第63話 森の洗礼 3


「いいなテメエら! タイミングをよく考えろよ!」

 

「「はい!」」

 ラーデルが注意の号令を発すると共にツルの触手蠢く一帯へ突撃してゆく。



「ま、意思のねえただの防御反応ならなぁっ!」

 余裕の言葉を発しながら前進していく。

ショートソードでツルの表面を撫でるように刺激しつつ、縦横無尽に蠢くツルの中をその俊敏な動きで華麗に避けながら翻弄している。


 

「ルートが出来たら俺達も突入する。サポート頼んだよ!」


「任せてくださいっす!」


「ふ!──っけ!」

 ラーデルは危なげなくマンイーターの本体が待つ奥へと進んでいる。



「──開けた! ロング、行くぞっ!」


「うっす!!」

 捕らわれている青年の辺りまでのツルがラーデルの誘導により奥の方へと移動、隙を逃すまいと俺達は駆けだす。



「う、うぅぅ……」

 青ざめた表情の青年が微かな唸り声をあげている様子が見える。


(苦しそうだな……もう少し辛抱してくれ……!)

 

 青年の救助は後回しに、核を取り除くことを優先する為、脇を駆け抜けてゆく。


「よく観察……よく観察……」

 集中している様子のロングが駆けながらぶつぶつと呟いている。

 


「うじゃうじゃと鬱陶しいバカヤローだ!」


 青年の脇を通り過ぎ、いよいよラーデルの間近まで迫った俺達は、目の前で繰り広げられている光景に驚愕した。

 前後上下左右、ありとあらゆる方角から迫り来る、何本もの振り乱れるツルの攻撃を神業のように避け続けているだけでも凄まじいのだが、それだけでなく、前進する余力さえも見せ、まるでこの状況をかのような雰囲気すら感じる。

 "ベテラン"と呼ばれる冒険者はやはり伊達ではない。



「ふっ!……──ヤマト! そろそろか?!」

 激しく動き続けているにも関わらず、落ち着いた声色でラーデルが声を上げる。


「はい! もう少しで届きます!」

 ここからはラーデルからあまり距離を開けず、すぐにアイテムBOXの操作に移れるよう追従する。



(よし! ここなら届く!)


「ラーデルさん!! いけます! 反対方面へ退避してください!」


「おう!!──気張れよロング!!」

 ロングを鼓舞し、ラーデルはマンイーターの向こう側へとツルの注意を引きつつ駆け抜けていく。


「ヤマトさんは自分が守るっす!」



 弓を引き絞り蕾を狙い定める。


 「っく」

 もう少しで弓の緊張を解き放つといった瞬間、突如視界の外からツルが襲い掛かって来た。


「ヤマトさん!──」

 ロングがハンマーでツルをいなし、即座に防御に回る。


「──自分が引き付けます! もう少し進んで集中出来る位置にっす!」


「ごめん! 任せたよ!」



 急ぎ五メートル程前進、さらに本体の蕾まで接近し再び狙い定め矢を放つ。



 突き刺さる矢に反応したマンイーターの蕾が口を開け、その大きく分厚い花弁に硬く閉ざされた中身を露にする。

 

 ジューーッッ……

 花弁が開くのと同時にマンイーターが周囲に強酸を巻き散らす。

 中心部には毒々しい色合いの大きな球体が収まっており、異様な威圧感を放っている。


「あれだなっ!」──ボワン

 この球体が"核"で間違いないと判断し、異次元空間を出現させる。


 上から下へ、球体を覆うように操作してゆく。


「よし! これで……」


「──ヤマトさん!!」

 ロングの叫び声が聞こえ、振り返る。



「──おわっ!」

 核を収納し、安心感から油断していたところ、ツルの不意打ちを受けたが、身を放り投げるように転がる事でなんとか回避する事が出来た。


 しかし、転げた先で手が花弁に触れてしまい、マンイーターは最後の悪あがきとでも言わんばかりに強酸を吐き出した。


(マズい!!)


 生存本能から咄嗟に頭部を守ろうと腕で振り払う動作をしてしまう。


「…………」


 

(あ、あれ?)


 ジュジューッ……

 強酸の雨に襲われたはずが、逆に核を失ったマンイーターの蕾が自身の酸によって爛れていた。


「ヤマトさん! 大丈夫っすか!!」


「あ、うん……ありがとうロング」

 駆け寄って来たロングに手を引かれ立ち上がる。


「ヤマトさん! 今のなんすか!? 手でバッとやったらズイッと戻ったっす!」


「え……?」


(つまり、俺に降りかかるはずだった強酸が、理を無視してマンイーター自身を襲ったって事か……?)

 

「あれ?? ヤマトさんが何かやったんじゃないんすか?」


「いや……俺にも分からない、けど……」


(この、力が抜けていくような感覚……)

 ロングの目撃証言からすると、何かしらの力が働いたのは間違いない。

 同時にリーフルのスロウが発動した時のような脱力感を感じる。

 ……となると俺の"神力"が作用し、強酸がマンイーター自身に降り注いだと考えるのが妥当なところだろうか。


「でも焦ったっすね~……ヤマトさんがならなくてよかったっす」──ブルッ

 ロングが酸にやられ、爛れたマンイーターを見ながら毛を逆立たせている。

 核を失い、活動を停止したマンイーターのツルも、辺り一帯に力無く地に落ちている。


「なんとかなったね……」


「──お前ら無事か!」

 ラーデルが憂わしげな表情を浮かべ、俺達の下に駆けて来た。


「ラーデルさん! よかった……うまくいきましたね!」


「バカヤロー! テメェコノヤロー! よくやったな!」



 バサッ──


「ホーホ! (ヤマト!)──」


──ス「リーフル! 偉いぞ~、よく避難してたな」

 肩に戻ったリーフルが俺の頬に寄りかかる。

 俺も頭を撫で返し応える。

 


「後は彼を連れ帰るだけですね」


「あのガキは帰ったら説教だバカヤロー」


「恐ろしかったっすね~この植物は……」

 ラーデルが捕らわれていた青年を背負い、俺達も後に続き、街へと歩き出した。



 街へ無事帰還し青年を診療所へと預け、ギルドに戻った俺達は、キャシーに事のあらましを報告していた。

 

「ラーデルさん、あんまり無茶しないでくださいね。ラーデルさんばかりが請け負う事ないんですよ」

 あきれ顔とは少し違う、しょうがないと言った雰囲気の笑顔でキャシーが話す。


「キャシー! そもそもあのガキに受注させたのが間違いだったなぁ!」


「それにつきましては完全にこちらの落ち度です、申し訳ございませんでした」


「ふん! テメェも大変だなぁ? キャシー。なんなら俺が叩き込んでやってもいいんだぜ?」


「いえいえ、それには及びません。ラーデルさんは当ギルドの貴重なベテラン冒険者です。事務仕事まで面倒見てもらうわけにはいきませんよ、ふふ」

 はたから見ると飛び出す言葉は乱暴だが、この場の雰囲気は自然そのもの。

 キャシーも慣れたもので、ラーデルの言葉の真意をよく理解しているようだ。


「新人の受付さんが、あの青年の圧に負けて、了承印を押しちゃったんだってさ」


「そういう事だったんすねぇ……」

 用を足しに少しの間離席していたロングに小声で説明する。


「──それより早くよこせ。久しぶりに痺れる土壇場で流石に疲れたぜ……」


「はいはい──ご協力ありがとうございました。本件の謝礼金はこちらとなります」

 柔らかな笑顔と共に、硬貨の入った袋を取り出す。


「っけ、少ねえな」

 ラーデルが報酬を懐にしまい込む。


「ヤマト、ロング、テメェらもとっとと帰れ。寝る前に身体をほぐすのを忘れるんじゃねえぞ、バカヤロー!」

 そう言ってラーデルは、何かを指ではじくとそのまま去って行った。


「ホホーホ~(ナカマ)」

 リーフルが挨拶している。


「おわっとっと」

 慌ててつかみ取る。


「『少ねえな』ですって、ふふ。いつもそう言って帰るのよね」


「行っちゃったっすね……今回はタダ働きっすね……」


「ううん、ロング。これ見て、金貨が二枚」


「えっ! お礼って事っすかね……それにしては多すぎるっすね? キャシーさん、今回の報酬っていくらだったんすか?」


「そうですねぇ……本件の元クエストの報酬が銀貨二十枚、その半額が謝礼金となりますので、御三方が受け取られる金額は銀貨十枚ということになります」


「ええ!? これだけ苦労して一人頭たった銀貨三枚ちょっと……めちゃやす──え? という事は、ラーデルさんとんでもなく赤字っすよ!?」


「『優心のラーデル』ここサウド支部にあり! だね」


 今回の冒険は、ロングからすれば少々気分の悪い出だしだっただろうと思う。

 だがラーデルに認知──名前を呼んでもらえるようになった事は、このサウド支部に所属する上で、かなりの安心材料だ。

 

 冒険者になりたての頃は、無能と揶揄され、自分の弱さ故に何処かのパーティーに所属する事も叶わず孤独に生きていた。

 こうしてギルド内で信の置ける仲間が増える事の安心感は、その身一つでこの世界に放り出された俺が一番よく分かっているつもりだ。

 今となっては多くの仲間も出来たが、ロングには心細い期間は短くあって欲しい。

 まだまだ『頼ってくれ』とは胸を張って言えないが、初対面の時のように、先輩として、ロングを"教導"出来る存在でありたいと思う。

 その為には、俺も今回のラーデルの"ベテラン"ぶりからしっかりと学ぶ必要があるだろう。

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