【コミカライズ連載記念SS】『氷の王は、追放された敵国の王女を花嫁にする』

【コミカライズ連載記念SS】『氷の王は、追放された敵国の王女を花嫁にする』前半

『国外追放された王女は、敵国の氷の王に溺愛される』を読んでいただきましてありがとうございます。


本作が、まさか、まさかのFLOS COMIC様にコミカライズ化をしていただきました!


富士見L文庫様から書籍を出せただけでも有難いのに、まさかのです。

本日8/23(金)から連載開始になりますため、よろしければご覧いただけましたら幸いです。

表紙を描いてくださったイラストレーターのさくらもち先生考案の美しいキャラクター原案をもとに、漫画家のまりも璃茉りま先生がとても美しく、緻密に、そしてドラマチックに漫画を描いて下さりました!


近況ノートにリンクが貼ってありますので、ぜひ!!

https://kakuyomu.jp/users/zofui0424/news/16818093083478916852


そして、コミカライズ連載開始記念としてSSを書きました。

前回のヴィオラに続き、今回はエミリオン視点です。

時系列を漫画とあわせてみました。(終盤は少し先のお話になりますが)

どうして「愛を求めるな」と彼が結婚式で言い放ってしまったのか。

どうして、ジョジュに対してはじめは冷たかったのか。

そんなエミリオンの心理初公開です!


もしよろしければ、漫画と答え合わせしながら、読んでくださいましたら嬉しいです。

______________________


   


「エミリオン。あなたにドルマン王国から縁談が来ています」


 両親が死んで、王位を受け継いでから五年。雪が激しくロニーノ王国の大地に降り注いでいる午後のことだった。

 祖母のイリナティス・レックスの住んでいる、離宮テオフィロス城へ久々に呼び出された。

 祖母は、先々代の王であるミハイル王の妻であり、元ロニーノ王国の王妃である。現在は引退してに全てを私に一任しているが、王宮に影響力は残しているのが現状だ。

 祖母が中立の立場をとってくれているので、私に反対する勢力も表向きは落ち着いている。

 そんな祖母から、突然呼び出されて何を言われるのかと思えば、他国の王女との縁談であった。


「必要ない」


「ダメよ。受けなさい」


 既にサドルノフ家との縁談が決まっている状態だ。愛はないが、国内有数の貴族である公爵家との縁談を無碍にするわけにはいかない。日取りも決まっているのだ。


「サドルノフ家との縁談をどうするつもりです」


「もう、ヨシフ・サドルノフには話を通しています。鉄道事業の責任を彼らに任せ、彼らの利益を二割増やすことで手を打ってくれるそうよ」


「勝手なことを……」


 サドルノフ家との縁談を決めたのも祖母だった。


「向こうから送られてきた手紙と肖像画です」


 机の上に置かれた手紙と王女の肖像画に目を向ける。儚げなエメラルドの瞳に、黄金の長い髪。可愛らしい顔であったが、どことなく不安そうな表情を浮かべていているように見えた。


 どうやらドルマン王国の王女ジョジュ・ヒッテーヌが、宮廷内の陰謀によって無実の罪に陥れられてしまったらしい。結婚を受け入れた際には、最近注力している鉄道事業の後ろ盾になるとも書かれている。ドルマン王国の王であるオイゲン王は、娘を守るためにこちらへ寄こしたいのだろう。


 しかし、冤罪とはいえ義母殺しに多額の横領とは、気になる点が多すぎる。


 無実の証明もできずに、国から追い出されているのが現状だ。本当に無実であったのかも怪しいところである。


 陰謀が渦巻く宮廷で足を引っ張られ全てを失いかけたお姫様がやってきたとて、この国の王妃が務まるのだろうか。

 そう思ってしまうのは、ロニーノ王国も決して彼女にとって優しい環境ではないからだ。


 王位を継承してから、私腹を肥やしたい連中の集まりが、自身に都合のいい派閥を作った。前王であるヴィッサリオン王の意思を継いでいると主張しているが、実際は汚職と賄賂の隠れ蓑として使っているだけだ。鋼鉄事業の推進に注力したいというのに、そのような人間たちの証拠集めもしなくてはならない。


 とにかく今は猫の手でも借りたいほど忙しいのだ。そのような時に、ドルマン王国からのお荷物を押し付けられるなんて。


 とはいえ、ロニーノ王国は、大陸にある七つの国の中でも立場はあまり強い方ではない。ドルマン王国から来た王女を無碍にして、大国を敵に回すのも得策ではないだろう。


「今週末、彼女はやって来ます。結婚式の準備の手配などは私が指示を出しておきます。いいですね」


 返事をしなかったのは、せめても抵抗だった。軽く頷いて部屋を後にした。



***



「陛下、今度の漁村ネスコに延伸させる線路の予算額が多すぎるのではないかと、抗議活動をしている者がおります。いかがいたしましょう」


 ニックス城に戻ると腹心の家臣の一人である、マキシム・オルテル公爵が、私を出迎えた。オルテル家は、先祖代々王家であるレックス家を支えてくれている。


「まともに相手をする必要はない。これ以上予算を削って、実際に汽車を走らせた時に、事故でも起こってみろ。それこそ奴らの思う壺だ」


「かしこまりました。ですが、ネスコの交渉もかなり滞っているようで。あそこの漁師たちは頑固な者が多いですから」


「今後、鉄道事業の中心にサドルノフ家が置かれることになる。サドルノフ公爵の息子、マルゴナに行かせればいい。あいつは、人たらしなところがあるからな」


「なぜ、突然サドルノフ家が? 彼らは鉄道事業に携わっていなかったはず」


「ドルマン王国の王女、ジョジュ・ヒッテーヌを嫁にもらうことになった。鉄道事業の後ろ盾と共にな」


 ドルマン王国の王女が、ロニーノ王国に嫁いでくるといった言葉だけでオルテルは、理解したらしい。サドルノフ家の令嬢であるヴィオラを妻に迎えることは、周知の事実であったからだ。


「なるほど。それで、サドルノフ家が……」と頷いた。


「予算の件は、ドルマン王国からの支援金でどうにかなるだろう。バルジャンにもそう伝えておけ」


 もう一人の信頼における臣下に伝言を頼むと、オルテルは頭を下げてその場を去って行った。


 王になってから、底の見えない沼の中に引きずられるように、足を引っ張られる毎日だ。既に緊迫しているニックス城に、敵国の悪姫がやってきて、さらに引っ掻き回されると思うとうんざりした。


 ***


「お初にお目にかかります。ドルマン王国第一王女であります。ジョジュ・ヒッテーヌと申します。この度は、陛下とのご縁がありましたことを、心より喜び申し上げます。不束者ではございますが……」


「御託はいい」


 大国の姫君にしては粗末な身なり、雪で濡れた髪に、やつれきった顔。肖像画と同じ人物であるのは分かったが、それよりも酷いありさまだった。


 同情を引こうといった演技だろうと、私は侍女のフローラを呼んだ。幼い頃からそばにいる世話係として信用できる臣下の一人だった。


「この者の身なりを整え直し、夕食の席に案内しろ」

 

 さっさと身綺麗にして、そのような猿芝居を終わらせればいい。


 部屋には、彼女が好むであろうドレスに化粧品、宝飾品も準備してある。横柄な態度を好むわけではないが、王族としての最低限の立ち振る舞いはしてほしかった。身なりもそのうちの一つである。


 フローラが身なりを整えると、肖像画と同じような美しさを取り戻していた。時折、こちらの様子を伺うような視線を送ってくるが、愛想を向ける前にもう少し様子を見たかった。


 機嫌を損ねない程度には大切にしなくてはならないが、愛を紡いでいくつもりはなかった。だから結婚式の時には「愛を求めるな」と宣言し、生活の保障だけはすると伝えた。

 彼女は、あっさりと私の言葉に了承して頷いた。思っていた以上に、自分の立場を理解しているらしい。


 パレードの馬車の中でも国についてどのような意見があるか尋ねてみたが、特に意見はあるわけではないらしい。幼い頃からの癖なのか、慣れた口調で耳触りのいい言葉を選んだだけだった。

 

 共に国を作り上げていく気はないのか、何かに怯えているのか。


 そこまで考えて、彼女と話をするのをやめた。『愛を求めるな』と宣言するような夫の仕事を積極的に手伝えと言うのは、あまりにもむしが良すぎると思ったからだ。

 それに、彼女の生活の保証をしていれば、しばらくはドルマン王国の後ろ盾があると周囲に思わせられる。「ドルマン王国に国を売るつもりか」といった声も上がっているのが、その証拠だった。


 結婚式の後の晩餐会で、オルテルの妻であるマリアンヌ公爵夫人が、彼女を自分の開催するパーティーに誘った。他愛のない夫人同士のやり取りにしか見えなかったが、彼女の手は震えていた。

 異母弟妹と共に開催したお茶会で、義母殺しの冤罪を着せられたというのを思い出す。催しに招待するのは、貴族にとって親交を深めるためのものであるが、今の彼女にとってはそうではないのは一目瞭然だった。


「それは、何時からどこで開催される?」


「昼時から夕刻まで、私の邸宅ですわ、陛下」


「その時間は、王女に公務の引き継ぎをする予定なので無理だ。また、彼女を誘う時は一度私に話を通すように」


 公務の引き継ぎをする予定はなかった。


 驚いたような表情をこちらへ向けてきたので、視線をずらした。

 守ろうと思ったのは事実だが、それを彼女に悟られるのは嫌だった。


 ***


 その後、弟のガルスニエルの件で、彼女と話をする機会があった。

 想像していた以上の激しい一面を見て、彼女が今までいかに自分の気持ちを押し殺し、ドルマン王国で抑圧されていたのだろうかと驚いた。それと同時に、彼女がどこまでやれる人間なのか興味が湧いた。


 好かれていないのはわかっていたので、積極的に関わろうとはしなかった。


 だが、臣下たちには彼女がどうしているか、こまめに聞くようにした。

 様子を伺わせていたフローラから『とても良いお人柄です。義母殺しと言われているのは、何らかの間違いではないでしょうか』といった報告も受けた。


 横領の噂がまといつく彼女の噂を確かめようと、財務部で働かせてみれば、評判は悪くない。

 財務部長のエレーナ・アヴェリンからも『金銭感覚におかれましても、陛下ととても相性が良いお方かと思われます』と言われた。

 

 両親が死んでから粗悪になっていた弟の関係も、取り持ってくれた上に、気難しい性格の祖母や大叔母たちともうまくやっているという。

 

 全てが想像と違っていた。


 冷たく突き放した夫の家族を、まるで自分の家族かのように優しく包み込み、国全体のことも自分と同じ温度で考えてくれている。

 彼女のことを知れば知るほど、その存在に感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。孤独だった王座を支えてくれる絶対的な相棒として、一人の女性として尊敬する気持ちが芽生えてきた。

 

 それと同時に『愛を求めるな』と傲慢にも言い放ってしまった自分の言葉を思い出すだけで、胸の奥がざらりとした。


 ***


 彼女が城内で存在感を増せば増すほど、精神を崩す者もいなかった訳ではない。特に元婚約者のヴィオラ・サドルノフ公爵令嬢は、自分が座るはずであった座を彼女に奪われたことで、相当精神的にきているらしかった。


 私に恋慕の感情を抱いていたのだと、人伝えに聞いた。ヴィオラは、政略的な許嫁だと認識していると思っていたが、意外にそうではなかった事実に驚いた。

 幼い頃から気が強いところがあるのは知っていたが、彼女と同じドレスを着てきた時には、久しぶりに肝が冷えた。


「このままでは、ジョジュ様に危害を加えることもあるかもしれません。すでに、ジョジュ様は傷ついていらっしゃいますが……」 


 フローラが、ヴィオラの言動を一言一句報告してくるので、彼女たちの間でどういったやり取りがあったのかは把握していた。


 私の前では今までと同じように笑みを浮かべて話をしているが、機嫌を取るのにも限度がある。いずれ、ヴィオラにはもう王妃になる望みはないのだと宣言する必要はあった。


 恐れているのは、参っている状態のヴィオラを追い詰めて、フローラの恐れている通り彼女に危害を加えることだった。そうなると、サドルノフ家を処罰せざる得ない。


 しかし、今サドルノフ家が自身の派閥から消えてしまうのは、大きな損失に繋がってしまう。だからといって、彼女だけにヴィオラの対応を任せきりの状況は改善しなければならなかった。


「で、どするつもり? ヴィオラのこと」


 どうするか手をこまねている時だった。幼馴染であり親戚のデニス・ジートキフ大公爵子息が、私の部屋にフラリとやって来て、真意を聞いてくる。


 幼い頃から、彼が彼女に恋慕の心情を抱いているのは知っていた。家同士の取り決めに、口出しを互いに出せるわけもなく、触れないまま大人になってしまった。

 ヴィオラとの婚約が白紙になってしまった今、デニスは彼女との関係を進めたいと考えているらしかった。その際に、私が邪魔な存在かどうかはっきりしておきたいように見える。


「どうすることもできない。彼女との結婚は国家間のやり取りだ。今さらヴィオ……サドルノフ公爵令嬢とどうなることはないだろう」


「彼女は、そう思っていないようだけどね」


 普段は飄々としている癖に、ここ一番の時には誰よりも遠慮なく痛いところをついてくる。

 今まで、ヴィオラから好意らしい気持ちを告げられたことはなかった。だから、彼女の気持ちがどうとは考えたことがなかったのだ。

 忠誠を誓ってくれた幼馴染たちの一人で、婚約者、それ以外に抱いている感情はなかった。


「私は妻を一人しか取らないし、愛人も作らない。折を見て彼女には、しっかり話をするつもりだ」 


「折を見てねぇ……」


 含みのある言い方であったが、私はデニスの言葉を無視した。


 ジョジュ・ヒッテーヌとはもう結婚式まで終えている。そして、王妃としての手腕は認めざる得ないほどであった。彼女を裏切る利点はどこにもない。


 デニスが書斎から去った後、離宮へ行っている彼女の顔が脳裏に浮かぶ。

 そして、自身が彼女に会いたいと思っていることに驚いた。

 

 今まで感じたことのない感情に戸惑いつつも目の前に積まれた書類の山を矢つける。

 もし、今離宮に私が会いに行ったら、彼女はどのような顔をするだろうと考えるのだった。


― 後半へ続く ―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る