19:突然の婚約発表
長いキスだった。
エミリオンの突然の行動に理解ができなくて「陛下」と彼の胸板を押した。
自分の心臓がドキドキと高鳴っているのがわかった。
「突然、どうなさったのですか?」
「自分の妻に、キスをしてはいけないのか?」
今まで聞いたことがないほど優しい声で、エミリオンは私にささやいた。
「そういう訳では……。ですが」
「そういえば、あなたは私のことが大嫌いだったのだな」
ガルスニエルたちが突撃してきた夜に、私はエミリオンに対して「あなたなんか大嫌い」と泣き叫んでいる。
「少しずつでいい」
それだけ言うと、エミリオンは私から少し離れた。
体から熱が失われていくのを感じつつ、「陛下。あの……お尋ねしたいことがあります」と、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「なんだ」
エミリオンは、嫌な顔をせずに私の方を見たので、少し安心して言葉を続けた。
「私の父、いえ、ドルマン王国の国王との契約という話ですが、本当に交渉内容は、私を花嫁にすることと、ロニーノ王国の事業に手を出さないということだけだったのでしょうか?」
先ほどデニスが言っていた言葉を思い出す。
「この婚約は、先々代の王妃とドルマン王国との国王の間で交わされた契約。窮地に陥った第一王女を花嫁にする代わりに、ロニーノ王国の事業には手出しをしないというね」
祖国では、結婚した後は国へ戻ってくるなと言われたきりで、なぜロニーノ王国へ行かなくてはならないのかということをしっかり理解しきれていなかった。
そういったことを教えてくれるような人物も、事件を機に離れていってしまった。
「なぜ、そう思う?」
「……祖国での最後の扱いは本当にひどいものでした。あのような扱われ方をした私が、ドルマン王国にとって重要な切り札になるとは考えられません」
「少なくとも、国王はそうお考えではなかったようだ」
「父は何もおっしゃっておりましせんでした」
「本人に内密にせよとのことだったからだ。あいつが話してしまったがな。他にも契約事項はあったが、それは、まだ伝えることはできない」
「私は、この国の王妃になるのですよね?」
少しだけ強気に押してみる。
なぜ、父がそのような交渉をロニーノ王国にしたのかわからない。
何か理由があるのであれば、知りたかった。
「ああ。だが、まだ戴冠式が終わっていない。さらに、この件に関しては、あなただけでなく、まだ誰にも言えないのだ」
どうやらエミリオンの意思は固く、私に教えてくれる気はないようだ。
「もう一つ、質問があります。結婚式の日に、愛を求めるなとおっしゃったのに、どうして気が変られたのですか」
はっきり言って、ドルマン王国という大国の後ろ盾がある状態であるから、私は選ばれたに過ぎない。
取り乱してしまって痴態を晒してしまってはいたが、立場が変われば同じことをしてしまったかもしれない。
それに、女性としての魅力は、誰が見てもヴィオラの方が上だ。
ずっと愛情のない政略結婚だと思っていたのにも関わらず、それを突然撤回すると言われても戸惑うに決まっている。
初日に出会った日のことは今でも覚えている。
不機嫌そうで口数が少なく、この男の妻になるのだと思うと身がすくむような思いだった。
「それは、あなたが私にもう少し気持ちが向いたら話をしよう。今のところ、私の片思いのようだからな」
「分かりました」
エミリオンが答える気がないのであれば、今はこれ以上質問攻めにするのはやめておこうと、私は彼と共に舞踏会の会場に戻ろうとした時だった。
オルテル公爵が「陛下、妃殿下……!大変なことが……」と青ざめた表情で、私たちのところへやってきた。
「騒々しいぞ。オルテル公爵」
「た、大変もうしわけありません……!ですが、デニス様が……突然、音楽を止められて、話があると演説を……」
必死にエミリオンを探したのだろう。
すっかり息が上がってしまっているオルテル公爵に「すぐに行く」とエミリオンは私の手を引いて、会場へ急いだ。
***
「私、デニス・ジートキフは、ヴィオラ・サドルノフ公爵令嬢に向けて、プロポーズすることをここに宣言いたします。先日、ネスコに滞在する彼女の父と兄には許可をいただいてまいりました。みなさま盛大な拍手をお願いいたします」
オルテル公爵の言葉通り、会場の真ん中でデニスは意気揚々と声を張り上げている。
先ほどヴィオラを追いかけていったはずのデニスが、なぜ本人不在の場所で愛の告白をしているのだろう。
音楽を奏でることを止められた王宮楽団の面々は、突然の婚約発表にお互いに顔を見合わせていた。
私は、エミリオンに断りを入れた後、フローラを呼んだ。
「サドルノフ公爵令嬢を探して、見つけたら保護してちょうだい」
「承知しました。衛兵に伝えお探しいたします」
「申し訳ないわ」
先日、ヴィオラが離宮に来た時に、フローラに対して非常に侮蔑的な言葉を投げかけていた。
いくら緊急事態とはいえ、フローラにヴィオラのことを任せてしまってもいいのだろうかと、
フローラは力強く頷いて私に「仕事ですから、ご心配には及びませんわ。舞踏会終了まで後少し、無事に終了することを願っております」と部屋を出ていった。
フローラが去った後、私はそばに立っていたオルテル公爵夫人に事情を尋ねた。
「これは一体?」
「ああ、ジョジュ様。デニス様が突然壇上に上がられて演説され始めたのですわ。まさか、ヴィオラ様とそういった仲だったなんて驚きです。あの夜のドレスは、偶然重なってしまったので、陛下がフォローされていらっしゃったのですね」
オルテル公爵夫人の言葉に、私は首を傾げた。
あの夜のヴィオラは、本気で私を陥れようとしていた。
そして、先ほど、デニスとヴィオラのやりとりを見るに、彼らが恋人関係であるとはとてもも思えない。
会場内がざわついている中で、デニスは満足そうな表情を浮かべている。
注目されたい性格なのか、何か意図があってこのようなことを起こしているのか、また、エミリオンに対して反感を抱いているのか、私にはまだ分からない。
この場合で私の出る幕はなく、エミリオンに判断を任せるしかなかった。
「ヴィオラ嬢は幼い頃より我が友でありはとこであるエミリオンの婚約者として、幼い頃より人生をささげてきたことは、皆さまもご存じの通り。そこで、失意の中におります彼女の気持ちを私に向けてもらうべく、今度の犬ぞりレース大会で、エミリオン王とぜひ勝負をしていただきたい」
「なんでそうなる……」
エミリオンがうんざりしたような表情を浮かべながら深いため息をついた。
エミリオンが、デニスに対して閉口してしまう気持ちも少しばかりわかるような気がした。
悪い人間ではないのだろうが、行動が突発的すぎるのだ。
しかし、娯楽に飢えている貴族たちは楽しそうに歓声をあげている。
人を驚かせ惹きつけてしまう点に関しては、エミリオンとは違った意味でのカリスマ性があるのだろう。
「なぜ、私がおまえのために動かねばならぬのだ」
エミリオンが、彼の提案をバッサリ切り捨てることは、デニスにとって想定内だったようだ。
彼は楽しそうにほほ笑んでいる。
「私は、陛下のために命を削るつもりで生きております。それと同じくらいの誠意をサドルノフ嬢にお見せしたいのです。私は、幼い頃からヴィオラ嬢に気持ちを抱いておりました。ですが、彼女は陛下の婚約者。想いを秘めてきたのでございます」
熱のこもった発言は、先ほど、「情婦のヴィオラ」と彼女をさげすんだ呼称で口にしていたとは思えないほどだ。
彼は、一体何をしたいのだろうか。
「おまえが彼女に対して、好意的な感情を抱いていたとは意外だな」
エミリオンの皮肉もあっさりかわし、デニスは「なるほど、陛下。自信がないのですね。王子時代は前線にて活動されておりましたが、王に着任して前線から外れてしまってから、腕が鈍ったと」とエミリオンをじっと見据えた。
「デニス。調子に乗るなよ」
「では、この勝負受けていただけるということで、よろしいですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます