6:燃える過去
結婚式が終わった後も、晩餐会での貴族たちへの挨拶は続いた。
食事をともにする人間たちが変わる中、オルテル公爵ともう一人、バルジャン公爵という人がエミリオンの両脇に座り続けていた。
初日や、結婚式の日のような騒ぎは起きることはなかったが、ベンケンドルフ伯爵やガルスニエル王子が言い放った言葉は、私の中で重くのしかかっていた。
ベンケンドルフ伯爵だけでなく、実の弟であるガルスニエル王子にも厳しい処分をエミリオンは与えている。
表面上は平和に過ぎていく毎日であったが、ささいな歪みを無視して過ごせるほど、祖国での傷は癒えていない。
もしかしたら、彼らが他の人間たちを巻き込んで、陥れられることがあるかもしれない。
しかし、エミリオンに意見できるほど、彼と人間関係を築いたわけでもなく、私の懸念は伝えられずにいた。
週末に差し掛かる前日に、雪が降り積もった庭でアルムと犬と楽しそうに追いかけっこをしているガルスニエルを見かけた時、謹慎が解かれたのだと胸を撫で下ろした。
「よかった。謹慎が解かれたのね」
口に出して言っていたらしく、私の髪の毛を整えていたフローラが「ご心配いただいていたんですね」と安心したような表情を浮かべて私を見ていた。
「あ、いえ……あの」
「十数日ではありますが、お世話をさせて頂きまして、ジョジュ様がお優しい方だというのは分かっております」
「フローラ。私は、そんな大そうな人間ではないわ」
首を横に振ると、フローラは私の手をそっととった。
「いいえ。お辛い立場なのにも関わらず、一番八つ当たりしやすい立場にいます私に親切にしてくださったり、ガルスニエル様のことをご心配されていらっしゃるではありませんか」
「それは……」
フローラの言葉に居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
ガルスニエルの身を案じたのは、自分自身の保身のためだ。
私は、私が一番かわいいだけなのに。
どうやって説明するべきか悩んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ジョジュ王女、お時間です」
伝言係の使用人の言葉が外から聞こえたので、私の代わりにフローラが「承知しました」と返事をした。
***
週末の公務の引き継ぎの前に、城の中をオルテル公爵が案内してくれることになっている。
本来であれば、城に到着した次の日に案内してもらうことになっていたのだが、私が熱を出してしまったため、延期になっていたのだ。
エミリオンは、バルジャン公爵と共に騎士団の訓練へ参加しているらしい。
あまりエミリオンとは顔を合わせたくはないので、オルテル公爵とフローラと三人であるというのは、少しばかり安心した。
「ジョジュ王女。お詫びが遅くなりました。先日は、家内が失礼な態度をとったようで、お詫び申し上げます」
待ち合わせ場所に到着するなり、オルテル公爵は私に向かって頭を深く下げた。
何を言っているのか分からず困惑していると、王の許しも得ずに勝手にアロマキャンドルパーティーに招待したことについて言っているらしい。
「とんでもありません。お誘いいただきまして嬉しかったと奥方にお伝えください」
「ありがたいお言葉感謝いたします」
晩餐会では、王の周りで盛り上げ役に徹していることが多いオルテル公爵だったが、思慮深い男らしい。
懸念事項が潰れると同時に、表情を切り替えて「では、ニックス城をご案内致しましょう」と歩き始めた。
会議室、図書館、資料室など様々な部屋を回った後だった。
中庭で煙が立っているのを発見したオルテル公爵は、その周りにガルスニエルと娘のアルムがいるのを発見し「大変恐縮ではございますが、あちらにうかがってもよろしいでしょうか」と私に許可をとった。
子どもたちで火を焚いているという状況を放置する方が危ないと、私は頷き、フローラも後に続いた。
「お前たち何をやっているのだ」
子どもたちに向かって厳しい声で尋ねたオルテル公爵の視線が小さく燃える火元へ移る。
同時に、オルテル公爵は、積もっている雪をその火にかぶせて火を消した。
後から追いついた私は、焦げついている火種になったものを見て、目を丸くした。
それは、初日に盗まれた私の荷物の一部だったからだ。
「なんてことを……」
陰湿な現場だった。
目眩がしたが、必死に耐えた。
どうして、こんなひどいことを、と思う気持ちと、子どもがやったことなのだからと諦めなくてはという気持ちが交錯する。
雪の中から、私と共に笑みを浮かべる母の写真が顔を覗かせているのが見えた。
私は、無言でそれを取り出して、雪を払った。
「まさか、ジョジュ様の私物……」
フローラがボソリと呟くと、パシっと平手打ちする音が響き渡り、アルムが声を上げて泣き始めた。
オルテル公爵が娘の頬を思い切り叩いたのだ。
「アルム!お前、一体どういうことなんだ!」
「知らないわ。燃えてるから、見てただけだもの。本当よ!私たちじゃないわ!」
「嘘をつくな!事実、お前たち以外に人はいないではないか!」
私もフローラも助け舟が出せなかった。
事実、晩餐会でガルスニエルが「親殺しが、この国の女王になるなんて……許されないことです」とエミリオンに意義を唱えていたことは、誰もが知る事実であったからだ。
「ガルスニエル王子。これは、どういうことか教えていただけませんかな?あまりにもお戯れがすぎますぞ」
冷ややかに言葉をかけるオルテル公爵に、ガルスニエルは無言で貫き通すつもりのようだ。
瞳には涙が浮かんでいる。
「ガルスニエル王子」
オルテル公爵が痺れを切らした時だった。
アルムの手を引いて、ガルスニエルが走りはじめた。
私を置いて行くことができないオルテル公爵は、フローラに衛兵を呼び、二人を連れ戻すように指示を出した。
衛兵たちが子どもたちを探している間、私はオルテル公爵になぜガルスニエルがあのようなことをするのか聞くことにした。
あれほどまでに頑なに私を追い出そうとするのは、深い理由があるはずだった。
焦げついた母との写真を手の中に収めて、私は雪の中に埋もれている焦げてもう使いものにならないだろうドルマン製のドレスたちを眺めた。
「ジョジュ王女……それは」
子どもたちが本当にやったのか、子どもたちを使った犯行なのかは分からないが、これ以上やりたい放題されるのは、どの国の人間でも勘弁して欲しかった。
私に少しでも敬意を持っている人間が周りにいるうちに、どうにかしなければ、この国すら追い出されることになるだろう。
もう行く宛はないのだ。
左手の薬指に光る大きな宝石を売払い、こっそりドルマン王国に戻り辺境の地に住む母に会いに行くのも悪い話ではないだろう。
しかし、私のわがままで母を危険な目に合わせるわけにはいかないと、心の中で首を横に振った。
「私の噂話のこともあって言いづらい話であることは分かっていますが、こういうことが続かれても困ります。いずれ、ガルスニエル王子とも話し合うことが必要でしょう。その時に、彼が私に正直に心の闇を話してくれるとも限りません。それとも、あなたの娘が私のドレスを燃やしたと、王に報告してよろしいのですか?」
私の強い言葉に、観念したようだった。
オルテル公爵は「承知しました。お話しいたします」とポツポツと過去に起きたことを話しはじめた。
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ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話から、明るくなる一方ですので、次も読んでいただけましたら嬉しいです。
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