルが持ち前の聴覚を発揮し、俺達に教えてくれる。
「ガサガサ……」
「偉いぞリーフル……あの繁みに隠れる程度の体高となるとローウルフか。ロング、俺が弓で先制するから止めを頼む」
「了解っす……」
ロングが低い姿勢のままハンマーを構える。
「ギリリッ……」
弓を引き、構える。
「バッ──ガアウッ!」
読み通りローウルフが繁みから飛び出し俺達目掛け飛びかかって来た。
「シュッ!──」
「──ドス! キャンッ!」
放たれた矢はローウルフの左肩に命中する。
「ダッ──止めっす!──」
ロングが怯むローウルフに駆け寄りハンマーを振り上げる。
「──ボゴッ!!──ギャンッ!……」
正確に振り下ろされたハンマーに圧され、ローウルフは沈黙した。
「ダダダッ──ザザーーッ」
「──テメェら!……ふう。ちゃんと仕留めたか。すまねえな、向こうで一匹取り逃がしてな」
ロングの止めの一撃からほんの数秒後、ラーデルが繁みを突き破り、勢いよく戻って来た。
「いえ、こちらこそ見回りをありがとうございました」
「あん?……タヌキ、そのハンマーよこせ」
ラーデルの鋭い視線がロングの持つハンマーを睨みつける。
「な、なんすか。自分の唯一大事な武器なんで……ガッ」
ラーデルが強引にハンマーを奪い取る。
「テメェ……ここはこうしてだな……」
ラーデルが薄手の布を取り出し、ハンマーの握り部分に巻き付けていく。
「ちょっと持ってみろ」
「はい……あ! この形……持ちやすいっす! それに柔らかくて手の豆も痛くないっす!」
ハンマーを受け取ったロングは素振りしながら感嘆の声を上げる。
「ありがとうございます。よかったなロング」
「ありがとうございます!」
「バカヤロー! それでちったぁマシに振れるだろうよ!」
「ラーデルさんすごいっすね! 一目見ただけで武器の改善点を見抜くなんて」
「テメェタヌキ、俺達冒険者にとって得物は"命"と同義だろうが。疎かにしていい理由があるか!」
「勉強になります」 「ホ~」
「……」
ロングがハンマーを握ったまま俯いている。
「ロング、どうした?」
「……ラーデルさん、ごめんなさいっす! 自分、誤解してたっす……ヤマトさんの言う通り、ラーデルさんは頼りになる大先輩っす!」
心根の綺麗なロングの事、恐らく先程までのラーデルに対する疑心を後悔しているのだろう。
ラーデルが誤解されやすい振る舞いの人物なのは間違いないので、ロングはそれ程気にする必要も無いとは思うが、さすがと言うべきか、すぐさま反省し謝罪の言葉を伝えるとは。
俺もロングのそういう清々しい所を見習わないといけないと、頭が下がる想いだ。
「っけ……バカヤロー! すぐ人を信用するんじゃねえ! テメェは知らねえだけだ、俺がなんて呼ばれてるのかをな」
握る両の拳に力が入る様子が窺がえる。
「ラーデルさん、それは……!」
「『泥棒ラーデル』それが俺のあだ名だ」
今までと違い、どこか覇気のない、哀愁漂う表情でポツリと呟く。
「? 泥棒?? どういう事っすか?」
「ロング、違うんだ。ラーデルさんは──」
「──バカヤロー! 余計な事はいいんだよ!」
「いいえ! それに関しては前々から俺も腹に据えかねていたんです。ロングに説明します」
「ヤマトテメェ……っけ」
「……ありがとうございます。ロング、ロストルールで他の冒険者の介入があった場合、報酬を折半する決まりなのは知ってるよね?」
「講習で習ったっす!」
「腕に覚えのある冒険者にはプライド高い人もいる。ギルドの判断でラーデルさんは救助や捜索に向かっているのにも関わらず『俺は実は戻れたんだ』とか『ラーデルが強引に介入してきた』とか」
「
「そんな! ひどいっす……」
「だよね? ラーデルさんはそんな事気にせず人助けしているけど、俺含め本分を心得てる人達からすると、その風評には腹が立つんだ」
「っけ。事実俺は救助や捜索ばかりして、ギルドに持ち寄られる"依頼"を解消してはねえからな。あながち嘘でもねえ」
「いいえ違います。貴重である冒険者の減少──命を救ってるんです。唯一無二の
「そうっすね……自分もそう思います!」
「お前ら……」
握る拳の緊張が緩み、心なしか、ラーデルの纏う空気が森の清浄の中に溶け込んでいったように感じた。
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