『とある白銀の祝祭に』episode03:はじめての料理

 ニックス城へ戻ってきた時には既に十時を過ぎていた。私たちは、急いで城の厨房へと向かう。午後には招待したお客が来てしまうので、早く買ってきた食材を調理しなくてはならない。


 調理すると言っても、普段私たちは食べる専門なので料理の仕方が分からない。そのため、特別に料理長を含む何人かの使用人に来てもらい作り方を教えてもらうことにした。


 エミリオンが代表して「今日は頼んだ」と料理長に言葉をかける。


「承知しました。陛下。素敵な祝祭のお食事の手伝いができますよう尽力させていただきます。妃殿下、殿下、本日はどうぞよろしくお願い申し上げます」


 料理長は挨拶をすると「さあ、早く始めないと間に合いませんね」と調理台に並ぶ食材を見て腕まくりした。


 調理台の上には、大きな木製のまな板がいくつか置いてあり、それぞれの料理の材料が既に仕分けられていた。


 私はフローラと共に自分の担当であるジュンヌ地方の卵を使ったサラダと、クリームスープを作ることになった。エミリオンが作るビジベリーの果実パイや、ガルスニエルが作る骨付き肉のローストは時間がかかるらしい。


「まあ、こんなに手間がかかるものなのね」


 料理長が直筆で書いてくれたレシピを眺めながら、私は思わず声を出してしまった。

 ただ材料を切って置くだけではないらしく、沸騰した鍋の中に卵を入れたり、ジャガイモを細く刻んで炒めたりする必要があると知って驚いたのである。


「今日は祝祭の特別な料理ですから、いつもより手間がかかるものを選んでおります。ですが、きっとお気に召すと思いますよ」


 料理長の言葉に頷いて、私は腕まくりをして恐る恐るお湯が煮えたぎる鍋の中に卵を四つ入れた。コツンと鍋の底に卵が当たる音がしたので割れてしまったのかと恐ろしくなったが、どうやら卵は無事らしかった。


 次にジャガイモを細くスライスして、バターを敷いたフライパンの上に置いた。油が勢いよくパチパチと跳ねてくるので、怖くなって一歩下がったがフローラが「大丈夫ですか? ジョジュ様」と火の大きさを調整してくれた。


「ありがとう。フローラ」


「お怪我は?」


「大丈夫よ」


 気を取り直してジャガイモを炒め続ける。白みがかった表面がバターの黄色に染まって、黄金色になっていった。焼き目がついたところで「このくらいで大丈夫かと思われます」と背後に控えていた使用人が教えてくれたので、私はフライパンの中にあるジャガイモたちを皿の上に移した。


「料理長、これ手が臭くなるぞ。こんなもの肉に擦り込んで大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。殿下。そのまま続けてください」


 フランが手に入れてきた大きな骨付き肉の表面を使用人に手伝ってもらいながら水で洗い流した後、ガルスニエルは肉に揉み込むニンニクを刻んでいたらしい。そばに控えていた使用人が「ああ! 殿下、その包丁の持ち方は危ないです」とヒヤヒヤした様子である。

 

 料理をしている間は、毛や埃が入ってしまってはとゴルヴァンにフランを預かってもらっているらしく、珍しく愛犬の存在は不在だった。


 意外にも料理に適性があったのは、エミリオンだった。丁寧な手つきでビジベリーを砂糖で煮込み、その隙に溶かしたバターに小麦粉を練り込み形にしている。


「陛下は、どこかで料理をされたことがあるのですか?」


 あまりに慣れた手つきだったので、私は質問を投げかける。


「いや、紙に書いてある通りにやっているだけだ。これはあっているのか……? ポロポロして形になりにくいようだが」


「そのまま続けていただいて問題ありません。陛下は、料理の才能もおありのようですね」


 料理長がエミリオンの手元を確認して頷いた。しばらくすると、エミリオンの手元にあったバターと小麦粉を合わせたものは一つの塊になっていく。それを丁寧に型に合わせると、あっという間にパイの土台ができ上がった。一度予熱したオーブンに入れるらしい。


「ジョジュ様。そろそろ卵がよろしいかと思いますわ」


 フローラに声をかけられて、私は木の匙で煮えたぎるお湯の中から卵をすくい出す。フローラが差し出してくれた水の入った鍋に移し替えて、一度放置するそうだ。


 既に薄く切り分けられているサーモンを、ベビーリーフの上に乗せる。その周りに、先ほど炒めたジャガイモを添えた。


 続いて水で冷やしたゆで卵を取り出し、フローラと一緒に殻を剥いていく。まな板の角にコンコンと殻をぶつけて、指をそっと破れた箇所に入れた。すると、つるんと殻が向けて中から固まった白身が姿を現した。


「ジョジュ様、ゆで卵作るのお上手ですわ」


 剥いたゆで卵を半分に切ってくれたフローラが、中の黄身が上手にできていると褒めてくれたので、私は嬉しくなった。


「無事にできてよかったわ」


 私が殻を剥き、フローラが切り揃えてくれたゆで卵を使用人が、色とりどりの陶器の皿に綺麗に並べてくれたので、あっという間に豪華なサラダが完成した。


「ドレッシングが既に用意したものがありますので、妃殿下はクリームスープ作りに移ってくださいませ」


 完成したサラダを他の調理台の上に移した後、戻ってきた使用人に指示を受けながら私はクリームスープ作りに取り掛かることにした。


「手が空いたので、手伝おう」


 オーブンでパイを焼いているので、手が空いたらしいエミリオンが興味津々といった様子で私のところへやってきた。


「陛下。よろしいのですか?」


「ああ。何をしたらいいのか教えてくれ」


「えっと……ここにある野菜と鶏肉を炒めて、生クリームと牛乳を入れると書いてありますわ」


「なるほど、ではジョジュはニンジンとジャガイモを切ってくれ。玉ねぎと鶏肉は私がやろう」


 エミリオンはそう言うと、やはり器用な手つきで鶏肉を同じ大きさにカットし、手早く玉ねぎを切っていった。


 私は慎重にニンジンとジャガイモを切っていき、先にバターで炒めている焼き色のついた鶏肉と透明になった玉ねぎの上に重ねるように置いていく。料理長に確認し、市場で買った魚介類や貝類も一緒に入れた。


「先に水を入れないといけないらしい」


 エミリオンがレシピの紙を指さすと、背後に控えていた使用人が見計らったように鍋の中へ水を入れた。バターの油が浮いた水は次第に沸騰していき野菜をゆっくり回転させながら煮立たせていく。


「今のうちに調味料を入れてしまっても大丈夫ですよ」


 ガルスニエルに付きっきりだった料理長が、鍋の中を確認して助言をくれたので、私たちは塩と胡椒をレシピの分量通りに入れた。

 生クリームと牛乳を入れてひと煮込みさせていると、次第にふんわりといつも食事の時に出てくるクリームスープと同じ香りが漂い始める。


「いい香りがしてきましたね」と私が匂いを楽しんでいると、エミリオンが悪戯っぽい表情を浮かべて小皿にスープを注いでいた。


「なかなかの出来だ」


「陛下、はしたないですわ」と注意しようとすると、エミリオンが小皿に注いだスープを木製のスプーンですくって私の口の中に入れる。まろやかなミルクの風味と海鮮と野菜の濃厚さが口の中で広がった。


「共犯だな、ジョジュ。味はどうだ?」


 口に手を当てて私は「……美味しいですわ」と答えた。そんな私の様子を見てエミリオンは優しく微笑む。


 背後に控えていたフローラが「まあまあ、お二人とも」と笑っていると、案の定ガルスニエルがフランと共にこちらへ駆け寄ってきた。


「ずるいです! 兄上と義姉上の二人で先に食べるなんて! 僕も混ぜてください!」


「仕方ない。ガルスニエル、口を開けろ」


 兄に許可をもらったガルスニエルは、嬉しそうに口を開けた。そしてクリームスープを食べると「美味しいですね」と満足気な表情を浮かべた。


 クリームスープもサラダも完成し、残すはエミリオンのパイが焼き上がるのと、ガルスニエルの骨付き肉が完成するのを待つばかりだ。


 先に出来上がったのは、エミリオンのビジベリーのパイで、黄金色に焼き上がったパイからは、ベリーの甘酸っぱい香りがふんわり漂ってきた。表面にはシンプルなか格子状の切り込みが入れられており、エミリオンの器用さが存分に発揮されている。


「本当に、初めて作ったとは思えませんわ」


「料理長の指示がよかったからだな」


「そんな! 滅相もございません」


 料理長は恐縮して、頭を下げた。


 残すは、ガルスニエルの骨付き肉のみである。


 しかし、フランが持ってきた骨付き肉は大きく、なかなか火が通りにくいらしい。表面は焼き色が付いているが、切れ込みを入れると火の通りが甘かったようだ。


「どうされますか? 何等分かに切ってしまえば、中まですぐに火が通るかと思いますが……」


 料理長の提案にガルスニエルは首を横に振った。


「せっかくフランが勝ち取ってきたんだ。このまま、みんなに見せたい……」


 だが、時計の針はあっという間に十二時を指している。後、三十分もしないうちに招待した客は来てしまうだろう。


「後で出してもらうのはどうかしら? 間違いなくガルスニエルの骨付き肉はメインディッシュだもの」


 私の提案にエミリオンも「そうだな。料理長、それで問題ないか?」と尋ねた。


「そうですね。この様子だと、後一時間ほどお時間をいただけましたら、問題ないかと思います。後で皆様のところへお届けする形でよろしければ、こちらでどうにか火を通してお持ちいたします」


「それで、問題ないか? ガルスニエル」 


 エミリオンに尋ねられて、安堵した様子でガルスニエルは頷いた。


「では、それぞれ準備もあるだろう。料理の運搬などは頼んだぞ」


「承知しました」


 頭を下げる料理人たちに別れを告げて、私たちは祝祭のお祝いをするために厨房を後にするのだった。


Episode04へ続く→

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