第63話 森の洗礼 2


(ブラックベアとしては平均程度のサイズ……こっちの手札は弓と短剣とハンマー。刃物といっても短剣じゃ切り裂くには難しいだろうから……)


「ロング、切り伏せるのは無理だ。脳震盪を狙うしかない。俺が注意を引くから、タイミングは任せるよ」


「了解っす!」


「待っててくれよ、リーフル──」

 肩を大きく素早く揺らし、リーフルに離れるよう促す。


「ホーホ(ヤマト)」──バサッ

 お利口に、ツルが蠢く範囲を避け、樹上へと退避する。


「グルルル……バキッ!」 

 ブラックベアが自身の腹部に突き刺さる矢をそのままへし折る。


『タベモノ』

 またも念が伝わってくる。

 

「グオォォーー!!」

 ダダダッ!

 咆哮一つ、ブラックベアが突進してくる。


 短剣を抜き、注意を俺に向けるためにロングの前に一歩躍り出る。


(避ける事を最優先──欲はかかず……!? いや、違う! あの青年に向かってるのか!!)

 駆けだした方向、見据える視線から、どうやら狙いは俺達では無く、ツルに捕らわれている青年に向いている。

 相当腹を空かせているのか、確実に仕留められそうな青年へと狙いを変えたようだ。


「──くそっ! 間に合え!!」


「ヤマトさん!!」

 

「っく!」

 俺の駆けるルート上には運良くツルが邪魔をしておらず、ブラックベアの到着より先に青年の下に辿り着くことが出来た。


 ダンダンダンッ──


「──グアァウ!!」

 しかし数舜の後、ブラックベアも辿り着き、その凶悪な爪を俺目掛け振り下ろす。


(っく……短剣──)


(──いや、これだ!)

 短剣を手放し、視界の端に見えた大剣を咄嗟に拾い上げる。


 ガキィンッ!!

 ぶつかり合う甲高い衝撃音が響き渡る。


 ──キンキンキンッ!!

 ブラックベアは攻撃の手を緩めず爪の連続攻撃を繰り出す。


(お、重い……!! ぐぐ……長くは持たないっ……!)

 加護のおかげで筋力が増えたとはいえ、所詮"ロングソード"が振れるようになった程度。

 大剣とブラックベアの体重の乗った猛攻撃を受け続ける余力は無い。

 

「ヤマトさん!!──」


「──どっせいっ!!」

 後ろから追いついたロングが隙を逃さず、ブラックベアの頭部目掛け思い切りハンマーを振り下ろす。


 ──ボゴッッ!!

 

「ガフッ──」

 直撃を受けブラックベアがよろめく。


「ぐっ……このっ!──ドシュッ!!」

 大剣をブラックベアの胴体に突き立てる。

 

「ギャンッッ!!」

 しかし大剣の重みと激しい連続攻撃で手が痺れ、力が入りきらず、胴を貫けずに大剣を掴まれてしまった。


「グアァウ!!」

 大きな爪が振り下ろされる。


(避け……切れない──!)

 大剣を手放し回避に移るが、間に合わない。



 ──スパパパッッ!!


「グオ……」

 万事休すかと覚悟した刹那、一瞬のうちに刃物が幾度も空を切る音が聞こえたかと思うと、ブラックベアはその身をバラバラに地面に崩れ落ちた。


「──お前ら無事か!! バカヤロー! まだこんなとこに居やがったのか!」


「ラーデルさん!」


「た、助かったっす……」


「説明は後でしてやる! 一旦この場を離れるぞ!」

 ラーデルの持つ二本のショートソードは、その圧倒的剣技を体現しているかのように、木漏れ日を反射し美しい輝きを放っていた。



 捜索対象の青年を遠巻きに観察出来る距離まで一旦下がり、ラーデルと現状のすり合わせを行う。


「本当に助かりました。間一髪でした」

 あの瞬間、爪の直撃は避けられたのかもしれないが、ラーデルの助けが無ければどのみち大怪我は免れなかっただろう。

 

「ラーデルさん、ブラックベアも一瞬で……すごすぎっす!」


「あぁ? のクマを捌いただけだ、簡単だろうが」


「ただのクマじゃないっすよ! 硬いブラックベアの皮膚を簡単に……しかも一瞬のうちに切裂くなんて、すごいっすよ!」


「そういう意味じゃねえ! テメエらが気張って、あと一歩のとこまで追い詰めてたからだろうが! それにヤマト、よく耐えてたな。確かにあのガキを背に動けねえわな」


「あ、いえ。ただ単に攻撃を凌ぐのに精一杯だっただけでして……」


「バカヤロー! それでも守った事に変わりねえだろうが! 同じ事だ!」


「──で、見つけたはいいが、のせいで手が出せないでいたって事だな」

 ラーデルが指差す先、この辺り一帯を縄張りとでも主張するかのようにツルが不気味に蠢いている。


「ええ、すみません。ラーデルさんはこれについて何かご存知ですか?」


「こいつは魔植物の一種、"マンイーター"って名前の人喰い植物だ」


「マンイーターっすか。名前からして恐ろしそうな植物っすね……」


「バカヤロー! 知りもせず森に入るんじゃねえ!」


(連れてこられたんですが……とは言えないよなぁ)


「コクリ……」

 ロングと顔を見合わせ無言で共感する。


「魔植物……そんなものもいるんですね。でもラーデルさんの剣技でしたら、救出可能でしょうか?」


「いや、こいつの道管には強酸が巡ってる。斬る事自体は簡単だが、すぐに得物が使い物にならなくなっちまう」


「えぇっ……見た目も中身も気持ち悪い植物っすね……ブルッ」


「あの青年、顔色が悪いし四肢に力が入っていない様子でした。遠からず限界だと思います」


「だろうな。帰還予定日時から二日半経ってる。それに、マンイーターは絡め捕った獲物の動きを封じて弱らせてから、あの本体に取り込んで栄養とする厄介な習性をしてやがる。そろそろ取り込もうと動き出す頃合いだ。このままじゃどのみち助からん」


「やっぱり燃やすしかないんすかね……」

 

(ロングの言うように火を掛ければツルを伝い、自ずと本体まで到達するだろうから確実だけど……)

 森に延焼する可能性は大きく、青年の事もある。

 ラーデルであればツルを斬り、助け出す事は容易だろうが、そうすると青年が強酸に晒される。

 

「何かマンイーターの動きを止める方法はないんでしょうか……」


「おぉ。だが誰かが犠牲になるしかねえ」


「というと?」


「マンイーターの生命活動の源、"核"はあの蕾の中にある。そいつを破壊出来れば活動も止まる。だがあの蕾を開く時には同時に強酸もまき散らす。接近して核を狙おうにも、強酸の雨に襲われるって寸法だ」


(厄介だな……強酸を防げそうな装備を誰も持ってないし──いや、もしかして……)


「ラーデルさん、核という事は、恐らくそれそのものは"生き物"では無いですよね?」


「あぁ? なんでそんな事……なるほどな。お前のアイテムBOXで取り込んじまおうって考えか」


「ええ、俺のアイテムBOXは生き物は収納出来ませんが、それ以外なら多少の距離があろうと取り込む事が出来ます」


「確かに! ヤマトさんのアイテムBOXなら安全に出来るっす!」


「……よし、現状それしか手がねえのも事実。お前のアイテムBOXにかけてみるか」


 作戦を打ち合わせ、ツルの触手が蠢く一帯へと突入する。

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