22:孤独の中で

 吹雪は、私が想像していたよりも激しく、恐ろしいものだった。

 二人で体勢を整え直し、なるべく風が吹き込んでこないように身を寄せ合った。


 ヴィオラ曰く、吹雪の中で助けがくる可能性は限りなくゼロに等しいようだ。

 この国の人間は、幼い頃から吹雪が来たらなるべくあたたかい場所に移動して無闇に動くなと教え込まれているらしい。


 捜索隊は、余計な被害を出さないためにも、なるべく吹雪がおさまってから動くと思われるといったヴィオラの予想に、私はいうことを聞くことに決めた。


 獣の唸り声のような風の音を聞きながら、大人しくしていると、ヴィオラの身体が熱くなってきていることに気がついた。


「熱があるの……?」


「むやみやたらに、話しかけないでくださる?私が、あなたのことが嫌だというのお忘れにって?」


「でも……」


 私はやはり助けを求めた方がいいのではないかと迷った。

 先ほど救難信号が上がったとヴィオラが言っていた。

 もしかしたら、まだ衛兵たちが私たちを探しにここら辺を歩いているかもしれないと思うと、早く城へ戻った方がいいのではないかと気が焦ってしまう。


 今まで、城の中でぬくぬくと育ってきた私にとって、このような出来事に耐性があるわけもなく、内心パニックになるばかりだった。


 しかし、外の様子を見ようと少し顔を出すと、目の前が真っ白になっていた。

 ヴィオラの言っていた通り前は見えないし、歩いて数歩で今までいた場所が分からなくなりそうだった。


 一体どうすればいいのだろうと不安になっていると「寒い……」とヴィオラのうわごとのようなか細い声が聞こえた。


「寒いの?」


 私が尋ねるとヴィオラは不服そうな表情を浮かべながらも、小さく頷いた。

 この密閉空間の中で寒さを凌ぐ方法は一つしかない。


 私は震える彼女を抱きしめて、自分の着ていた毛皮の中へ入れた。


「足も私のドレスの中へ入れて」


 私の言葉にヴィオラは意外にも素直に従った。


 早く吹雪が去ってくれればいいのに。


 そう願いを強く込めるが、気まぐれな悪天候は、吹雪を鎮める気はないようだ。


 ふとヴィオラの方を見ると、瞳を閉じて寝息を立て始めていた。


「サドルノフ公爵令嬢?」


 声をかけてみるが、反応がない。

 まさかと思って、彼女の頬を叩いた。


 昔、何かの書物で、凍えそうな寒さの中では、眠ってはいけないと読んだことがあった。


 なかなか反応がないので、私は彼女の頬を思い切りビンタした。


「起きなさい!」


「痛いわね……何するのよ」


 荒い息を吐きながら、ヴィオラは瞳を開けて私を睨みつけた。


「寝ていたから、起こしたのよ」


「うるさわいね。寝てないわ」


「いえ、明らかに寝ていました。寝たら、また叩くから」


「城に戻ったら、あなたに暴力を振るわれたと言いふらしてやるわ……」


 力無い返事ではあるが、生きていることがわかってホッとする。

 悪態につきあっていれば、彼女が眠ったりしないということが分かって、私は「あなたの言う事を信じる貴族がいるかしら」と毒を吐いた。


「あなたは何も知らないだけよ……あの貴族たちの本性を」


「貴族というものがどれだけ欲深かなんて、知っているわよ。私、王族だもの。それに権力争いで負けて国外追放されているのよ」


「一生の恥を自慢なんかされても困るわ。私なら、死んでしまいたいわ。のうのうと能天気に生きているあなたを見ると反吐がでる」


「私だって、あなたのこと嫌いよ。ドレスを合わせてきたり品性がないわ」


「あなたがこなければ、私はあんな惨めな真似をしなくてよかったのよ。その金髪と緑の目が気に食わないの」


「私だって、あなたがいなければよかったと思ったこと何度もあるわ。胸だって無理やり強調して」


「あなたより私の方が豊満なだけじゃない。僻むのはやめてくださる」


「僻んでないわ。どうしたら、そういった発想になるのよ」


 しばらくお互い言いたい放題言い合ったあと、突然口を閉ざした。


「私たち、助かるのかしら」


 ヴィオラがポツリとつぶやいたので「わからないわ」と彼女を抱きしめる力を強くした。


「世界で一番嫌いなのに、あなたと抱き合わなくちゃ助かる道がないなんて、神様は意地悪だわ」


「それは、こっちのセリフよ」


 ヴィオラが私の胸元に顔を埋めた。


 呼吸が浅くなっている。

 熱が上がってきているのだとわかった。


「寝たら、殴るわよ」


 私の言葉に「寝ないわよ。殴ったら、あのエメラルドの髪飾りを慰謝料で奪ってやるんだから」とヴィオラは小さな声で答えた。


 ***


 どれくらいそうしていただろうか。

 ヴィオラだけでなく、私も限界を迎えていた。


 昔、母が不安になっている時に教えてくれた歌があった。


 ドルマン王国に伝わる古い民謡。

 さすらう旅人が、月の光に導かれて大きな石の城を建てた。

 それがドルマン王国の始まり。


「月の光に差し込まれた……揺るがぬ大地に石を建てよう……」


 か細い声で歌う。


 もう戻ることはできない祖国の歌。

 毛皮の中で抱き合っていたおかげで、寒さはしのげてはいるが、それは外で立っているよりかは幾分かマシという程度である。


「寝ないで。お願い」


 もはや懇願に近い私の言葉に「うう……」とうめくような声で返事が返ってくるばかりだ。


 外が明るくなってきていると気がついたのは、オレンジ色の光が真っ暗なそりの中に差し込んできた時である。


「吹雪、落ち着いたのね……」


 私の言葉を聞いてもヴィオラの返事はなかった。

 息をしているか確認すると、微かではあるが息をしている。

 熱は先ほどより上がっているのだろう。


 苦しそうな表情の彼女を抱きしめたまま、私は「誰か……誰か、きて」と心細い声を出すことしかできなかった。


「起きなさい!ジョジュ」


 誰かの声が聞こえた気がした。

 ぱちっと目が開いて、私は少しだけ眠ってしまっていたことに気がついた。


 すると「あそこにそりがあるぞ!妃殿下とサドルノフ公爵令嬢を探せ!」と衛兵たちの声が聞こえた。


 慌ててヴィオラを確認するが、彼女は微かではあるが呼吸をしていた。


 よかった、生きている。


 ホッとして私は、ソリから身体を出して立ち上がった。


 しばらく横になって抱き合うような体勢をとっていたせいで、真っ直ぐ立つことができずよろよろとしてしまったが、大木に手を添えて声のする方へ「こっちよ。お願い!」とできる限りの声を出した。


 血相を変えたエミリオンが「二人とも無事か?」と私を抱きしめたので、私はヴィオラがここにいることを指をさして教える。


 担架を持った衛兵がヴィオラのことを毛皮に包んだ状態で持ち上げて「ひどい熱だ!医者を呼べ!」と叫んだ。


 そこから意識が遠のいて覚えていない。

 目が覚めたら、自分のベッドの中でエミリオンに手を握られていた。


「あの、陛下……」


「今は何も言わなくていい。よく頑張ってくれた。よく生きていた。サドルノフ公爵令嬢も無事だ」


 エミリオンの言葉を聞いて、私はホッとした。

 私たちは助かったのだ。


「よかった……」


「眠ってくれ。体力の回復が先だ」


 安心した私は、エミリオンに頷いて、そっと瞳を閉じる。


 次の朝、目が覚めるまで、私は幸せな夢を見た。

 祖国に戻り、エミリオンとの結婚を祝福されている夢だった。


 ドルマン王国の広大な大地を彼に見せて「これが私の生まれ育った国よ」と紹介していた。


 エミリオンはただ微笑んでいた。


 黄金色に輝く大草原では、ガルスニエルとアルム、そしてフランが追いかけっこをしている。

 遠くには、肩を寄せ合う父と母がいた。


「お母様!辺境の地から戻られたのですね」


「ええ。ジョジュ。もう何も心配することはないのよ。何もかも終わったの」


「よかった……」


「ジョジュ。今まで、本当に申し訳なかった。私に力がなかったばかりに、もう安心してこの国で暮らしてくれ」


 父の謝罪に私はただ首を横に振る。


「いいのよ。お父様。いいの。また一緒にみんなで暮らせるのであれば」


 愛する人たちに囲まれて暮らすだけ、私の願いはささやかなものなのだ。

 

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