第61話 捜索


「だからヤマトさん!……自分、こんなに恐ろしかったの、ラークピラニーの不意打ちを受けたあの時──ううん、あの時以上っすよ!」


「あの現場自分も見たっすけど、激しい戦闘跡だしヤマトさんの姿は無いし」


「──ヤマトさんが立ち寄りそうな所は全部探したっす! でも誰も見てないって言うし……」

 

「ごめんてば、怪我も負ってたしすぐには帰れなかったんだ」

 ギルドと併設の酒場の席。

 テーブルを囲み近況報告をしているのだが、ロングは先程からずっとこの調子で、お説教が続いている。


「まぁヤマトさんの事っすから、絶対大丈夫って信じてたっすけど……」


「ホホーホ(ナカマ)」


「リーフルちゃんも無事でよかったっす!……とにかく気を付けて欲しいっす。自分、ヤマトさんの事はお兄ちゃんみたいに想ってるっすから。弟に心配かけるのは良くないっす!」


「ごめんごめん……」

 


『バカヤロー! ふざけんなテメェ、コノヤロー!』


「な、なんすか!?」

 ギルドの受付の方から突然荒々しい大声が聞こえて来た。


(ん? 怒鳴り声……)


「ああ!? キャシーさんが誰かに絡まれてるっす! 助けに行くっす!!──ガタッ」

 キャシーを案じ、その純真な心を滾らせたロングが立ち上がり、躊躇なく駆けて行ってしまった。


「──あ、ロング!……行っちゃった」 「ホ(イク)」

 俺も後を追い受付へと向かう。



「──ですのでそう言われましても……」

 キャシーが戸惑いの表情で応対している姿が見える。


「うるせえバカヤロー! どうするんだ!」


「ちょ、ちょっと待って欲しいっす! キャシーさんが困ってるっすから!」

 ロングがキャシーを庇うように間に割って入る。


「あぁ? なんだテメェ、見ねえ顔だな……タヌキの獣人か」


「そうっすよ! そんなことより! ギルド内で乱暴はいけないっす。キャシーさんは自分達冒険者のお母さんのような存在……守るっす!」


「あ~ん? いい度胸してるじゃねえか。バカヤロー! 死にてえのか!」


「な、なんて乱暴な人っすか……じ、自分には"ヤマトさん"っていうちょ~慎重で、ちょ~真面目な冒険者の先輩もいるっす! 二対一っすよ!」


(ロング……その表現だと全然頼りになりそうに聞こえないぞ)


「ヤマトだぁ?? だったらなんだ。俺の邪魔するってんなら、その体にじっくりと言い聞かせてやる必要があるなぁ?」


「じ、自分も冒険者の端くれっす。仲間は守るっす!」


「あの、すみません」


「おぉ?──テメェヤマト! バカヤロー! コノヤロー!」


「どうされましたか?」


「──丁度いい……ヤマト、タヌキ、ちょっとツラ貸せや」

 急に態度が落ち着いたかと思うと、俺達を見据えそう告げる。


「よく分かりませんが、分かりました」


「え!? ヤマトさん……この人なんだか危なそうな人っすよ……」

 ロングが小声で呟く。


「なんだぁ? タヌキ、コソコソと作戦会議か?」


「な──何でもないっすよ!」

 ロングが少し憤りの表情を見せる。

 

 俺達は言われるがままギルドを後にし裏門から森方面へと向かった。


 

 森と草原の境界から少しの距離、魔物除けの魔導具が備えられた、森へ出入りする冒険者達の為の休憩所までやってきた。

 街からここまでの道中、ロングは終始警戒の表情を浮かべ、常に片手は背負うハンマーを握っていた程だ。


「そろそろ教えて欲しいっす。こんな所に自分達を連れて来て、一体どういう要件なんすか」

 ロングが怪訝そうな表情を浮かべ問いかける。


「なんだテメェ、バカヤロー! 何か文句でもあるのかよ?」


「あ、当たり前っす! 大体、何者なんすか! 乱暴だし強引だし、自分達を森まで連れて来て……どうするつもりっすか!」


「決まってるだろうが! 今からお前らには俺の忠犬として働いてもらう。いや、忠か?」


「なっ!……いい加減にするっす! ヤマトさん、帰りましょう! 付き合ってられないっすよ!」


「忠犬……ラーデルさん、やっぱりそうだったんですね」


「おうヤマト。テメェは物分かりがいいな」


「?? どういう事っすか?」


「ロング、ロストルール失踪者救済措置の事は知ってるよね? それだよ」


 俺達冒険者は依頼を受注する際、凡そでもいいので帰還予定日時を申告する必要がある。

 そして、何らかの理由により予定日時を越えてしまう場合、クエストの成否に関わらず、申告した帰還予定日時から数えて三日以内に一度ギルドへと戻り、安否報告をしなければならないという規定が設けられている。

 ロストルールとは、帰還期限の三日を過ぎ、"失踪者"扱いとなった冒険者を、他の冒険者が捜索に向かう制度の事だ。


 先日の俺の場合は少々事情が異なるが、俺の事を捜索してくれた未知の緑翼のように、ギルドからの要請にて、当事者でない冒険者が他のクエスト遂行中の冒険者の捜索に当たるのは珍しい事ではない。

 ロストルール適用時には、その依頼において他の冒険者の介入があった場合、支払われる予定であった報酬は、規定により有無を言わさず折半しなければならいという決まりがある。

 そういった訳でこのロストルールの猶予期間には、不要不急の、強引な介入を避けるという意味合いも含まれる。


 この世界において、安定的に活動出来ている冒険者の存在は貴重だ。

 仮にクエスト遂行中の冒険者が遭難や、負傷等で身動きが取れない状況に陥ったとする。

 人間は食事を摂らずとも二、三週間は生きられるらしいが、"水分"が摂れない状況だと凡そ三日前後の命、というのが共通の認識として冒険者の講習の際に教わる事だ。

 もちろん失踪の原因としては"魔物"もあるが、仮に生き延びていたとしたらと、その生還できるギリギリの想定から、三日間という期日が設けられている。


「え、でもだったらキャシーさんと揉める理由が無いっす」


「あぁ、それはね……」


「うだうだ言ってんじゃねえ! 対象の情報だ──ピラ。さっさと始めるぞ」

 ラーデルは捜索対象の情報が書かれた紙を俺達に手渡し休憩所から森へ歩き出す。

 俺は怪訝そうにしているロングの背中を押し、後を追う。



(捜索となるとショートのように"狩人"の技術が欲しいところだな……一度腰を据えて習ってみるか……)


「ヤマトさん、さっきの話っすけど……」


「ガサガサ……」


「しっ……足音二匹分──ローウルフだな」

 先行するラーデルが注意を促す。


「「ワオーーン!!」」

 こちらに気付いた二匹のローウルフが突進してくる。


「テメェらは後ろで見てろ」

 ラーデルはそう告げると、腰に二本帯びるショートソードを抜き放ち、矢の如く突撃した。


「ダダダダッ──」


「ギャウッ!!──ガウッ!!」


「──シュシュン──スパパッ!!」

 

「──ドサドサッ……」

 二匹同時に迫るローウルフの間をラーデルが通り過ぎ、一瞬鈍く輝く剣の軌跡が見えたかと思うと、後には二匹の亡骸が転がっていた。


「わ、うわ! す、すごいっす……」


「すごいね……」 「ホ~……」


「……」

 ラーデルは目を瞑り手を合わせローウルフ達に合掌している。


「そうだ、ヤマトお前、確か得物は短剣だったな?」


「そうです──ス」

 先日念のためにとリオンから購入した短剣を見せる。


「こいつは……テメェバカヤロー! なまくらじゃねえか! いつものはどうした!」


「すみません……諸々の事情で、今はロングソードを仕立ててもらっているところでして」 


「諸々の事情……そうか、なるほどな。バカヤロー! 念の為こいつを使え!──チャキ」

 ラーデルが左手に持つショートソードを差し出す。


「あ、はい。すみません、お借りします」


「あれ……?」


「そうそう、ラーデルさんはね……」


「──無駄口叩く前に捜索だ! いくぞ! バカヤロー!」

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