第3話 冒険者として生きていく 2


 この世界に転移してきて初めて出会った人間が、とても親切な男──名をビンスという──だったのは、俺にとってかなり幸運だった。

 なにせ俺には金も、情報も、伝手も何も無い。

 妙な勘違いをされていることは少々気になるが、言ってもそうそう信じてもらえる話ではないし、こちらからビンスを謀るつもりでもないので好意に甘えておく。


 門番としての仕事の交代時間までこの世界の事を色々聞きながら、雑談をして時間が経過し、交代の夕暮れ時。

 俺を快く街に招き入れ、世話を焼いてくれるというのでビンスの後を付いて行く。

 五分ほど裏門から見て北東の方角に街中を歩いて行くと、【冒険者ギルド・サウド支部】と書かれた看板のある建物に到着した。

 普通の一軒家を横に並べて二軒分ほどある二階建ての雰囲気のある建物で、ビンスは勝手知ったるといった様子で中に入っていく。


「よっキャシー。こいつの冒険者登録と骨の買取査定を頼むぜ」

 ビンスが受付嬢と思われる女性に話しかけている。


「ご新規さんですね。この辺では見ない顔立ちですが……ビンスさんまたお節介焼いちゃって」


「うっせ。こいつどうやら酷い目にあったらしくてよ、記憶がなんもねえんだ。裏門とこで保護したんだが、しまいにゃわけのわからん、転移がどうのって妄言まで話しだすんだぜ? ほっとけねえよ」


「そうなんですね~、危なそうな人では無いんですよね? ビンスさんが連れてくるのは、大抵訳ありだけど人間性に問題は無い人達ですもんね」


「誰彼構わず世話焼いてるわけじゃねえよ」

 受付嬢とのやり取りを見てわかるが、ビンスとう男は冒険者ギルドから信頼厚い人物のようだ。


「初めまして、ヤマトといいます。ビンスさんの勧めで冒険者として仕事をしたいと思ってます」


「お名前はヤマトさんですね~、少々お待ちください」

 受付嬢は顔写真の部分が空いている運転免許証のようなカードを取り出した。

 そして俺の顔に彼女が手をかざすと、カメラのフラッシュのようなまぶしい光が手から放たれた。


「これでヤマトさんの冒険者証ギルドカードの発行は完了です」

 ビンスの説明によると、"フォト"と呼ばれるユニーク魔法らしい。

 一瞬のうちにカードに俺の顔が映し出され冒険者証ギルドカードが出来た。


「それから買取も希望されてましたね? お預かりします」

 受付嬢にスライムの石と骨を渡すと、奥の部屋へと下がって行った。


「これでお前も"冒険者"ってわけだ。これから一週間ほど仕事のイロハを教えてやるから任せとけ。とりあえず今日は宿をとってやるからゆっくり休め」


 受付嬢が袋を手に戻ってきた。


「スライムの魔石が銅貨一枚、コカトリスの骨が銀貨十枚の買取となります。あ、見たところお金を入れる袋すら持ってない様子なので、この袋はサービスしときますね」


 (たまたま拾った骨が10,000円程になるのか……)

 ビンスからこの国の貨幣価値について教わっていた俺は、そこそこの額になった骨に少し驚いていた。


「明日からこいつも冒険者としてやってくから、よろしく頼むよキャシーちゃん」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ~、冒険者さんは多い方が街の安全に繋がりますからね~」


「んじゃ、飯食ってゆっくり休め、宿屋まで案内するぞ~」

 冒険者ギルドで諸々の予定を終えた俺は、ビンスに用意してもらった宿に向かった。


 宿のベッドの上で今日一日の事を思い出す。

 ビンスには本当に助けてもらった。明日からも世話になるが、いつか恩返しをしないといけないな。

 明日は朝から冒険者ギルドで待ち合わせてイロハを教わることになっている。



 最初は一週間という話だったが、ビンスは余程面倒見がいいのか一か月ほど俺に付き合ってくれた。

 この一か月、ビンスから冒険者としてのイロハのイから教わった俺は、ビンスの事を師匠と呼び、すっかり師弟のような関係になった。


 『俺の使い古しだが何も無いよりよっぽどいい、使え』

 そう言って短剣や弓、皮の防具など一式をくれたのもありがたかった。


 草原と森の浅い範囲まで限定ではあるが、今では一人でも簡単なクエストならこなせるようになった。

 転移初日から比べれば収入を得、定宿も決まり、魔法に興味が出たり、街の野良猫や野良犬にエサをやれるほどに余裕も出てきた。

 

 自分の加護やスキルの事も把握が進んでいる。

 アイテムBOXは、異空間を操作し、物を収納したり、取り出したり出来る能力のようで、採集クエスト中、両手が塞がるほど生えている薬草の群生地を発見した際にたまたま発現した。

 加護の方はと言うと、初日に出くわしたスライムの意思がわかったのは偶然では無かった。

 この一か月検証をしたーー草原の魔物や街の野良達と、俺が意思疎通を図りたいと思った相手の、ある程度の意思が解るというもの。

 体の方も、明らかに日本に居た頃より腕力も脚力も強くなっている事から、身体能力を強化する力が働いている。

 それでもこの世界の人々と比べて、特別強いわけではないので油断は出来ない。


 

「師匠はもっと実入りの良いクエスト受けないんですか? 俺から見て師匠は明らかに強いのに、危険の少ない依頼ばかり選んでますよね」

 とある日、ふと気になったのでギルドの酒場で師匠と食事中に聞いてみた。


「ヤマト、お前は何の為に金を稼ぐ? 贅沢はしたいか?」


「生活の為ですね。贅沢は……多少は思います」


「そうか……知っての通り冒険者って仕事は、金を稼ごうと思えば"リスク"と等価で稼げる仕事だ。俺みたいなベテランなら、報酬の高いクエストもこなそうと思えばこなせる。だがやらない、そう決めた」

 師匠が物悲しそうに語る姿を見て、訳ありなのは明白なので黙って話を聞く。


「お前は命を第一に考えろ。ヤマト、記憶喪失になってまで折角生き残ったんだ、金より命だ」

 いつにも増して真剣な師匠の話は印象深かった。


 師匠に何があったのかはその時は聞かなかった。

 真剣な表情、語り口から、『金より命』その言葉を心に刻み、冒険者としてこの世界で生きていこうと背筋を伸ばした。

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