『とある白銀の祝祭に』episode04:招待客からの特別な贈り物

 準備をして客間へと向かうと、既にアルムが席に座って待っていた。家族の催しということで、オルテル家からはアルムだけが参加することになったらしい。


「ジョジュ様、この度は祝祭の食事会にお招きいただきましてありがとうございます」


 私の姿を発見したアルムは、すぐに椅子から立ち上がり丁寧にお辞儀をした。そしてマリアンヌからだろう。綺麗に包装された箱を手渡してきた。中には、アルムが母と協力して作ったらしいクッキーとマリアンヌおすすめの紅茶が入っていた。


「素敵な贈り物をありがとう。後でみんなでいただきましょう。どうぞおかけになって」


 私に勧められて、彼女は席に座り直し「お料理は無事に完成したのですか?」と興味津々といった様子で尋ねてくる。


「ええ、おかげさまでうまくいったわ」


「楽しみです!」


 嬉しそうにアルムが微笑んだ時「アナスタシア様方がお見えにございます」と使用人が私に伝えた。

 私は席を立ち上がって部屋の扉の方へと身体を向けると、エミリオンたちの大叔母であるアナスタシア、ソーニャ、エリザベータの三姉妹が立っていた。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。まさか、祝祭の食事をお招きいただけるとは思っておりませんでした」


 アナスタシアが代表して挨拶をした後、近くにいた使用人に「このお菓子などはよき頃合いを見て、出してください」と伝えていた。両手で抱えるのがやっとの大きな木の籠に、たくさんの伝統的な砂糖菓子や巷で流行しているチョコレートが詰め込まれていた。遠くから見ていたアルムの瞳がお菓子を捉えて輝く。


「ガルスニエルはどうしたの?」


 ソーニャが、ガスルニエルの存在を探していると、扉の外からバタバタと音がして「遅れてごめんさない!」とガルスニエルが愛犬のフランと共に姿を現した。


「ガルスニエル。城の中を走ってはなりませんよ」


「まあ、ガルスニエル。ブラウスの裾が出ているではありませんか。せっかく今日の主役だというのに」


「髪の毛がボサボサですよ。ちゃんとメイドに直してもらってから、部屋を出なさい」


 大叔母たちは、可愛いガスルニエルを発見すると矢継ぎ早に言葉を浴びせている。婦人たちの間でもみくちゃにされている少年の周囲を愛犬がぐるぐると困ったように回っているので、私とアルムは顔を見合わせて思わず笑ってしまうのだった。


 それから数分しないうちに、エミリオンもやってきて「急ぎの報告があった。遅れてすまない」と部屋の中に入ってくる。


「これで全員揃ったか?」


 食事を始めようとエミリオンがしたので「あの、まだ一人……」と一つの空席に視線を向けて私が告げようとする。

 すると「あの人は、何か用意する物があるそうですよ。先に始めていていいと許可をもらっています。それに、待っていたら料理が冷めてしまいますから、先にいただきましょう」とアナスタシアが口を挟んだ。


 エミリオンの合図と共に、厨房から料理が運ばれてくる。

 私が作ったサラダの他に、エミリオンと一緒に作ったクリームスープが台に乗せられていた。その他にも、焼きたての白パンも各皿に配布される。


「サラダは義姉上が作ったんだ。クリームスープは、兄上と義姉上、味見をしたけれど美味しかったぞ」


 ガルスニエルが得意になってアルムに料理の説明をしている。横で見ていたアナスタシアが「まあ、味見なんてはしたない」と眉を顰めたので、私とエミリオンは視線を合わせた。まさか、私たちまでしっかり味見をしているとは言えず、楽しそうな表情で黙っている夫と気まずそうに咳払いをする私をアナスタシアは不思議そうに見比べるのだった。


 私の作ったジュンヌ地方の卵を使ったサーモンとジャガイモのサラダと、エミリオンと共同作のクリームスープは好評だった。少し時間を置いたからか、クリームスープは味見した時よりも濃厚さが増していた。


 特にアルムはサラダを気に入ってくれたようで「毎日食べたいです」と言ってくれて嬉しくなった。


「次は、僕とフランが協力して作った骨付き肉がくるはずです」


 少年は、フランが肉屋で粘りがちをしてエミリオンに買ってもらい、自分で作った(と言っても、料理長がほとんど手を貸しているのだが)大きな骨付き肉を見せてみんなが驚くのを心待ちにしているらしかった。


 骨付き肉を待っている間に、早朝の市場で起こった事件のことを話している時だった。香ばしい肉の焼ける匂いが部屋の中に充満して、料理長が木の板に載せた骨付き肉を持って登場した。


「まあ! 随分と大きな骨付き肉ですこと」


 ソーニャが仰天した声を上げると「これは、調理するの大変だったでしょう」とエリザベータが言葉を続けた。


「すごいわ、ガルスニエル。それに、フランもね」


 アルムも声をあげ、みんなに褒められたガルスニエルは頬を染め、フランは尻尾を振って「ワン!」と吠えた。


「自分で勝ち取ってきたのだ。分け前は必要だろう。フランにも香辛料がついていない部分を」とエミリオンが使用人に命じ、尻尾を振っている少年の愛犬にも切り分けた肉を与えた。


 料理長がじっくり焼き直してくれたおかげで、肉の中まで火が通っていた。赤ワインで作った特製ソースを上からかけて、それぞれの皿に盛り付けていく。


「まあまあ、皆様、お揃いで」


 配膳された肉を全員が口にしようとした時、そこに一人の老婦人の姿があった。


「おばあさま!」


 ガルスニエルが嬉しそうな表情を浮かべて、その人イリーナ・レックスに視線を向けた。フランも嬉しそうに尻尾を振ってイリーナに駆け寄る。彼女はフランの頭をそっと撫でた後、私やエミリオンの方へ視線を向け「遅くなりまして申し訳ありませんでした。私からの差し入れを厨房に届けてまいりましたので、後ほど皆さんでいただきましょう」自分の席につくのだった。


 フランとガルスニエルの骨付き肉は好評だったが、八人と一匹で食べてもまだたくさんあったので、厨房にいる料理人やフローラ、使用人たちにも配ることになった。


 食べた人々が「こんなに美味しいお肉は食べたことがありません」と喜んでいる様子を見て、ガルスニエルは気持ちが満たされたらしかった。頬を染めて私の方へ視線を向けてきたので「大成功ね」と少年に向けて言葉をかけた。


 デザートには、エミリオンが作ったビジベリーのパイが、小花柄が描かれている陶器の皿に乗せられて運ばれてきた。


「まあ、上手にできていますね。あなたにそのような才能があるとは知りませでした」


 イリーナがふふふと笑ってエミリオンを褒める。彼は「料理長のレシピ通りにやっていただけです」と先ほど厨房にいた時と同じような回答をした。


「兄上の作ったビジベリーのパイ、早く食べましょう」


 待ちきれないらしいガルスニエルがせかした時、イリーナが「少々お待ちなさい、ガルスニエル。これからいいものが届きますからね」と首を横に振った。

 数秒もしないうちに使用人たちがやってきて、氷が入った箱の中から大きな磁器のボウルを取り出した。その中に卵黄色の何かが入っているのが見えて、全員が興味津々で注目する。


「アイスクリームだわ!」


 はじめに気がついたのは、アルムだった。 


 銀の皿に盛り付けられていったバニラアイスクリームの上には、先ほどアナスタシアたちが持ってきたロニーノ王国の伝統的な砂糖菓子も飾り付けられている。砂糖菓子には、少女神サイヤを支えたと言われる火の女神、草の女神、水の女神、大地の女神と四つの女神が、まるで芸術作品のように繊細に描かれていた。


 私は、草の女神が描かれている砂糖菓子が乗ったアイスクリームを選んだ。少し前に開催した舞踏会で、この女神をイメージしたドレスを選んだことがあったので、なんとなく馴染みがあったのである。


 アルムが持ってきたクッキーや紅茶も一緒に出されて、机の上が一気に華やかになった。


 特にガルスニエルは大喜びで、エミリオンの作ったビジベリーのパイとアイスクリームを一緒に頬張って、アナスタシアに「そのようにいっぺんに頬張るのはおよしなさい」と叱られていた。


 私もアイスクリームが溶けないうちにと銀のスプーンを使って、口に含む。ひんやりとした舌触りを楽しんでいると、バニラの濃厚な甘さが口の中に広がっていった。

 こっそりガルスニエルの真似をして、エミリオンの作ったパイを一口サイズの大きさにカットし、一緒に食べてみると、ビジベリーの甘酸っぱさとバニラアイスクリームの濃厚さがよくあっていた。


 食事も終盤に差し掛かった頃、全員でお祈りをした。


 はるか昔のこと、ロニーノ王国は飢饉を迎えていた。寒害のために、夏になっても作物が育たなかったのである。寒冷地の夏は短い。このままでは冬を迎えるより前に、多くの人々が命を落としてしまう。少女サイヤは、自らの命を四人の女神に捧げ、長く続いた寒害を終わらせたのである。


 少女サイヤを不憫に思った火の女神、草の女神、水の女神、大地の女神は、彼女のような犠牲を二度と出さないようにと、各地に恵みを与え、彼女に神の称号を与えた。


「今日、この日、家族で満足に食事ができる喜びを、お与えくださった神サイヤよ。今後、私たちはロニーノ王国の王族として、民を飢えさせることはないとお約束いたします」


 イリーナの言葉と共に、全員が両手を組んで女神の祝祭を祝う。


 祈りを終えると、エミリオンと視線が合った。彼が静かに頷いたので、私もそっと頷く。


 飢えに苦しみ、己の身を差し出した少女神サイヤ。私はまだロニーノ王国へ来て日が浅い。けれども、民のためにやれることはたくさんある。


 この国の王であるエミリオンを支え、王妃として少しでも王国の一助となれたらと思うのだった。


Episode05へ続く→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る