9:近づくふたり?
部屋の中に入ってきたエミリオンは、泣きじゃくる子供達を見て呆気に取られているようだったが、視線をタペストリーに投げかけた瞬間「お前達は扉の前で待機していろ」と指示を飛ばした。
ゴルヴァンを含む衛兵達が部屋の外へ出たのを確認すると、エミリオンは少しだけずれていたタペストリーの位置を元に戻した。
「この隠し通路を使ったのか?」
泣きじゃくっているガルスニエルに、厳しい声色でエミリオンは尋ねた。
「兄上……ごめんなさい」
「使ったのか?と聞いている」
ガルスニエルは、フランのことを抱き寄せた後、こくりと頷いた。
暖炉の火がパチパチと燃える音と、エミリオンのため息を吐く音、そして、子供達のすすり泣く声が響いた。
「明日の朝、離宮へ出発する準備をしろ。話は以上だ。オルテル嬢も隠し通路のことは、他言しないように」
あまりにも一方的で、子供達の意向を聞く気すらないエミリオンの対応に、私は思わず「ちょっと、待ってください」と声を出してしまっていた。
エミリオンの視線が私へ向く。
赤い瞳が私のことを射抜くように、じっと見つめられると途端に落ち着かなくなった。
「なぜ、隠し通路を使ったら、この子が離宮に送られるのです?閉鎖していなかった、城の責任者に問題があるのではありませんか?」
先ほどまで子供達にあれほど怒っていたはずなのにも関わらず、私は子供達を庇うようにしてエミリオンの前に立っていた。
「約束を守れない者は、この城に置いておけないからだ。あの通路は使うことを禁じている」
「あら。でしたら陛下もこの城にいられないのではありませんか」
「なんだと?」
心臓の音が破裂しそうなほどバクバクと全身になり響いている。
しかし、ここで引いてしまってはいけないような気がして、私は一歩前へと足を踏み出した。
「結婚式の時に私にお約束してくださったではありませんか。ここで暮らしやすいようには手配すると。今のところ、約束は守られている気配は感じられません」
「だから、問題を解決しようと」
「この子は、亡き母の部屋で母の温もりを感じに来ていただけです。その問題を解決しようとせずに、先送りにして遠ざけるから、さらに問題が起こり、終いには私に被害があるのではありませんか?」
エミリオンの眉間に皺がよる。
怒らせてしまったのかもしれない。
しかし、開いた口は止まらなかった。
「この子はまだ幼いのです。愛が必要ななのに、あなたは愛を与えなかった。私は、いいわ。たとえ、罪を犯してないのにも関わらず犯罪者と罵られようと、それを覚悟でこの国へ売られたようなものだから。あなたの愛なんていらない。でも、この子、ガルスニエルはあなたの愛が必要よ。それが、分からないなんて、国王としては立派かもしれないけれど、兄として失格だわ」
エミリオンはしばらく黙っていたが「ゴルヴァン」と部屋の外で待機しているゴルヴァンを呼んだ。
「はい!陛下!」
「子供達をそれぞれの部屋へ連れて行け。それと、人払いをさせろ」
「……承知しました」
一体何をする気なのだろう。
よくないことは確かだ。
ガルスニエルが怯えたような表情で私の方を見ていたので「今度来る時は、昼間に来なさい。ちゃんとした方の扉を使ってね」と声をかけた。
少年は小さく頷くと、ゴルヴァンに連れられて少女と犬と共に部屋を出て行った。
***
エミリオンの指示で、衛兵達が去っていき、扉の外も静かになった。
部屋の中で結婚式の時に誓いだけ交わした夫と、初めて二人きりになってしまい、どうすればいいのか分からなかった。
先ほどの無礼を謝罪するべきかと脳裏に浮かんだが、別に間違ったことを言ったつもりもないので「何かまだお話が?」と強気な態度を示すしかなかった。
窓の外には、まだオーロラが輝いて、夜空にカーテンを作っていた。
淹れ直されたお茶が、湯気を立てている。
エミリオンが何も話そうとしないので、「お話がないなら、お引き取りを」と言葉をかけようとした時だった。
突然腕を引っ張られて、視界が反転した。
気がつけば、ベッドに組み敷かれるようにエミリオンに押し倒されてしまっていた。
「は、離してください」
押しのけようとするが、鍛え抜かれたエミリオンの身体は私の力ではビクともしない。
吐息が重なり合うほど近い距離にエミリオンの顔があり、その顔は怒っているように見えた。
「今夜はここにいることにする」
「なぜですか?」
エミリオンは答える代わりに、私の首筋に顔を埋めた。
柔らかい唇が私の首を這うように撫でていく。
彼の唇に反応するように、身体がビクリと震えた。
生意気な態度をとった罰として、
「嫌です!」
渾身の力を振り絞って、身体をよじる。
少しだけエミリオンの身体が浮いたので、私は震える身体を抱きしめるようにしながら彼から逃げた。
この男の前で泣きたくない。
そう思った時には、もう遅かった。
「あなたなんか嫌いよ。大嫌い。祖国でお母様が囚われていなければ、こんなところ捨てて出て行ってやりたいくらいだわ!」
先ほどから言い過ぎだ。
頭の中で「これ以上もう余計なことを言ってはいけない」と警報がなっているのにも関わらず、口は止まらない。
エミリオンは何も言わなかったが、もう一度私の手を取って、自分の方へと抱き寄せた。
今度は、優しく抱き締めるだけだった。
泣きじゃくる私に「すまなかった」と初めて謝罪の言葉を述べるエミリオンの腕の中は、なぜか心地が悪くはなかった。
***
息苦しさを感じて、目が覚めた。
カーテンを閉め忘れた窓から、太陽の光が部屋に差し込んでいる。
規則正しい寝息が聞こえ、顔を上げるとエミリオンに抱きしめられるような形で眠っていたようだった。
「!!!!!!」
音にならない叫び声が私の口から発せられたと同時に、「おはようございます。ジョジュ様。昨晩はオーロラいかがでしたか?」と何も知らないフローラが、のんびりとした声で私を起こしにやって来る。
まずい!とまずは衣服をしっかり着ているかどうか確認をした後、布団からはみ出しているエミリオンをどうするべきか考えた。
布団をエミリオンに覆いかぶせて隠そうとするが、身体の大きなエミリオンの頭を隠せば足が出てしまう。
足を曲げて布団の中へ隠そうと躍起になるが、のんびり身体を伸ばして熟睡している彼の身体は全くいうことをきかない。
お湯の入ったたらいを持ってベッドに近づいてきたフローラと視線が重なった。
「あらあらあら」
「違うの!フローラ」
あらあらあら。ではない。
絶対にフローラは勘違いしている。
私とエミリオンがそういった関係になっていると確実に勘違いしている。
「大丈夫ですよ。お二人は夫婦なのですから」
「違うのよ。本当に大変だったんだから」
全く会話が噛み合わない。
昨晩は本当に大変ことばかりだったのだ。
なんとか伝えようとしても、フローラは「朝食は、お二人分お持ちいたしますね」と昨晩はエミリオンと一緒にオーロラ観察を楽しみ、そのままその他のこともお楽しみしていたんですねと言わんばかりの優しい視線を投げかけて来る。
「うるさい」
今このタイミングで起きますか、といったタイミングで、エミリオンが欠伸をしながら身体を起こした。
「陛下。おはようございます。昨晩はオーロラ観察をジョジュ様と楽しまれたんですね」
「そんなものを見ている余裕は、昨晩はなかった」
乱れた髪をかきあげ、アンニュイな雰囲気でため息をつくエミリオンを、私は睨みつけた。
フローラは両手を口に当てて、「まあ!」と頬を染めている。
今、この瞬間エミリオンのことについて、一つだけ分かったことがある。
この男は、圧倒的に言葉が足りない。
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