1-8 生きていく世界

第43話 意欲的に


 以前ロングにサウド周辺について教導したり、ビビットさん達とラークピラニーの討伐に行った際、冒険者として自分にとっても良い復習の機会になったと感じた。

 つい先日には水の精霊──ウンディーネ様と出会い、さらには"神力"なる力の存在を知り、前々から薄っすらと頭の隅にあった願望と俺は向き合うことにした。


 "魔法"の習得だ。

 ユニーク魔法は発現した本人しか行使出来ないが、ネアがよく使う"ファイアーボール"のような攻撃系や、中衛職が余裕のある時に仲間や自分自身に使う"レイズ底上げ・~"などの身体を強化する補助系等メジャーな魔法は、"コモン魔法"と言われ魔導書を読むことで習得することが出来る。

 誤魔化して周りに説明しているアイテムBOXは、スキルであって魔法ではないので、現状俺は魔法が一つも使えないのだ。

 魔法が使えれば仕事クエストの幅も増えるし、安全度も増すと思う。

 ジンネマン親方のお使いクエストのおかげで魔導具屋の場所は覚えているので、期待に胸を膨らませつつ、話を聞きに行ってみることにした。

 


(ここの角を曲がって……そうそう、この看板)

 幸い記憶は鮮明で迷う事は無く、目的の薬瓶の絵が描かれた看板を発見した。

 魔導書の相場も、習得するまでの道筋も、何も知識が無いので、この際一から教えて貰えると有難いと思う。


「──ギィィ……こんにちは~、魔導書を──ん?」 「ホ?」

 扉を開け挨拶を口にするが、店主のご婦人がカウンターに突っ伏し、横では何かのお香らしき物が焚かれている。


「あの~大丈夫でしょうか……」

 恐る恐る呼びかけてみるが、反応が無い。


「……スゥ……スゥ……」

 微かに寝息のような呼吸音が聞こえる、どうやら寝ているようだ。


「どうしようかリーフル」 「ホ」

 強引に起こしていいものか判断しかねる。

 寝ているだけなのか、もしくは何かしらの重要な儀式的なものだとすれば、中断させる事になってしまうので大迷惑になってしまう。


(う~ん……出直すかな……)

 魔法についてはもちろん気になるが、今の所是が非でもという心持ちでも無いので、一旦帰る事にした。


 店を後にし、路地裏を数分歩いた所で、魔導具屋に来る時は見かけなかった子猫が一匹、地面に横たわっているのを発見した。

 親とはぐれたのだろうか、衰弱しているように見える。


「みぃ……」


「子供だけでなんで……ナデ」

 撫でてみるが反応はあまり芳しくない。

 とりあえず水分を与えようと、アイテムBOXから小皿とポーションと水の入った皮袋を取り出し、皿の上でポーションを希釈し口元に置いてやる。


「みゃ──ペロ……」

 ペロペロと舐めているので、摂取は問題ないだろう。

 少しばかりその様子を眺めていると、どこからやって来たのか、一匹の三毛猫が近付いて来た。


「にゃあ~(コドモ)」


(ん? 親猫かな?)


「はむっ──」

 どうやら親猫だったようで、子猫の首元を咥えて立ち去って行った。

 多少は飲めていたし、親猫に保護されたので大事には至らないと思う。

 予後は当然気になるが、野良動物の事なので干渉し過ぎるのも無責任な事。そのまま見送った。


 

「よ! あんちゃん。最近はそいつリーフルをひと撫でしねえと一日の終わりって感じがしなくなってきたぜ。ガハハ!──ス」

 店主がサービスでリーフルの口元へとラビトーを一切れ運ぶ。


「んぐんぐ──ホホーホ(ナカマ)」

 あの後、軽めの仕事クエストを一件こなし、いつもの露店に残飯を買いに来た俺は、少し気になっていたので昼頃に助けた子猫について尋ねてみることにした。


「よかったなぁリーフル──そういえば、この辺りで子猫を連れた三毛猫を見た事はありますか?」


「子連れか……いんや? 見たことねえな。というよりエサやってるあんちゃんの方がその辺は詳しいだろ?」


「まぁそうですよね。ありがとうございました」

 支払いを済ませ残飯を受け取った俺は、いつもの路地裏に向かった。



「にゃあん」 「にゃ~!」 「ワフッッ」


(俺がエサをあげるの辞めたら、こいつらまた盗んだり、に逆戻りだよなぁ)

 エサを食べる様子は見ていてかわいいし、街の人の為にもなっているので、辞める気は毛頭無いが、期待して赴いた魔導具屋でなんの成果も無かったせいか、義務感めいた思いが頭をよぎる。

 人間とは勝手なものだ。

 自ら好きでやっている事なのに、精神状態に左右され、少し億劫に感じるとは。


「にゃあ~(コドモ)」


(あれ? 昼間の三毛猫だ。そういえば今まで見た事が無い子だ)

 この場では初めて見たという事は、普段は俺のエサやりに参加していないという事、今日は何故姿を見せたのだろうか。


「にゃん(イク)」


(ついて来いって言ってるのか? なんだろう)

 気になるので、残飯に夢中になっている他の野良達と別れ、三毛猫の後を付いて行ってみる事にした。



 三毛猫は勝手知ったる様子で路地裏を進んで行く。

 どうやらどこかへ道案内してくれているようだ。

 なんとなくの感覚で言えば、街の表門の方角に進んでいるだろうか。

 地図が無いと迷いそうな少し入り組んだ路地裏を、時折後ろの俺を気にする素振りを見せながら三毛猫は迷いなく進んで行く。



(表門……やっぱり外に行くのかな)

 俺の予想通り表門までやって来た。

 門の隅を通り過ぎ、三毛猫は街から出て行く。

 そのまま街道に沿うように付かず離れずの距離を保ったまま歩いて行く。

 方角から察するに、先日のコナーさんの件で色々とあった林へと向かっているようだ。

 


 林には入らず、街道が視認出来るほど浅い場所で、三毛猫は立ち止まった。

 

「にゃあ~(コドモ)」


「にゃっ」 「ゴロゴロ……」

 三毛猫の住処だろうか、頼りがいのある木が一本生えており、その下の茂みの中に空間があり、昼に水をあげた子猫が元気そうに他の子猫とじゃれ合い遊んでいる。


「にゃあ~(コドモ)」


「『子供は大丈夫だよ』ってことかな?」

 なんとも不思議な、義理堅い三毛猫だなと思っていると、住処の端の方、木の根元辺りに何かが落ちているのを発見した。


「これ……」

 色褪せて毛だらけで、爪研ぎ跡もある。


(金属製……? 薄い板のような……)

 多分三毛猫達がベッド代わりにでもしているのだろう。

 どういった類の物かはわからないが、おそらく魔導具ではないだろうか。

 右端に魔物の魔石か何かをはめ込めるように丸いくぼみがあり、そこから動力を得て機能するような作りだと思われる。

 確信が無いのは魔導書──魔導具等には、あまり触れる機会が無かった為だ。


「にゃーん──てしてし」

 親猫が魔導具らしき物を脚で示しながら訴えかけてくる。


「持って行ってもいいって事? じゃあお言葉に甘えて、貰っとこうかな」


「ボワン──ススス」

 そのまま貰ってベッドを奪うのも可哀想なので、バスタオル程の大きさの布を代わりに置いておく。


 しかしわからないことが一つある。

 成猫なら普段から街に来られるであろう距離だが、はぐれたとしても子猫の脚で街の、しかもあんな中心部まで来られるものだろうか……?

 それよりも今はお礼をしなくては。


「ありがとうな」

 リーフルが食べる用のミドルラットの生肉を取り出し、三毛猫家族に差し入れる。


「ホー! (テキ)ホーホホ! (タベモノ)」

 

「大丈夫だって、十分あるから。少し分けてあげよう」

 目の前でいつもの自分のご飯を他の動物に分けられれば怒るのも無理はない。

 だがこののことが気になる。リーフルのご機嫌取りは後回しだ。


 それにしてもこれは本当に魔導具なんだろうか。

 素人が何か考えても無駄なので、大人しくあの魔導具屋の店主にでも聞いてみた方が話が早いと思う。

 ネアに聞いてみるのもいいかもしれない。

 どちらにせよ今朝は空振りに終わったわけだし、明日また出直せば色々と教えてもらえるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る