第64話 先の楽しみ


「ええ本当に、ねぇ?  だから意を決して私言ったんですよ『これ、私が使ってるお化粧道具じゃないわよね?』って」


「は、はぁ……」 「ホ~」


「『いや、これはお前にプレゼントしようと……』って言うんですよ!? どこの世界に中身の減った、のお化粧道具を妻に贈る夫がいます?! 本当に腹が立って……」

 話始めて早一時間、このくだりはこれで三度目だ。


「あ、あのぉ……すみません、そろそろお時間なので……」


「あらやだ。いけないわ、もうそんなに時間が経っていたのね」


「私としては奥様のお話に興味が尽きませんが、申し訳ありません、規則でして……」


「いえいえ、私の方こそごめんなさいね。あなた、聞き手としてすごく優秀だから、つい夢中になってしまったわ」

 マダムに依頼書を手渡し、サインを頂く。


「今日は依頼してよかったわ。あなたにはまたお願いしたいわぁ。次はでお願いするわね」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 高級そうな衣服にアクセサリー、見たままのお金持ちそうなマダムはそう言って帰って行った。



「ふぅ……まぁ浮気の証拠が、となると知人に話すのを恥に感じるのも無理ないだろうしなぁ」


「ホー? (テキ?)」


「そうだなぁリーフル。そういう話だったね」


 今朝は市井の声の中から<話を聞いて欲しい>という依頼を受け、先程のマダムの話し相手を買って出た訳だが、まさかその内容が痴情のもつれに関する事だとは思いもよらなかった。


 こういう案件の場合、会話内容については他言無用のサインをさせられる。

 そもそも他言する気など更々無いし、例え"お金持ち"の弱みを握ったところで、それを活かし、何かで有利に立ち回ろうとか、そういう事も一介の冒険者である俺には必要のない事だ。

 マダムからすれば、わざわざお金を支払ってまでも、誰かに話し、発散したかった事なのだから、どちらにせよ安心して話しが出来たのだと、思ってくれている事を願いたい。


 派手な大捕り物や貴重品の納品等、冒険者仕事クエストも充実感が得られるだろうが、こういった依頼も、冒険者として街に貢献出来ていると感じられて俺は嫌いじゃない。

  


 テテテ──「ワンッ!」

 ギルドで番犬をしている"ラビィ"が元気よく駆け寄って来た。


「ホホーホ(ナカマ)」

 リーフルがラビィの脇に飛び降り挨拶している。


「お、ラビィ~」

 駆け寄って来たラビィの頭を撫でる。


「今日も元気だなぁ。散歩行くか?」


「ワフッ……ワンッ!」

 ラビィがリーフルと追いかけっこをするかのように走り回っている。

 鍛冶屋にロングソードを受け取りに行く予定もあるので、ラビィの散歩とマダムからの依頼達成の報告を兼ねてキャシーに話し、俺はラビィを連れてギルドを後にした。



「ハッハッハッ」

 

「こらこら、好き勝手に走っちゃダメだ」

 首輪に繋がった紐を引き寄せる。


 ラビィはまだ幼いので、周りから見ると少し酷な事のように思えるだろうが『教育するなら幼少期が一番効果がある』というのが、色々なペットを飼っていた経験から来る持論なので、"賢いお散歩"の為に心を鬼にして制御する。

 どのみちラビィにはギルド内で来客の応対や、多少なり威厳のある振る舞いも期待されている。

 番犬──マスコットとして、人間と共に暮らしていくには躾は必要だ。

 まぁそうは言っても一朝一夕でどうにかなる事でもないので、俺以外にもラビィの散歩に行く事のある人達にも注意を促し、徐々に教えて行けばいいと思う。


「ハッハッハッ」


「偉いぞ~ラビィ。自由に走り回るのは表門まで行ってからな」

 ラビィはどうも聞き分けの良い性格のようで、少し指導すると素直に落ち着きを見せる。

 日本に居た頃は犬や猫等、所謂ペット禁止に該当してしまう種類の動物は飼えなかった為、こうして犬の散歩が出来るというのは感慨深い。



「ハッハッハッ」


「ホーホ(ヤマト)」


「うん、着いたね」

 鍛冶工房イーサンに到着した。


 ガチャ──「こんにちは~」 「ホ~」


「おうヤマト、リーフル。ロングソードだな──ん~? 今日はワン公も一緒か! ガハハ」

 扉を開けると、丁度イーサンが商品の手入れをしているところだった。


「ワフッ!」

 ラビィは早速イーサンに頭を撫でられている。

  

「最終チェックは握りの確認ですよね? 楽しみです」


「いや、それがな……お~い! リオン、ヤマトが来たぞ~!」


 カンッ──カンッ……


「──は~い!──あ……ヤマト」

 心なしかリオンの表情が硬く見える。


「どうだった? 何の変哲もないロングソードだって話だったから、切れ味はリオンの腕にかかってるってとこかな?」


「……ヤマトさ、この剣どうしたんだ?」

 リオンは俺の問いに答える事無く、口惜しさ滲む表情で尋ねてくる。


「どうって? エルフ族の長に貰ったんだけど、それがどうかしたの?」


「あ~……先に言っちまうとだな、お前のロングソードの整備は終わってねえ──いや、というべきだな」

 イーサンがリオンに代わり口を開く。


「──ヤマトから預かった後、おやっさんに言われた通り俺は気合入れて研ぎに集中したんだ。お前も真剣そうだったし、ここはいっちょ俺がすげえロングソードに仕立ててやろうと思ってさ」


「うん」


「でもな、研げないんだよ……この剣」


「ん? リオンにはまだ無理だったって事?」


「すまねえなヤマト。この件に関しちゃリオンに非はねえのよ。俺も試してみたが、どうやらその剣、普通のロングソードじゃねえみたいでな」

 王認特級鍛冶師の称号を持つイーサンでさえ研げない剣とは、どういう事だろうか。

 確かに俺は『特別な品では無い』と長に言われ、そういう事ならと遠慮なく頂戴したのだが……。

 まずは事情を聞くのが先決だろう。


「どういう事でしょうか? 劣化し過ぎてて研ぎしろがもう残って無いとか?」


「見せた方が早いわな──リオン、あれを用意しろ」


「はい」

 イーサンに言われ、リオンが何やら深い黒色をした金属と思しき物をテーブルの上に取り出した。


 おもむろにリオンがロングソードを構える。


 「はっ!」

 思い切り振りかぶられたロングソードが金属にぶつかり甲高い衝撃音が響き渡る。


「…………」

 残響がこだまする店内で、俺は訳が分からず只々成り行きを見守る。


「……こいつは"暗黒鉱ダークマテリアル"っつう国内で流通している物の中で一番硬い金属だ。見てみろヤマト」

 イーサンがロングソードに視線を送る。


 ス──

 リオンからロングソードを受け取る。


「刃こぼれ……当然そうなりますもんね」

 見ると、ロングソードの衝突した部分が抉れ、刃こぼれを起こしている。


な。見てろよ……」

 イーサンの言葉に、俺達三人の視線がロングソードに注がれる。


 スススー……


「えっ、なんですかこれ」

 先程試し斬りによって刃こぼれを起こした部分が、みるみるうちに元の形を思い出すかのように復元されいく様子が見えた。


「今見せた通り、俺が研いでも、おやっさんが研いでも、どういう理屈か元の形に戻っていくんだ」


「こんな剣は見た事がねえな。魔法剣の類なら魔力を受け止める何かしらの部品が備わってるはずなんだがな? こいつにはそんな物は見当たらねえし、かといって特別切れるって代物でもねえ──というより、なんなら切れ味は悪い方だ」


「う~ん……なんとも奇妙な剣ですね……」

 

(原型に自動修復する不思議な仕組み、それによって鋭さを高められず、切れ味の悪さが改善される事は無い……か)


「……そういう事情なら仕方ないですね──リオン、ありがとう。当分の間はこの剣で訓練してみる。また予算が出来たら、その時は会心の一振りをお願いするよ」


「ヤマト……任せとけよ! 俺の良い修行になりそうじゃん?」

 

「はいはい──じゃあまたね。失礼します」


「ホホーホ(ナカマ)」

 

「ワフッ!」──ピョンピョン

 ロングソードを受け取り店を後にした。



(さっきの散歩中にはラビィに偉そうな事を言ったけど、俺もラビィと大して差は無いよなぁ……)

 表門へ向かいながら、ふとそんな事を思う。


 預けたロングソードが即戦力とならない事は少々残念な事実だ。

 だがいくら道具の性能が良かろうと、使い手が未熟なら同じ事。


「ホーホホ(タベモノ)」


「はは、そうだなリーフル。表門まで行ったらお昼にしようか」

 リーフルはいつも良いタイミングで前向きになれるよう声をかけてくれる。

 どのみち訓練は必要なので、逆に自動修復する不思議な機能は好都合だと前向きに捉え、研鑽を積んでいけばいいと思う。


「今日はラビィと一杯遊んでやろうな、リーフル!」


「ホホーホ! (ナカマ!)」


「ワンッ!」

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