第19話 呼び出し


 どうしたものか、全く身に覚えが無い。


(冒険者として普通に暮らしていただけなのに、何故こんな事に……)

 ソファに座り、あれこれ考えを巡らせる。


(迂闊だった。慎重を期すならもっとちゃんとルールを把握しておくべきだった……)


「ホ? (ワカラナイ)」


「そうだなリーフル……」

 気が重い。どうして俺がこのような状況に陥っているのか。

 話は、今朝いつも通りギルドを訪ねた所まで遡る。



「ヤマトさん! 何されたんですか!?」

 受注する予定のクエスト票を持ち、受付に並ぶや否や開口一番、鬼気迫る表情でキャシーが俺を責め立てる。


「な、なんですか? 俺が何か?」


「こんな事滅多に無いのに──しかもそれが、よりによってヤマトさんだなんて……」

 キャシーは俺の言葉を聞いていないのか、独り言のように呟いている。


「あのぉ……キャシーさん? 意味がわかりません。落ち着いてください」 「ホ?」


「ご、ごめんなさい。対象の人物がヤマトさんだったので、つい取り乱しました……コホン。隣の応接室までお願いします」

 咳払い一つ、態様を改めたキャシーが衝立で仕切られた簡易的な応接室に俺を誘導する。

 どうやら重要な話らしい事は雰囲気でわかる。


「それでって、なんのことですか?」


「王立統治機構在辺境都市サウド支部庁舎はご存じですよね?」


「ええ、この街の住民として登録するのに、師匠と一緒に一度だけ行った事があります」

 王立統治機構在辺境都市サウド支部庁舎とは、住民の情報管理、徴税、裁判、この街の所謂を担う場所だ。

 正式名称は長いので、みんな"役所"と呼んでいる。


「お役所には国王陛下より直々に委任されて統治を代行する"統治官"がお務めです。その統治官様がヤマトさんを名指しで、『即刻。冒険者ヤマトに王立統治機構在辺境都市サウド支部庁舎へ出頭するよう通達すべし』との命令がギルドに出ていまして……」

 統治官? 日本で言う市長みたいなものか?


「何故その統治官様が俺を名指しで?」


「わかりません。詳細は知らされていませんので。ただ、過去に呼び出しがあった方達は、脱税や重犯罪者等、ネガティブな要件の方が多かったです。違反があった場合、裁きを下すのは統治官様ですから、召喚に応じるなら良し、拒否するなら手配書を交付する、といった形になりますので、ヤマトさんが何か違反行為をしたのではと……」


「いやいや、俺はただの平凡な冒険者ですよ? 何か違反行為をする度胸なんてありませんよ……」


(──いや、分からないぞ。この街のルール法律を全て把握しているわけじゃ無いんだ、知らず知らずのうちに何かに抵触してしまっていた可能性がある……)


「何か他人と違う行動で思い当たるとすれば……キャシーさんから見て、野良達のエサやりは違反行為となるでしょうか?」


「いえ。私も法律には詳しくありませんけど……でも一つ言えるのは、もしエサやりが違反行為に当たるのであれば、もっと早くに召喚命令が出ていたはずです。今ではヤマトさんのエサやりを認知している人は多いですからね」


「ですよね……」


(なら記憶喪失がだとバレて、詐欺罪に当たるとか? 考えても分からないな、大人しく出頭するしかないか)


「召喚命令が出ている以上、逃げはありません。ヤマトさんが指名手配されるなんて、考えたくもありませんから」


「そうですね。もちろん役所にはすぐ向かいます」


「ヤマトさんの無実をお祈りしていますね……」

 キャシーが両手を胸の前に組み、天を仰いで大袈裟なポーズを取っている。

 逆に茶化しているのでは? と疑いたくなる。

 


 というわけで、俺は統治官の執務室と同じ3階にある応接間に通され、裁きの時を待っていた。

 師匠に連れられて初めて訪れた時にも感じたが、雰囲気に影響されて、より緊張すると言うのはこの世界でも同じだ。

 庁舎の外観は他の一般的な家屋と異なり、広い正面玄関が中央にあり、平均的な住宅が横に3件程立つ横幅で、3階建てになっており、堅牢な印象を受ける石造りの壁で出来ている。

 見た目の堅牢さも相まって、日本に居た頃市役所に行った時に感じたのと同じ、特有の堅苦しさを感じる。 

 統治官との面会を控える俺が待つこの部屋も、ギルドの簡易的な応接室とはわけが違い、室内の造りは丁寧な印象を受ける。

 丁寧に白色に塗装された壁に、座り心地の良い大人が3人程座れる大きさのソファが、向かい合わせに2脚、壁にはこの国──アンション王国の国旗が飾られている。

 一人悶々とあれこれ可能性を探っていると、秘書の女性がやってきた。


「コンコン──ガチャ……冒険者のヤマト氏、統治官がお待ちです、こちらへ」

 今俺が居る3階の廊下は一定間隔で窓が設けられていて、太陽が満足に室内を照らしている。

 陽当りはいいが空気は重く感じられる……のは、俺が呼び出しを受けているからだろうか。

 廊下に出て右へ、どうやら突き当り正面が統治官の執務室のようだ。


「コンコン。冒険者ヤマト氏をお連れしました」

 秘書の女性が統治官にお伺いを立てる。


「入室を許可しよう」


「失礼いたします」

 

「初めまして、冒険者のヤマト君。私がここ、辺境都市サウドの統治官"リーゼス・リム"だ」

大きな窓を背に、執務机で睨みを利かせた統治官がこちらを待っていた。

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