5:王子ガルスニエル
結婚式の後の晩餐会では、初日の晩餐会に来ていなかった貴族たちにもお披露目するらしい。
本来であれば、毎晩開催される晩餐会で少しずつお披露目する予定だったのだが、私が熱を出してしまったせいで、顔を合わせられなかった貴族の人々が大勢いるらしかった。
白のレースを首元と裾にあしらったビロードの真っ赤なドレスに、白い毛皮のコート。
左手の薬指につけている指輪には、親指サイズほどのダイヤモンドが光り輝いている。
これが、ドルマン王国とロニーノ王国の同盟の証。
私と母が助かるための唯一の手段。
フローラに身なりを整えてもらっている間、窓の外をこっそり眺めていたら、また雪が降り始めていた。
貴族たちが乗って来た馬車のタイヤの跡や馬の足跡も、空から落ちてくる雪が覆い隠している。
「すてきな結婚式でしたね」
まさか「愛を求めるな」と言われているなど夢に思っていないだろう。
フローラの言葉に「ありがとう」と素っ気なく頷いておいた。
私が、エミリオンの話題になると素っ気なくなると、フローラは少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、当たり障りのない話題に変える。
「そういえば、今週末はオーロラが見えるかもしれないそうですよ。ジョジュ様は、ご覧になったことがございますか?」
「いいえ、ないわ」
オーロラは、書物で読んだことがあるので知っている。
寒い地域の夜空に輝く光のカーテンといった描写があったが、実物は見たことがない。
「部屋からご覧になれると思いますので、温かい飲み物を当日はご用意いたしますね」
フローラの気遣いをありがたく感じながら「ええ。よろしく」と返事をすると、彼女は優しく微笑んだ。
***
晩餐会の会場の扉の前まで来て、先日の出来事を思い出して憂鬱な気持ちになったが、先日私の悪評を酔っ払った勢いで声高々と語ったベンケンドルフ伯爵の姿は会場の中に見当たらなかった。
誰もが好意的な笑みを浮かべて、エミリオンが座っている席へと案内してくれる。
そして、気味が悪いほど誰もその話題に触れることはなく「すばらしい結婚式でした」と声をかけてきたので、安心した反面、強制的にあの晩の出来事がなかったことになっていることに気持ち悪さも覚えた。
エミリオンと私の隣には、オルテル公爵夫妻が座り、娘のアルムも近くに座っている。
「いやあ、すばらしい結婚式でしたな。国王様も王女様も我が国の誇りです」
エミリオンは反応していないが、オルテル公爵はあまり気にしていないようだ。
王が反応していないのに、私が意気揚々と返事をするのも気が引けたので、曖昧にほほ笑むとマリアンヌが嬉しそうに「私もお役目をご一緒できて光栄でございましたわ」と声をかけてきた。
アルムは退屈そうに目を宙に泳がせている。
母親のマリアンヌに「アルム。あなたも光栄だったでしょう?」と促されれて、アルムは慌てたように人形のような可愛らしい笑みを私の方へ向けて頷いた。
前回参加した晩餐会同様、オルテル公爵の合図で晩餐会が始まった時だった。
部屋の外がなにやら騒がしく「おやめください!」と誰かを必死に止める声が聞こえたのと、扉が勢いよく開かれるのは、ほとんど同時だった。
「兄上!」
アルムと同い年くらいだろうか。
真っ赤なルビーのような瞳。
エミリオンが幼い顔つきになったら、あのような顔になるだろうなと誰もが一目見てわかる容姿。
唯一エミリオンと異なるのは、彼の髪の毛が真っ黒なことくらいだろう。
「これは、これは!ガルスニエル王子!よろしければ、こちらでご一緒に祝いましょう」
突然の来訪者に、オルテル公爵が機転を効かせて、ガルスニエルと呼ばれたエミリオンの弟の名前を呼んだ。
ガルスニエルは、オルテル公爵の言葉を無視して、走ってエミリオンのところへ駆け寄り、兄に詰め寄った。
「兄上は、この女に騙されております!どうして、ベンケンドルフ伯爵があのような処分を受けたのです?この国では、正直なことを述べたら罰が与えられるのですか?」
ベンケンドルフ伯爵の名前がでた瞬間に、会場は静まり返り、私は顔を上げてエミリオンを見た。
「おまえには関係のないことだ。二度は言わない。部屋に戻っていろ」
ようやく追いついた赤毛の髪を振り乱したゴルヴァンが「ガルスニエル様」と息も絶え絶えに、彼をエミリオンから引き離そうとしたが、ガルスニエルはそれを振り払った。
「ガルスニエルに、こんな浅知恵を植え付けたのは、ゴルヴァンおまえか?」
エミリオンに睨まれて、ゴルヴァンは「いえ、めっそうもありません!」とすくみ上がって答えた。
「ゴルヴァンは関係ない!私が勝手に考え、実行にうつしたことです!」
ガルスニエルが、ゴルヴァンの前に両手を広げて立ちはだかり「親殺しが、この国の女王になるなんて……許されないことです」と私の方を睨みつけながら言い放った。
こんな子供にまで噂が回っているのであれば、この会場に来ている人だけでなく、召使いまで私の悪評を知っているというわけだ。
ドルマン王国との同盟があるので、エミリオンは余計な荒波を立てたくないのだろう。
愛はないが、暮らしやすくするつもりということは、そういうことだ。
しかし、このままでは王に不信感が集まってしまう。
その証拠に、ガルスニエルの純粋な瞳の奥には、憎しみがメラメラと燃え盛っている。
近いうちに、この城で私の居場所は無くなるのだろう。
「ゴルヴァン。職を失いたくないのであれば、今すぐガルスニエルを部屋へ連れていけ。ガルスニエル、週末まで部屋の外に出ることを禁じる。指示を守らなければ、離宮に隔離されることも覚悟するように」
弟の抗議をものともせずに、エミリオンは、素っ気なく命令を下した。
同盟を優先するのであれば、当然の反応だった。
「……承知しました」
力なくゴルヴァンが答え、「今度は、私も謹慎処分にするのですか?兄上!目を覚ましてください!」と暴れるガルスニエルを抱えて部屋から出ていった。
部屋の扉が閉まる前に、ガルスニエルと視線が合った。
私を睨みつける瞳には、たくさんの涙が浮かんでいる。
静まり返った部屋の中でアルムの「バカな、ガルスニエル」と小さく呟く声が聞こえた。
***
葬式のような雰囲気の中「さて、ウェディングケーキを持ってきて、気を取り直しましょう!」と空気を一切読まないオルテル公爵の声が響き渡る。
困惑する貴族たちに「みなさまは、王の結婚を祝う気がないのですか?」と冷たく言い放つと、静まり返った部屋の中に少しずつ活気が戻っていく。
私がいると、あまりこの国にいい影響が出ないのではないかと不安になることばかりが起きるので、だんだん申し訳ない気持ちの方が優ってきた。
あながち祖国に帰っていった侍女のサーシャの言葉も間違っていなかったのかもしれない。
挽回しようにも、どうすればいいのか分からず、自分の皿を眺めるばかりである。
「ジョジュ王女」
マリアンヌに声をかけられて、慌てて顔を上げる。
「は、はい」
「お伝えしようしようと思って忘れていたのですが、今週末に仲間内で集まってアロマキャンドルパーティーを開催しますの。もしよろしければ、ジョジュ王女もご一緒にと思いまして」
心臓がドキリと跳ねた。
――今週末に、お茶会を開催するのでですが、よろしければ、お姉様もご一緒にいかがです?お好きなハーブティーをご用意いたしますわ――
義妹の言葉が脳裏によぎる。
マリアンヌは、悪意があって誘っているわけではないことくらいわかるのだが、どうしても身構えてしまう。
参加して、また同じような状況になった時、私の身は今度こそ破滅する。
しかし、新参者の私から見てもオルテル公爵夫妻は、エミリオンにとって重要な参謀であることは見てとれる。
断ることは良策ではないだろう。
「それは、何時からどこで開催される?」
エミリオンの声が聞こえた。
彼の方を振り返ると、エミリオンは難しい顔をしてマリアンヌの方を見ていた。
突然、会話に参加したエミリオンの言葉に「昼時から夕刻まで、私の邸宅ですわ、陛下」とマリアンヌは慌てて答えた。
「その時間は、王女に公務の引き継ぎをする予定なので無理だ。また、彼女を誘う時は一度私に話を通すように」
有無を言わせない態度に、マリアンヌは「大変申し訳ありません」と頭を下げる。
助けてくれたのだろうか。
いや、まさか。
私は、彼の実の弟すら窮地に追い込むような女だ。
エミリオンの方を見るが、その証拠に彼の視線は全くと言っていいほど私に向いていなかった。
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