第8章:緊迫したニックス城
23:サドルノフ公爵の忠誠
何者かが起こした襲撃事件が起こってしまったせいで、犬ぞりレースは急遽中止となってしまった。
私とヴィオラのリハーサルは、一部の人間にしか教えていられていなかったらしく、誰が情報を漏らしたのかとういうことで、王宮内での話題は持ちきりだ。
噂によるとヴィオラは熱が長引いているようだった。
医師の話によると峠は超えたらしいが、まだ油断はできないそうだ。
私の症状はというと、隙間から入ってくる冷気からヴィオラを守るように抱きしめていたせいで腕の一部が凍傷になりかけていたらしい。
あと少しでも救出が遅れていたら、とんでもないことになっていたと医者に言われてしまった。
ヴィオラほど高い熱ではないが、私も熱を出してしまい、しばらくの間腕の痛みと発熱の苦しさでうなされる日々が続いた。
「ジョジュ様!」
「義姉上!」
「ワンっ!」
ようやく面会許可が降りたガルスニエルたちが、泣きそうな表情を浮かべて私の寝ているベッドへ駆け寄ってくる。
「こらこら、ジョジュ様はまだ病み上がりなんですよ。そんなふうに抱きついてはなりません」
フローラは厳しい表情を浮かべて子供たちに注意した。
私は、「大丈夫よ。フローラ」と答えたが、フローラは顔をしかめて首を横に振った。
「毛皮の中に包まれていたとはいえ、何時間も吹雪の中放り出されていたんです。手だって、サドルノフ公爵令嬢をお守りするために……おいたわしくてなりません」
まるで母親のように心配してくれることに少しだけくすぐったさを覚えて、私は「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。
「あのね。ジョジュ様。今お父様たちが犯人を見つけるって頑張ってくれていらっしゃるから、安心してね」
「兄上だって、犯人を見つけるって約束してくださったぞ」
アルムに対抗するようにガルスニエルが言うと「ワンっ!」とフランが同調するように吠えた。
「ありがとう。ところで、今日はみんな勉強は終わったの?」
私はあえて話題を逸らした。
私とヴィオラを運んでいた衛兵たちの何人かは命を落としたと聞いていたからだ。
いくら将来的に国を担うからといって、今から子供たちに刺激の強い話をしたくはなかった。
「私は終わらせてきたけど、ガルスニエルはまだ終わらせてません」
「おい!アルム!お前、バラすなよ」
「だって、嘘はついてはいけませんってお母様がおっしゃっていたわ」
「俺は、これからやるんだよ」
喧嘩を始めた二人の間をフランが困った様子でくるくると回っている。
まるで「喧嘩はよくないよ」と言っているようだ。
「じゃあ、ガルスニエルはここで勉強をしたら?アルムは……」
「私は、舞台の脚本の続きを書くつもり。よかったら、フローラさんアドバイスをくださる?先日、舞台観劇がご趣味だとおうかがいしたと思いまして」
意気揚々とアルムが羊皮紙と羽ペンを取り出して、フローラを呼んだ。
どうやらアルムもフローラと同様に、観劇に心を奪われているようだった。
「あら、アルム様の書かれた作品を拝読させていただけるんですか?」
フローラは驚いたような表情を浮かべた後、アルムに渡された羊皮紙を丁寧に受け取った。
なかなかの分厚さだ。
「ええ。フローラさんの忌憚のない意見が欲しいわ」
「アルム。俺にも見せろよ」
「ガルスニエルは、勉強が終わってからね」
「ちぇ。つまんねえの」
微笑ましい光景を眺めながら、私は戻ってこれたことに心から感謝した。
本当にこの城の中に私たちを殺そうとした犯人たちの仲間がいるのであれば、早くどうにかしなければならない。
部屋の外には複数人の衛兵が配置されており、私の部屋に入れるのは一部だけだ。
エミリオンには、タペストリーの裏側のドアは封鎖すると言われた。
確かに、あの地下の温室の方から入って来れることを知っている人物がいるとするのであれば、夜中にこっそり忍び込まれたらひとたまりもない。
逆もしかりではあるので、私は封鎖することに関して意見を言わなかった。
部屋を変えるといった話も出たが、ガルスニエルから母との思い出の部屋を封鎖して奪うということができないと伝えると、エミリオンは渋々ながらも了承してくれた。
エミリオンは「余裕があるときは、この部屋になるべく足を運ぶ」と約束してくれたので、ガルスニエルも再びこの部屋へやってくることができているのである。
***
病に伏せて身動きが取れなかったはずのヴィオラの父、サドルノフ公爵が、漁村ネスコからニックス城へ訪れたのは、襲撃事件から三日も経たないうちだった。
どうしても私に話がしたいとエミリオンに申し出ていたということなので、私の体調が改善したらという約束をしていたようだ。
熱もようやく引いたので、私はサドルノフ公爵と会うために、彼が待っている応接間へと足を運んだ。
部屋の中に入ると、そこには歳を重ねた美しい男が厳しい表情で椅子のそばに立っていた。
握りの部分が、美しい黄金で装飾されたステッキに身を預けながら、サドルノフ公爵はゆっくりと私の方へと振り向いた。
太い眉に口髭があるので目立っていないが、顔はヴィオラにそっくりだ。
「この度は、数々のご無礼を我が愚娘ヴィオラが行ったのにも関わらず、命を助けていただきましたこと、なんとお礼を申したら良いか……」
「いえ、助けていただきましたのは、こちらも同じです。吹雪の中、外へ動いてはいけないと教えてくださり、おかげで生きております」
本心だった。
私は、吹雪の恐ろしさを分かっていなかった。
あの時、ヴィオラが止めてくれなければ、私は助けを求めに雪の中をさまよい歩き、迷子になった挙句、凍死していただろう。
「なんと有難いお言葉……」
あまりに深く頭を下げるので、私は「もう頭を上げてください」とサドルノフ公爵に告げた。
「ですが」
「これ以上の詫びのし合いはやめましょう。これから、あなた方には助けていただく機会はたくさんあるでしょうから」
本当は、ヴィオラとの仲直りは半分以上諦めていた。
あまり精神的に強くないヴィオラに対して、エミリオンの妻になる私が追いかけ回しても、彼女の負担になるだけだと思っていたからだ。
だが、サドルノフ公爵が味方につけば、これ以上心強い話はない。
サドルノフ公爵は、私の発言に少しだけ呆気に取られていたようだが、床に手にしていたステッキを置いた後、腰に刺している短剣を差し出して片膝をついた。
「サドルノフ家、末代まで次期女王であるジョジュ・ヒッテーヌ様に忠誠をここに誓います」
私は驚いて、一歩引いてしまった。
ドルマン王国でもそのようなことをしてきた人物は、今まで一人もいなかったからだ。
「あの、サドルノフ公爵」
「妃殿下。あのような愚娘でも、私どもは必死に愛してきたのでございます。宝なのです。その宝を命をかけて守ってくださった方を差し置いてどなたに忠誠を誓うのでしょう」
「受け取っておくんだ」
声のした方を見ると、エミリオンとデニスが私の様子を見にきていた。
「分かりました。その忠誠を受け取りましょう」
私が忠誠を受け取ったと分かると、サドルノフ公爵はもう一度頭を下げた。
そして、デニスの方へ向かって行き、一度だけ拳で思い切り殴りつけた。
鈍い音がしたので、私は思わず目をつむってしまった。
「君のせいではない。わかっている。だが、君の提案で娘と妃殿下は命を落としかけた。それだけで、私は君に腹が立って仕方がない。次、君の肥大しきった欲を満たすような提案で、娘たちにこのようなことが起こったら、私は、君を息子に迎え入れるような真似はしない。たとえ、王家を敵に回してもだ」
デニスは真っ赤になった頬を押さえながら「言っていることは矛盾しているように感じますが、肝に銘じておきます」と答えるのだった。
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