24:事情聴取

 ヴィオラはまだ回復していないようだが、私が回復したこともあって、事情聴取が始まった。


 ガヤガヤとざわついた室内は、私が部屋に入ってきたことでシンと静まり返った。

 一瞬だけドルマン王国で、義母の命を狙ったと騒ぎになった後のことを思い出して不安になった。


 しかし、「大丈夫か?」とエミリオンが尋ねてくれたので、私は気を取り直して、エミリオンとデニスが座っている間の椅子に腰をかけた。

 会議室の中には、エミリオン、デニス、オルテル公爵の外に、サドルノフ公爵や、ゴルヴァンの上司である王族直轄部隊の幹部であるダンデーヌなど様々な人が席に座っていた。


 オルテル公爵が咳払いをして「妃殿下には思い出したくもないであろう、先日の襲撃の件ですが、我々も主謀者を見つけ出すためにぜひ捜査のご協力を……」と話を始めた。


 あの日、私とヴィオラを護衛していた衛兵の全てが一人残らず殺されていた状況を思い出すと怖くてたまらなくなる時があるが、つとめて表情に出さないようにした。


 あの時、犯人たちは「あの方に確実に殺せと言われているんだぞ」と言っていた。

 もしかしたら、この中にも犯人がいるかもしれないのだ。

 わざわざ弱っている姿を見せて、喜ばせる必要はない。


「犯人の顔を妃殿下はご覧になられたのですか?」


「ええ。ですが、一瞬のことです。私もサドルノフ公爵令嬢もそりの中におりましたし、崖の下にそりが滑り落ちていったので、しっかりと犯人の顔を見ているわけではありません」


「そうですか。ありがとうございます。にしても、あの日リハーサルがあるということを知っていたのは、王族とこの部屋にいる一部の貴族、そして当日護衛する衛兵たちです。その中で、妃殿下に日ごろ恨みを持っていた人物を考えるとなると……」


 オルテル公爵の視線だけでなく、部屋の中にいる人物たちの視線がサドルノフ公爵へと向く。


「私たちを疑うというのか?」


 サドルノフ公爵ががたっと席を立ち上がって、声を荒げた。

 自分の娘が死にかけたのだ。

 当然の反応である。


「そちらのご令嬢が妃殿下のドレスと同じドレスを着てきたり、陛下にご執心であったのは皆が知る事実ですから。妻の話によれば、妃殿下は非常にお困りだった様子。疑わない方がおかしい話かと。今回も、妃殿下の嫌がらせの一種なのではありませんか?」


「娘は、嫌がらせで自分の命を落とそうとしたというのか?オルテル」


 ヴィオラの短気は、完全に父親譲りのようだ。

 青筋を立てながら、今にも飛びかかりそうな勢いでサドルノフ公爵はオルテル公爵を睨みつけている。


「あのようなはしたない真似ができる女です。そういう思考に陥ってもおかしくはない」


「オルテル、調子に乗るなよ」


「その態度がなおさら怪しい」


 緊迫した空気が部屋の中に流れていた。

 私は手を上げてオルテル公爵の方を見た。


「どうされました?妃殿下」


「サドルノフ公爵令嬢は犯人ではないかと思われます。私は、雪国出身ではないため、皆様のような知識がなく、雪の中で助けを求めに歩き回ろうとしていたのです。しかし、彼女は、私に吹雪の中で歩いてはいけないと教えてくれました。もし、彼女に殺意があるのであれば、私を止めたりしなかったはずです。知識の乏しい私を笑顔で送り出せばよかったのですから」


「ですが、それも作戦のうちかもしれません。妃殿下」


 オルテル公爵は、親身になって私のことを考えているようだった。

 荷物が燃やされた時に、八つ当たりするようになくなった荷物をかき集めてこいと彼に指示を出したことを、今になって後悔した。


「オルテル公爵。心配してくださりありがとうございます。非常に心強いです。確かに彼女は私に対して当たりが強かったことは否定しません。言葉を変えればそれだけ本音で接してきていたということ。そのような彼女が、発熱して意識が朦朧もうろうとする中、私を殺そうとしていたとはどうしても思えないのです」


 サドルノフ公爵が「妃殿下……感謝いたします」と頭を下げた。

 オルテル公爵は自分の意見を否定されて面白くなさそうではあったが、エミリオンの方をチラリと一瞥したあと「外に何か意見のある方はいらっしゃいますか?」と意見を促した。


 長い手がスッと伸びる。

 口髭をはやし、白髪の混じった栗色の髪の毛をオールバックにした王族直轄部隊の幹部であるダンデーヌが手を挙げたのだった。


「我が部隊からも、何人もの死人が出ました。妃殿下、サドルノフ公爵令嬢を命をかけてお護りできたことに関しては、これ以上の誇りはありません。これは、私個人の疑問であります。ジートキフ氏に確認したい。なぜ、犬ぞりレースに彼女たちを出そうと思ったのですか?」


 自分に白羽の矢が立つことは予想していたのだろう。

 サドルノフ公爵に殴れらた頬が、まだ赤く腫れ上がっているデニスは、焦る様子を見せることなくゆっくりと席を立ち上がった。


「必要だと思ったからです」


「なぜ必要だと?」


「彼女たちの仲違い……いや、サドルノフ公爵令嬢の妃殿下に対する不満は、王宮の中でひどく噂になっておりました。メイドにも伝わっていた。ということは、いずれ国民にもその波紋は広がっていくでしょう。この国は皆様もご存知の通り、一枚岩ではない。いつ不満分子が彼女の名前を語って活動を始めるかもしれない。私は、妃殿下とサドルノフ公爵令嬢に同じ仕事をさせることで、アピールし、それを防ぎたかったのですよ」


「では、最初からそうやって言うべきでは?舞踏会でも、やけに陛下に絡んでいたではありませんか」


「ああでもしないと、サドルノフ公爵令嬢の威厳が保たれないでしょう。あなた方は、自分の娘や好意を寄せている女性があのような立場になったら、何もしないで見ていると言うのですか?女性にとって結婚というのは一生を左右する大事なものです。我々男とは違い、この国で一度でもあぶれた女性の末路を知らないとは言わせませんよ」


 これがデニスの本音だろうか。

 それだとしたらあまりに不器用すぎると思った。

 彼の真意はいつもわからない。


「話の本筋がずれております。私が質問したのは、なぜあの時陛下に向かって絡んでいたということです。それが答えられなうのであれば、王位を狙った反逆と受け取られても仕方ありませんぞ」


「私は、なぜあのような態度をとっていたのか、説明したつもりだったのですが、筋トレばかりしていて、王族直轄部隊は国語ができなくなってしまったようだ。そもそも、あなたの部下たちがしっかり彼女たちを守っていれば、今回のようなことはなかったでしょう。周辺の警護もどうなっていました?妃殿下たちのそりの前には、警護のそりを走らせなかったそうですね。普通は前後に警護を置くものでは?それを棚に上げて、私を責めるのはお門違いですよ」


 デニスの言葉にダンデーヌは口をつぐんだ。

 地獄のような空気が部屋を包み、それぞれが自分の意見を述べ始めた。


「発言は一人一人手をあげてするように」


 エミリオンが怒鳴り、ざわついていた部屋の中は波を打ったように静まり返った。

 不機嫌そうに眉を顰めているエミリオンの横で、私は再び恐る恐る手を上げた。


「あの……」


「どうした」


 気が立っているエミリオンが何かあるなら話をしろと言わんばかりに私に視線を向けた。


「陛下。ジートキフ公が、わざわざこんなわかりやすい状況で命を狙うでしょうか?」


「私の知っているデニスは、そんな馬鹿な真似はしないな。こいつはもっと姑息なやつだ。相手の嫌がるようなことを狙って言うのが趣味みたいなものだからな」


 私の発言したい内容が分かったのだろう。

 エミリオンが助け舟かどうかわからないような助け舟を出した。


「もし、彼が王位を狙った犯行なのであれば、私を殺せば当初の予定通りサドルノフ公爵令嬢が陛下と結婚することとなったでしょうし、彼女が命を落とせば彼は婚約者を失うどころか私が陛下と夫婦を続けるでしょう。二人を失ったとしても、陛下が王位を退くことはないと考えると、彼が犯行を起こすメリットが分かりません。もし、ジートキフ公が本当に王位を狙うのであれば、リハーサルではなく、当日本番、遠くから陛下を銃で撃ち抜くのが早いのではないでしょうか?」


 デニスだけなく、エミリオンや周りに座っていた男たちも驚いたように私を見ていた。


「さ、さすが、死線を乗り越えた妃殿下の意見は一理ありますな。ハハハ」


 オルテル公爵が乾いた笑い声をあげたが、それ以外は静まり返り誰も意見を述べなかった。


 私は、あまり話しすぎない方が良かったのではないかと不安になった。

 しかし、正直なことを述べていかなければ私のように無実の罪を着せられる人物がいるかもしれないと、発言したことを後悔することをやめた。


 結局、結論は出なかった。

 エミリオンは、王族直轄部隊には引き続き警戒にあたること、他の貴族たちにもしばらく大きな催しは禁止すると指示を出して、その日の会議は終了となった。

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