『とある白銀の祝祭に』episode05:夜空の下で

 窓の外では、粉雪が降り注いでいた。ニックス城では、みんなが寝静まっている時間であったが、私はなんとなく目が冴えてしまった。


 今まで家族で買い物をしに市場へ行ったり、料理をしたり、みんなで団欒しながら食事やデザートを楽しく食べた経験がなかった。あまり態度に出さないようにしていたが、私はガルスニエルと同じくらい気持ちが浮かれていたのである。


 さすがに寝ようかと思っていた時だった。コンコンとノックの音がして私は「はい」と返事をして扉を開けると、そこにはエミリオンが立っていた。


「陛下、こんな夜更けにどうなさったのですか?」


「今日のことを思い出していたら、あなたの顔が少し見たくなったのでな。少しいいか」


 どうやらエミリオンも同じ気持ちらしいというのがわかって、私は嬉しくなって「もちろんですわ。私も眠れないところでしたの」と答えた。


 エミリオンは羽織っていた毛皮のコートを、長椅子の背にかけてそのま腰掛けた。


 私は、冷えた身体を温めるために、夜勤の衛兵に紅茶を持ってきてもらうよう頼む。マリアンヌが差し入れしてくれた紅茶とアルムが作ったクッキーがまだ残っていたらしい。陶器の皿に何枚か乗っていて、エミリオンと二人で食べた。


「真夜中のお菓子は、背徳感がありますね」


「女神の祝祭なのだから、特別だと思えばいいだろう」


「そうですね。そう考えることにしますわ」


 ウキウキとした気分で私が二枚目のクッキーを食べていると、エミリオンは目を細めて優しく笑った。


「いつになくあなたも嬉しそうで、弟の提案もたまには悪くないな」


「本当です。ガスルニエルが誘ってくれなかったら、今日の楽しい一日はなかったんですもの」


「ああ。フランがいなくなった時は、どうなることかと思ったがな」


 市場での騒動を思い出し、私は「ふふふ」と笑う。


「馬に乗った陛下が、フランと骨付き肉を抱いてこちらへやってきた姿を、私きっと一生忘れないと思いますわ」


「もっとかっこいいところを覚えていてくれ。ところで、今日は弟のために祝祭の食事会の席を設け、祖母や大叔母たちまで招待してくれたこと、感謝する」


「とんでもありません。私も家族の行事をやってみたかったんです。それに、イリーナ様や、アナスタシア様方には、この国に来た時から、お世話になっておりましたもの。少しでも恩返しをしたいと常日頃から思っておりますから。喜んでいただけたかしら」


「あのように嬉しそうにしている彼女たちを見るのは、あなたが王妃になってからだ。もうじゅうぶん恩返しができているだろう」


「ありがとうございます。もし、少しでも役に立てているのなら嬉しいですわ」


 いつものように夢中になって話し込んでいると、いつの間にか雪が止んでいた。


 エミリオンが座っていた長椅子から立ち上がったので、もう彼の部屋に戻ってしまうのかと私は名残惜しくなった。


 しかし、エミリオンは「少し外の空気に当たらないか?」と私が予想もしていなかった提案をした。


「今からですか?」


 真夜中の城の外に出て大丈夫なのだろうかと思ったが、私はまだ夫と離れがたかったので、誘いに乗ることにした。


 私は衣装部屋から毛皮のコートを取り出した。裏地がカシミアの革手袋もコートのポケットへ入れる。


 毛皮のコートを羽織り、エミリオンと共に静まり返った廊下を歩いた。燭台の灯りが二人の影を揺らし、足音が静寂の中に溶けていく。


 辿り着いたのは、プルぺの街並みに面したバルコニーだった。式典などがある際には、このバルコニーを解放して国民に挨拶をする場として使うのだが、今日は灯りの消えた街並みと共に雪が降り積もって白銀の絨毯のようだった。


 扉を開けると、ひんやりとした夜の風が頬を撫でる。


「寒くないか?」


 エミリオンが優しく尋ねてきたので「ええ、大丈夫ですわ。それより、とても静かで綺麗ですね」と私は答えた。

 いつもなら見過ごしてしまう夜の景色が、今はまるで別世界のように見えた。


「雪の夜は、音さえも飲み込むからな。だが……ジョジュ、見てみろ」


 エミリオンが指さした方へ視線を向けると、雲の隙間から、淡い光の帯がゆっくりと流れ出していた。


「あれは……オーロラ?」


 雲の隙間から見える光のカーテンは、緑や紫、時折、青や白の輝きを織り交ぜながら、ゆっくりと揺れていた。静けさの中、その幻想的な光は、まるで神々の舞踏のように広がり、辺り一面を夢幻の世界へと変えていく。


「まさか、オーロラが見られるなんて」


「女神の祝祭の夜に、このような光景が見れるのは滅多にないな」


「もしかしたら、天がお祝いしてくださっているのかもしれませんね。とても素敵……」


 オーロラの景色に感動している私の手を、エミリオンがそっと取った。


「ジョジュ。こちらへおいで」


 手を引かれて、私は彼と抱き合うような形でエミリオンの毛皮のコートの中へと入れられる。彼の大きなコートは、私を包んでもまだ少し余裕がありそうだった。


 顔を上げて彼の方へ視線を向けると、光が降り注ぐ夜空の下、エミリオンの横顔は神秘的なオーロラに照らされ、王としての威厳と共に、優しさに満ちていた。


 私の視線に気がついたエミリオンは「どうした?」と微笑む。

 

 見惚れていたなんて言えるはずもなく、私はエミリオンの胸板に顔を埋めて「いいえ、なんでもありませんわ。陛下の毛皮の中、温かいです」と嘘をついた。


「風邪をひいたら、大変だからな」


「大丈夫ですわ」


「私が、嫌なのだ」


 オーロラの光が揺れた次の瞬間、エミリオンはゆっくりと顔を近づけ、私の唇にそっと触れるように口づけを落とす。甘いキスだった。


 彼の両手が私の腰をグッと抱え込むと、キスはより深くなった。白い吐息が混じり合って夜空へと消えていく。


 唇が離れていくと、彼は赤いルビーのような瞳を細めて「顔が真っ赤だ」と笑った。


「からかわないでくださいませ」


「先ほどの仕返しだ。私もあなたの今の顔をずっと脳裏に刻みつけよう」


「先ほどの陛下と同じように返すのでしたら、もっと可愛いところを覚えていてくださいませと申し上げますわ」


 私が言い返すと悪戯をする時のガルスニエルと同じような表情を浮かべて「では、もっとあなたの可愛いところを見せてもらおうか」と私の頬に手を添えた。


 長いキスだった。潤んだ瞳で視線を向けると、満足そうな表情を浮かべた彼は、目尻の端に浮かんだ私の涙をそっと指で拭う。


 そして「ジョジュ。来年も一緒に祝祭を祝ってくれるか?」と静かに囁いた。

 

 時々、エミリオンは私を不安にさせないようにするためか、未来の約束をしようとする。


 私は、彼の言葉に安心して言葉を紡いだ。


「ええ。もちろんですわ。またみんなで一緒に祝いましょう。来年も、再来年も、ずっと……」


 答えを聞くと「ああ、約束だ」とエミリオンは私をもう一度強く抱きしめるのだった。



『とある白銀の祝祭に』

― おわり―

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