第75話 次のステップへ


 俺が街の外で露店を始めるに当たり、何か限定品──新しいシロップ等を開発した方が良いのではと提案してくれたのは、様々な接客業をこなしてきたダナの経験から来るアイデアだ。

 今のところ三種類のシロップがあり、特にウーイとヒール草を用いた"リーフルスペシャル"は看板商品で、ベリ、シディが銅貨三枚で販売しているのに対し、リーフルスペシャルは銅貨六枚と、倍の値段にも関わらず一番人気の売れ行きとなる。

 その事実から分かる通り、物が良ければ少々値が張ろうと消費者は納得して財布を開くという事だ。


 限定品を用意するという発想自体は統治官も勧めていたように、売り上げに関わる重要な部分なので、何とか開発するべきだが、肝心の発想が降りて来ない。

 今日は俺一人という訳では無いので、二人の助力も請えばいいのだが、それでも中々難航している。


 計画の肝である露店の準備に向けて、ダナ、メイベルの二人と、ギルド近くの喫茶店で休憩がてら相談をしていた。


 んぐんぐ──「ホッ……ホーホ? (ヤマト)」

 リーフルがラビトーの肉のおやつを飲み込むと、俺の目の前のクッキーを指し、上目遣いで訴える。


「…………」

 

「ホーホ? (ヤマト)」

 リーフルが俺に歩み寄り圧を強める。


「…………」

 俺は心を鬼にして目を逸らし、リーフルの要求を無視する姿勢を貫く。

 今日の所はいくら何でもこれ以上"甘味"は与えられない。


「ホー! (テキ)」


「…………」


「ホーホホ! (タベモノ!)」


「リーフルちゃん……」

 メイベルが苦笑いを浮かべている。


「じゃ、じゃあ私のをどうぞリーフルちゃん」

 ダナが自身の皿の上のマカロを差し出す。


「ありがとうございます──でも駄目なんですダナさん。今日はさすがに食べ過ぎです」


「ホ~……」

 リーフルが翼を開きテーブルの上に伏せ、休息する姿勢をとっている。

 それもそのはずで、今日はパン屋の定休日を利用し工房を借りて、朝からメイベル、ダナとヘレンの手も借り限定品の試作を行っていた。

 その際に産まれる選考外のパンやシロップは、当然食べて消費する事になるので、リーフルはここぞとばかりに平らげてしまっていた。

 頬袋があるわけでも、胃が複数あるわけでも無いリーフルが次々についばんでいると、そうなる事は自明の理で、今日これ以上は健康に良くないどころか、悪いレベルの摂取量となる。


 動物が食べ物の事を最優先に考えて行動しているのは当たり前で、成長期であるリーフルが沢山食べたいと思うのも自然な事だ。

 普通の食事であれば多少甘やかす事も厭わないが、甘味となれば話は別だ。

 それにリーフルはお腹を空かせている、もしくは食い意地が張っての主張という訳では無く『ヤマト達と同じ物が食べたい』という気持ちが強いのだと思う。

 

「可愛いからついあげたくなっちゃうけど、確かにヤマトさんの言う通り今日は朝から少し食べ過ぎたものね」


「そういえばパンも二つ分くらい食べてたわ」


「ハッキリとした事が分からないから怖いんですよね。基本的には何を食べても大丈夫みたいなんですけど、後々どんな影響が出るか……」


「ふふ──それにしても難しいわねぇ。ただシロップの種類を増やしても特別感が無いし……」

 

「パンの方はメイベルの発想でいいと思いますね。後の詰めはヘレンさんと相談しながら、完成させるのを期待してるよ」

 

「うん! そっちは任せてね。私、この機会にパンもお手伝いできるようになりたいの!」

 メイベルはリーフルをイメージして葉っぱの形を模した緑色のパンを作ろうと、ヘレンさんと前々から相談していたらしく、今回用意したい限定品にそれを抜擢しようという話だ。

 

(かき氷の種類か……──あ、練乳! そういえば練乳が欲しいな)


「何かフルーツを乗せるっていう考えは悪くないと思うわ。ヤマトさんのアイテムBOXだからこそ実現出来るアイデアだし」


「そうですね~。劣化しないのは本当に……はっ!」


「──ダナさん、これで行きましょう!」

 妙案を思いつき、光明が差したことで意気揚々とその場はお開きとなった。


 

 宿の一階受付にて、シシリーを説得するべく計画について説明している。

 

「……というわけで、三日置きにって感じでやろうかと思ってるんだ」 「ホ~」


「う~ん……わかったわ。でも気を付けてね」


「知っての通り無茶はしないよ。死んじゃったら元も子もないしね」


「じゃあ約束してくれる?」


「ん?」


「帰ってくる日は一番に私に顔を見せて。約束してくれないと部屋は空けておいてあげないんだから……」


「うん、わかった」

 

「ホホーホ(ナカマ)」

 

 俺の立てた計画。

 その大筋としては、休憩所を利用しながら森に単身分け入り、魔物を狩りながら、定番の納品物を収集してゆくという、所謂"修行"じみたものだ。

 普段はある程度成功が約束された依頼を選別し、日銭を稼ぎ生活をしている訳だが、仕事クエストを受けるでもなく、さらに危険を冒し森で活動するとなれば、当然収入の目処が立たなくなる。

 そこで考え付いたのが"露店"の営業だった。

 

 俺のアイテムBOXであれば食べ物が劣化する事は無いし、収集した物が飽和し持ちきれなくなるという事も無い。

 無制限に物を運べるというのは移動販売に持って来いだと思い付き、森へ出入りする冒険者達を相手に甘味を販売しようと考えた。

 わざわざ街に帰らなくとも甘味が手に入るという利便性を強みに、商機があると踏んだ訳だ。

 実際には休憩所での販売は禁止され少々面倒は増えてしまったが、営業自体を禁止された訳ではないし、リーゼスの言う事ももっともなので、文句を付けるなんて傲慢というものだろう。


 森の休憩所であれば魔物除けの魔導具が設置され比較的安全性も高いし、武器を振り回しても他人を危険に晒す心配も無く、心置きなくロングソードの感覚を掴むのに活用できる。

 それに、アウトドアというものに少々憧れもあったし、あえて危険な状況で過ごす事で、察知能力や度胸を養うといった狙いもある。

 "勇猛果敢な冒険者"なんて性分では無いが、折角加護がパワーアップした訳だし、やはり多少の力は付けたい。

 なので季節が凍てついてしまう前のこのタイミングなら行動もしやすく、野外で夜も過ごしやすいので、思い切って行動に移してみようと思い至った。

 

 限定品の選定が終わり次第『平凡ヤマトバージョンアップ計画』のスタートだ。

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