7:兄弟の過去と新たな覚悟
今から十年ほど前の出来事だった。
数名の男が、蒸気機関車を発明し、動力源となる石炭がロニーノ王国で大量に取れることが判明した。
これまでの歴史の中で戦を仕掛けては負けていた大国ドルマン王国の傘下に入らざる得なかったロニーノ王国だったが、エネルギー源となる石炭を近隣諸国に売ることで国力を上げていった。
さらには、路線の拡大事業にも注力し、近代国家としての新しい国づくりを実施してきた。
そのおかげか、近年では、大国ドルマン王国にも対等とまではいかなくとも、多少なりとも意見を押し通すこともできるようになってきていた。
首都プルぺから馬車で真東に向かって二時間。
王国の真ん中に位置するデリット山脈とソイ山脈の間に位置する炭鉱ロックデリットでは、大量の人が雇われ日夜問わず働き通しで石炭を掘っている。
もともと雪の多い国で、漁業しか取りえのなかったロニーノ王国では、「掘れば金持ちロックデリット」といった言葉が国中に広がるほどの勢いであった。
たくさんの男たちが自分の故郷に住む家族を養うために、炭鉱で身を粉にして働いた。
その日は、炭鉱五周年の祝いで、エミリオンとガルスニエルの両親である国王と女王もロックデリットへと視察に訪れていた。
国王達がトロッコに乗って地下五十メートルの坑道へと向かい、実際の炭鉱現場を確認して、ロックデリットで働く男たちに労いの言葉をかける。
そして、上へ戻って祝いの言葉を述べるはずだった。
爆発音がしたのは、国王たちを乗せたトロッコが発車してから数秒ほど経った時のことだった。
点検は完璧であったはずだ。
何重ものチェックがおこなわれるといった厳戒態勢だったのにも関わらず、最も恐れていた事故が起こってしまったのだ。
回収されたトロッコには、どこにも細工は見当たらなかったことから、不慮の事故として片付けられた。
当時王子であったエミリオンは、急遽国王として即位することとなり、まだ両親を必要とする年齢であったガルスニエルは、突然に両親がいなくなってしまった状況に困惑するばかりであった。
あまりに突然の出来事だったので、隠居している先代の女王が補佐としてエミリオンを支えるという話も出たが、たち消えた。
エミリオンがそれを「必要ない」と拒否したからだ。
幼い頃から有能な王子ではあったが、両親がいなくなってからは、国を守るためにロックデリットにある炭鉱の男たちよりも働いた。
逆らう者は容赦なく追い出したので、冷酷無慈悲な王であると陰口が絶えなかった。
ロックデリットの炭鉱を閉山しろという声も少なくはなかったが、エミリオンはそれをしなかった。
むしろ、路線を近隣のドルマン王国やグランドール王国まで幅を広げていき、エネルギー源となる石炭を近隣諸国に売りつけたのである。
地質の問題かドルマン王国やグランドール王国では、石炭があまり取れなかったので、この荒技が通用したと言ってもいいだろう。
冷酷無慈悲であっても、自分にデメリットがないと分かれば、文句を言っている人間も少しずつ落ち着いてきた。
ロニーノ王国が、先代の国王夫妻の不慮の事故を乗り越えて、盛り上がりを見せてきた時だった。
大国であるドルマン王国から「親愛なる隣人へ」と一通の手紙が届いたのである。
***
「それが、この結婚ということでしょうか?」
私の質問に、オルテル公爵は頷いた。
「そうです。路線を拡大し、石炭を買う代わりにドルマン王国の王女と結婚し、交友関係を結ぶというのは、双方にとって非常に利益の多いことです。それに、ドルマン王国はかねてより大陸の南の方に位置する、イタカリーナ王国やアダブランカ王国の方とも親交が深い。このまま全土に路線を拡大できれば、ロニーノ王国はただの雪降る漁村の国ではなくなるのです」
義母たちがなぜあのタイミングで騒ぎを起こしたのか、今になってようやく理解できた。
本来であれば、義妹のリリーがロニーノ王国へと送られるはずだったのだろう。
そして、ガルスニエルが私を追い返したいという理由も、ようやくしっくりきた。
「この国で起こったこと、そして王子が私を毛嫌いしている理由が、理解できました。両親を事故で失っている王子は祖国で義親殺しの名があるがゆえに、私のことを追い出したいのですね。両親を失って寂しい思いをしている彼にとって、親を自ら殺すような女はさぞ悪魔のように見えるでしょう」
オルテル公爵は答えなかったが、沈黙が肯定の意を示していた。
国は、王と女王の死を乗り越えたが、まだ幼い少年は乗り越えられていないのだ。
「オルテル公爵にお願いがあります。私の荷物はまだ一部しか燃えておりません。ここにある荷物以外にも駅で盗まれた荷物は他にあるのです。すべての荷物を回収して、私のところへ届けていただけませんか?そうすれば、この件は内密にいたします」
「ジョジュ王女、それは……」
「この件で、子どもたちの立場を悪くするのは、あなたにとっても得策ではないでしょう?」
これは、私がロニーノ王国に来て、初めての脅しだった。
騒ぎが大きくなれば、嫌がらせをしてきた人物に、私が動揺していることが相手に伝わってしまう。
私は、写真を少しだけ強く握りしめた。
これ以上、私の人生を好きにさせてたまるもんか。
「承知いたしました。すぐに回収いたします」
オルテル公爵が頭を下げたので、私は一度だけ頷いた。
***
私との約束通り、オルテル公爵は昨日の出来事を大ごとにしなかった。
荷物は、まだ戻ってきていないが、全力で探していると報告が上がってきた。
娘であるアルムの人生も関わっているということもあり、動きは迅速だ。
何も知らないエミリオンは、約束通り公務の引き継ぎの一部であるとだと私を財務室へと案内した。
冤罪とはいえ、祖国で殺人罪だけでなく、横領の罪も問われ裁判にかけられていた女に金の管理をさせるというのは、一体どういうつもりなのだろうか。
私の胸中を知るよしもなく、エミリオンは淡々と説明を始めた。
「財務の仕事は、私の許可が出るまでは毎日決まった時間に行ってもらう。わからないことがあれば、この部署の者に聞け。後ほど説明するが、基本的に外に行く公務については、そちらを優先してもらう。ちなみに、金まわりに関しては、私だけでなく他の大臣もチェックするので、ミスはしないようにお願いしたい」
要は、自分の信頼は自分で取り戻せということらしい。
ここで、金まわりはしっかりしていることを周りに知らせれば、この国で横領などしないということの証明となる。
名誉挽回のチャンスをくれたことには、感謝しなければならないようだ。
「それと毎週、必ず一日は奉仕活動も行っていただきたい。これは私も一緒に行う予定だ。奉仕活動のスケジュールに関しては、バルジャン公爵が管理しているので、確認するように」
肩まで伸びた黒髪を一つに結んだ男が「晩餐会では何度かご挨拶いたしましたが、改めまして、オーク・バルジャンと申します」と艶っぽい声をあげて私の手の甲に口づけを落とした。
「承知しました。お心遣い感謝いたします」
エミリオンは、奉仕活動で私の悪い噂を払拭するだけでなく、夫婦円満も周りにアピールするつもりらしい。
愛はないが、ここで暮らしやすいようには手配すると言ったエミリオンの結婚式での誓いは本物だったようだ。
国王は、怖そうに見えますけど、本当は家族想いのお優しい方なんですよ。
フローラの言葉が脳裏によぎったが、私は首を横に振るのだった。
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